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リリーア

 お父様は、いつも私だけを見てくれていた。これからもずっと。


 これで、何の間違いもなく、わたしが……女神の聖女になる。


 誉の儀を行い、高らかとあれの首を掲げる少年を見て、私は、ひとしきり内心で嘲笑った。



 ありがとう、あなたは十分に役に立ったわ。私の活躍を見ながらゆっくりと地獄の底で、現世に生まれ出るべきではなかった罪を永遠に悔い続けなさい。


 憐れで愚かな妹




 私の妹……あれの存在を知ったのは、生まれてから10年もたった時だった。


 偶然にも、我がポルティア家の名鑑を見た私は、そこに見たこともない名前を見つけた。



 ロアナ


 わたしと同じ、お父様、お母さまを持ちながらも、ポルティアの名を消されている。私は、首をひねった。妹がいるなどということは聞いたこともなかったからだ。


「ちょっと、貴女」


 わたしの専属のメイドが、何か御用ですかと、近づいてくる。


「ロアナって。誰?わたくしの妹かしら?」


 その時の顔を、私は今でもはっきりと思い出す。その名前を聞き、メイドは、私が手にしている本に目を落としすべてを悟った。蒼い顔色から、どう伝るべきかを思案していることが伝わってくる。


「答えなさい。ロアナとは誰なのかしら?」


 もはや蒼を通り越して、白の領域に達しつつあるそのメイド。そんな折だった。


「リリーア様。そのものには、あなたの問いに答えるだけの責はありません。ご容赦いただけませんか?」


 不意に、後ろから聞こえた声に、振り返った。お父様の筆頭執事。その人だった。


「旦那様に言伝しておきます。あとは、お心のままに」


 今は、これ以上詮索するなと、拙い頭でも十分にわかる。私は、静かに首を縦に振った。



「では、建国前のことです。ここには、魔族との戦いの最中、女神が戦場に現れ、人間に力を与えたとあります。

 我々は、女神の力を持って、我々は戦いに勝利いたしました。その女神は美しさとそれに見合う貴き精神を兼ね備えていました。


 その後女神は姿を消しましたが、その武具は地上に残されました。その気高き御姿を忘れぬように、我々は、女神の教えを今も信じているのです」


 家庭教師の言葉も入ってこない。家名を消されるということは、恥の子ということだ。だが、名鑑に名前が残っているということは、処理されたわけではない。それはなぜだろう?ぼうっと、考える。


「聞いていますか?」


 家庭教師の女神教の神官が、私の様子を訝しむように見つめた。


「はい、聞いておりますわ。建国前の魔族との戦争に女神が降り立ったということですね」


 この話は、既に耳にたこができるくらいに聞いている。今更復習するまでもない。それを聞いた神官は、そうですと頷く。そして、教本を閉じた。


 いつもと違うと感じ、すっと姿勢が伸び、一旦頭からロアナのことを消す。


「かつて、そう、もう、10年ほど前になりますか。神託がありました。」


 いつもの家庭教師と言った様子ではなく、神官の瞳は、私のほんのわずか上の何もない空間を見ている。


「『ポルティア家の新しき命に、美しさと貴き女神の血が生れる』……そう神託があったのです」


 そんな話を聞いたことはないと、神官を見ると、神官は静かに視線を合わせて頷いた。


「美しさと、貴族としての貴き精神。これを持っているのは、リリーア様……ポルティア家に生まれた新しき命の中では、あなただけです」


 そう言うと、既に壮年の息に達しつつある神官は、私に深々と頭を下げた。それは、まるで、臣下の礼のよう。その時は、信じられないという気持ちでいっぱいだった。



 でも、その夜。


 私は真実を知った。


 醜い顔の妹が、この家にいること。そして、あり得ないことだが、聖女の可能性も決して捨てきれないということ。私の心によぎったのは、妹がいたという驚きと、その時は形になっていないもやもやとした感情だった。


 

 翌日から、私は妹の様子を観察したり、護衛の騎士から報告を受けることにした。


 妹は、粗末な小屋で碌に食事にもありつけていないこと、ただ、1週間に一度、屋敷から脱走することがあり、貧民街の廃屋に入っていくこと、廃屋の中を何度も探索したが、妹を発見することはできなかったこと、翌日には、小屋に帰ってきていること。この報告を受けた。


 私は、このことをよく整理し、考えた。



 そして、ある日、そう、あの日から、2年を経過した聖女判定の日。その日に、ある考えに思い至り、そして、あの日感じたあの黒い感情がいったい何なのかが分かった。




 あれは、怖れだ。



 今の位置が、決して盤石ではなく、揺らぐ可能性がある。私があれになり、あれが私になる。


 振り払っても、振り払っても湧き出てくる。その考えのまま、女神の水晶に触れたとき、水晶から、部屋の中に神々しいまでの光が、放たれた。



 歓喜の声の中でも、私は呆然とした。




 足りない。こんなんじゃ足りない。



 直感。――もし、あれが、これを触れたのならば、もっと光があふれるという直感。



 そして、さっき至った考えがまさに正しいものだったという、帰結。



 あれが、それまでには、もう3年しかない。どうすればいいの?どうすれば……。




 答えのない感情の渦の中、私は自分の中の声に耳を澄ませる。そして、答えが出た。……唯一の答えが。




 生れてくるべきでなかったのならば、生まれてきたこと自体が悪。悪ならば、その罪を裁き、罰を与えること正義。


 そう、これは、聖女として私に課せられた最初の試練だということを。


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