ヴァンと帝国兵
そのままゆっくりと歩いた二人。タンタミナに着いた頃には音也の体の痺れは消え、一人で歩けるようになっていた。
「どうする?この時間じゃ冒険者ギルドもしまっているだろうよ」
ヴァンは音也にそう問いかける。
「そうは言っても僕は何も持っていないし、宿に泊ろうにも・・・・・・」
自分が一文無しであるということを言いにくそうにする音也。
するとヴァンは懐から金貨を一枚取り出して音也に渡した。
突然渡された金貨に音也は慌てふためく。
「こ、これは」
「ん?ああ、盗賊のアジトで拾ったんだよ。本来なら盗賊討伐に報奨金が出るんだからそれはオトヤの分さ」
そう言ってヴァンは爽やかに微笑んだ。
それって遺失物横領では、と思ったがこれがなければ宿に泊まることも食事をすることもできない。
背に腹は変えられない、と音也は受け取った。
「ありがとう、ってお礼言いっぱなしだな」
「百回の言葉より一杯の酒だぜ。落ち着いたら酒でも奢ってくれ。それより宿に心当たりはあるのかい」
そう言われた音也は自分一人では宿の場所までたどり着けないことに気付く。
「あ、いや、どこに宿があるのかもわからない、です。はい」
情けなさそうに音也が言うとヴァンはちいさく笑った。
「もう慣れたよ、オトヤの非常識さには。本当にどこかの国の貴族なんじゃないのか?世間知らずの貴族様にも見えてきたよ」
「いや、ただの世間知らずだよ」
「自信満々にいうなよ」
そう言ってヴァンは笑い飛ばし、音也を宿まで案内する。
「こっちだ。俺も宿を探していたから一緒に向かおう」
ヴァンに案内され音也も歩き出した。
少し歩き宿屋だという店に到着した二人。
宿に入るとヴァンが店主と交渉し、自分の部屋と音也の部屋を用意した。疲れ切っていた音也とヴァンはそのままお互いの部屋に入りベッドへ飛び込んだ。
体へのダメージと疲労から、今日の回想を待たずして音也は眠りに落ちてしまう。
「違う、俺じゃない!話を聞いてくれ」
誰かが叫ぶ声が聞こえ、音也は目を覚ました。
寝起きの朦朧とした意識の中でゆっくりと脳を始動させる音也。次第に意識がはっきりとしてくると、その叫びがヴァンの声であると気づいた。
何だ、とベッドから起き上がり部屋を出る。
すると宿の外からヴァンの声が再び響いてきた。
「そんな事件知らないんだ」
事件という物騒な言葉に疑問を抱きながら音也は宿の外へと向かう。
ヴァンの叫び声を聞きつけ集まった野次馬だろうか、朝も早いというのに宿の前には人だかりができていた。
その人だかりの中心にいるヴァン。両腕をロープで縛られ、左右前後を武装した兵士らしき男たちに囲まれている。まさに捕らえられているという状況を目にした音也は思わずヴァンの名前を呼んだ。
「ヴァン」
しかし音也の声は人だかりに飲み込まれ、ヴァンまでは届かない。
人を掻き分け進もうとする音也だが、なかなか進めずにいた。
そうしているうちにヴァンは馬車に乗せられてしまう。
「くそ、待ってくれ。ヴァンを連れて行かないでくれ」
振り絞るようにそう言い放つ音也だったが、人だかりを抜けることが出来ず目の前で命の恩人を連れ去られてしまった。
朝起きてすぐに何が起きているのかも理解出来ないまま、命懸けで自分を救ってくれたヴァンを連れて行かれた音也。
突然すぎた出来事と自分の無力さにそのままその場に立ち尽くしてしまった。
「何があったんだ・・・・・・事件って言って他のは聞こえてたけど。何かの事件の犯人として捕らえられたってことか・・・・・・」
立ち尽くしながら音也は状況を確認するように呟く。
何かの事件の犯人として捕まったとするならば、まずどこに連行されるのかを確認しなければならない。
そしてヴァンの話を聞く、そうでなければ納得できない。音也はそう心の中でやるべきことを整理した。
そもそも会ったその日に命懸けで助けてくれたヴァンが捕まるようなことをするとは考えられない音也。
「とにかくどこに行ったか確認しないと・・・・・・」
音也はそう言葉にして宿に戻った。
宿の中ではカウンターに立っている店主がため息をついている。宿泊客が逮捕されてしまったのだから宿自体も悪目立ちし、何らかの風評被害があるかもしれない。そう考えれば店主もある意味被害者と言えるだろう。
肩を落としていた店主は音也を見つけるとすぐさま声をかけてきた。
「おい、アンタ。さっき捕まった男の連れだろう?荷物が残ってるんだが引き取ってくれるかい。置いておいても困るし」
そう言って店主はヴァンが持っていた小さな鞄と剣を音也に渡す。
「あ、はい。あの、ヴァンはどこに連れて行かれたんでしょうか。何があったか分からなくて・・・・・・」
音也が荷物を受け取りながら尋ねると店主は深いため息をついてから答えた。
「さっきアンタの連れを捕まえに来たのは帝国兵だからな。帝国兵の兵舎に連れて行かれると思うがね。何があったのかは知らんが、やめてほしいもんだね、こういう騒動は」
「帝国兵の兵舎ですか。何があったのか聞きに行ってきます」
音也がそう言うと店主は再びため息をつく。更に手をひらひらとさせて早く行くようにと音也に促した。