父の力と覚醒
盗賊たちの不意を突いたヴァンの攻撃はすんなり決まり、手前にいた盗賊二人を倒す。
一瞬で盗賊二人を斬りつけ返り血を浴びるヴァン。
だが、盗賊たちもすぐに体勢を立て直し武器を手に取った。
ここからが本番だ、とヴァンは心の中で覚悟を決める。
「誰だ貴様は」
声を荒げた盗賊がヴァンに強く問いかけた。
ヴァンは剣の先を盗賊たちに向け、集中を切らさないようにゆっくりと口を開く。
「そこで転がっている奴の知り合いでね。貴族でもなんでもない奴なんだ、返してくれないか」
そうヴァンが言い放つと盗賊たちは豪快に笑い始めた。
「はっはっは、そこで、はいそうですか、と返すようだったら盗賊なんてしてねぇだろうが」
そう言い返されヴァンは大きく息を吐く。
「そりゃ、そうだ」
ヴァンの言葉を聞いた盗賊たちは不気味な笑みを浮かべた。
「一人でこの人数相手に戦えると思ってんのか」
盗賊の一人がヴァンにそう問いかける。
確かに不意打ちだからこそ一瞬で二人の盗賊を倒せたのは間違いない。
だが、狩人として魔物と戦ってきたヴァンは決して弱くないだろう。
だとしても八人を相手にするのは危険だと自覚していた。強い弱いの話ではなく囲まれてしまえば実力など関係なくなってしまう。
「オトヤを連れて逃げるのが一番か」
そう呟くとヴァンは強く地面を蹴りつけ盗賊の一人を斬りつけた。
ヴァンの突撃を合図として盗賊たちもヴァンに飛びかかる。
剣と剣がぶつかり金属音が響いた。
「さっさと殺せ」
盗賊のリーダーらしき男がそう叫ぶ。
何かが聞こえる。
体が痺れ、地面の冷たさだけが体に伝わった。
どうやら地面に倒れ込んでいるようだ、と音也は理解する。
そうか、何か針のようなもので刺されたんだ、と思いながら音也が目を開くと知らない場所でヴァンと盗賊たちが戦っている様子が見えた。
「ヴァン!こ、これは」
状況がわからない音也は必死に立ち上がろうとするが右腕を動かすので精一杯で、起き上がることができない。
ここがどこなのか、どうしてヴァンが戦っているのかはわからないが、ヴァンが自分のために命懸けで戦っている事だけは理解できた。
個人の実力は盗賊よりもヴァンが上らしく一人、また一人と盗賊を斬りつける。
だが、どうしても背後に隙ができるらしく背後から近く盗賊に気づいていない様子だった。
「ヴァン」
必死にヴァンの名を呼ぶ音也だが背後の敵を気づかせることはできない。
振り上げられた剣がヴァンの背中を目掛け振り下ろされる。
自分を助けてくれているこの男一人助けられないのか、父親の力を受け継いだのに何もできないのか、と音也は地面に這いつくばりながら無力さを恨んだ。
どうか、力を。
そう強く願った。
「父さん、力を貸してくれ」
そう願いながら右手をヴァンの背後へと向ける。
「父さんっ」
魔法の根本は願い。そして祈りだ。
音也の願いに父である琴也が応えるように、構えられた音也の右手から光の塊が放たれた。
「ぐはっ」
ヴァンの背後から斬りつけようとしていた盗賊は光の塊を受け吹き飛ばされる。
その瞬間ヴァンは音也が意識を取り戻したことに気づいた。
「オトヤ!生きてたか」
そう言いながらヴァンはまた一人盗賊を斬りつける。
音也はヴァンを助けられたことに安堵しながら頷いた。
「なんとか生きてるよ」
そんな二人の会話を聞き、盗賊のリーダーは怒りの表情を浮かべ叫ぶ。
「もういい!二人まとめて殺せぇ」
残る盗賊はリーダーを含めて四人。半分以上倒されてしまったこの状況は盗賊にとって不愉快極まりないのだろう。
リーダーの叫びを受けて残った盗賊たちは斬りかかってきた。
しかし、音也は不思議と落ち着いている。
先ほど魔法を放った感覚が手に残っているからだ。
強く願えば、魔法を発動できる。なぜか音也はそう確信していた。
「ヴァン!頭を下げて」
そうヴァンに指示した音也は順番に盗賊へ光の塊を放つ。
即座に頭を下げたヴァン。その瞬間、光の塊は盗賊たち四人を吹き飛ばした。
「ぐはっ」
音也の放った魔法の衝撃で盗賊たちは意識を失い、立っているのはヴァンだけである。
周囲を見回し全ての盗賊が倒れていることを確認するとヴァンは音也に近寄り、手を伸ばした。
「魔法が使えたのか、オトヤ」
ヴァンにそう言われた音也は伸ばされた手を握り、なんとか起き上がる。
その後、大きく深呼吸しヴァンの問いに答えた。
「いや、自分でも知らなかったよ。本当にありがとうヴァン」
音也はそう言って微笑む。
ゆっくり立ち上がる音也に肩を貸しながらヴァンは微笑み返した。
「しかし、何があったんだ。体が動かないようだが」
そうヴァンに問いかけられた音也は自分の記憶を遡る。
「大通りから横道に入ったら、針のようなものが飛んできて刺さったんだ。そしたら急に体に力が入らなくなって、気が遠くなって」
音也がそう答えるとヴァンはなるほど、という表情を浮かべた。
「そうか。さっき盗賊がオトヤのことを他国の貴族じゃないかって言っていたからな。勘違いされて誘拐されたんだな。体が痺れているのは麻痺薬だと思うぜ。吹き矢のようなもので離れた場所から飛ばしたんだろうな。まぁ、生きていてよかった」
そうヴァンに言われ、自分が殺されていてもおかしくなかったんだと自覚し、音也は今更恐怖を感じる。
そして音也の心の中にヴァンへの感謝が込み上げてきた。
「本当に助かったよヴァン。でもどうして助けてくれたんだ」
「たまたまこいつを拾った子どもがいてね。話を聞いたらオトヤが誘拐されたんじゃないかって思ったのさ。確証はなかったがね」
そう言いながらヴァンはノートを音也へ返した。
ノートを受け取った音也は再びお礼を言い、自分の懐へとしまう。
このノートこそ元の世界との最後の繋がりであり、音也がこの世界で生きていくための道標。失うわけにはいかない大切なものだ。
その後、音也はヴァンに肩を貸してもらう形で歩き洞窟を出る。
洞窟の外に出ると、外はすっかり暗くなっていた。
しかし月明かりが平原を照らしているため暗くて進めない、ということはなさそうである。
「すっかり暗くなっちまったな」
空を見上げながらヴァンはそう呟いた。
ヴァンにつられて音也も空を見上げる。
闇の中でも強い輝きを放つ月。世界が変わろうと暗闇を照らす光がある、と音也は励まされている気分になった。
それに自分には命をかけて助けてくれる人間もいる。なんとかこちらの世界でも生きていくか、と音也は覚悟を決める。