ハオ帝国とコンセット
ヴァンに案内されるままにハオ帝国に向かって歩く音也。
父、琴也のノートを確認すればこの世界のことが分かるだろうが、この場で開いてしまうとヴァンに説明しなければならないので、落ち着いてから確認しよう、と音也は考えていた。
歩きだしてすぐ、ヴァンが音也に気を遣っているのか口を開く。
「ここがどこか分からないってことは、遠くから来てるのかい」
「あ、はい。かなり遠くで、この辺のことが全然わからないんです」
嘘は言ってないよな、と考えながら音也はヴァンにそう返した。
そんな音也の様子を見て、ヴァンは更に言葉を続ける。
「珍しい服装をしてるし、東の方からきたってことか?あっちの方は小さな島国がいっぱいあって、文化も違うって聞くしな」
「まぁ、そんな感じです」
音也がそう答えるとヴァンは納得がいったというような笑顔を浮かべた。
「なーるほど。そりゃこの辺のことなんて分かるわけないよな。あ、ていうか、そんな丁寧な話し方しなくていいよ。歳も近いだろうし、もっと気軽に話してくれよ」
「あ、うん、ありがとうヴァン」
右も左も分からない異世界で気軽に話せる相手に出会えた幸運に感謝しながら音也は微笑む。
それからヴァンは自分の話を始めた。
「俺は南にある小さな村の出身でさ。元々魔物を狩る狩人だったんだが、兄貴が結婚して家を追い出されちまったのさ。だからハオ帝国で傭兵になろうと思ってね」
「あれ?さっき傭兵って名乗ったけど、まだ傭兵じゃないんだ」
疑問に思ったことを音也が口にするとヴァンは気恥しそうに微笑んだ。
「そう言うなって。傭兵には何の資格もいらないしさ。なろうって決めた時からもう傭兵なわけさ。それに腕一本で成り上がれる。まぁ、その分あらゆることが自己責任だけどよ。こう見えても魔物相手に鍛えてるから腕は確かだぜ」
そう誇らしげに言うヴァンの装備は確かに使い込まれており、腕利きという雰囲気を纏っている。
話を聴いていた音也はうんうんと頷いた。
「そっか、傭兵になるのは自由なんだ。でもハオ帝国の兵士になる、とかじゃないんだね」
音也のふとした疑問に対してヴァンは首を横に振る。
「帝国兵は貴族様の護衛兵みたいなもんだからな。いわば権力の犬なわけよ。それよりも自由に生きたいじゃんか。誰のために戦うか、何のために生きるかは自分で決めたいもんだよ」
そう答えるヴァンは真っ直ぐな目をしていた。
しかし、この世界でも権力の犬という表現があって、犬という生物が存在するのか、と音也はすこし可笑しくなる。
だが、せっかくの異世界なんだから自由に生きられる傭兵という生き方も悪くないな、と音也はヴァンの考え方に心の中で賛同した。
そんな話をしながら歩いているとハオ帝国をまであと少しとなり、先程よりもしっかりと見える。
ハオ帝国と説明された場所の入り口には小さな煉瓦造りの建物がありそこで入国手続きをするようだ。
その場所から奥に向けて道や建物が広がり、そのまた奥に城のようなものが確認できる。
「これがハオ帝国か。すごいな。帝国ってくらいなんだからあの城に皇帝が住んでるのかな」
そう音也が口にすると、ヴァンは小さく笑った。
「ははっ、本当にこの辺のことがわからないんだな、オトヤは。あの場所がハオ帝国なんじゃないよ。あの街から先がハオ帝国なのさ」
そう説明をしたヴァンだったが音也は頭上に疑問符を浮かべるばかりである。
そんな音也の表情を察したヴァンが更に説明を加えた。
「いいかい?今いるこのモルト平原はコンセットという商業国家の領土なのさ。そしてコンセットとハオ帝国の国境に存在するのがあの街タンタミナだよ。タンタミナから向こう側がハオ帝国ってわけさ。ハオ帝国の皇帝様は帝都にお住みあそばれていらっしゃるよ」
敬語に不慣れだと分かる話し方でヴァンはそう言って微笑む。
音也は自分の勘違いを恥じながらもなるほど、と納得していた。
確かに大きな街ではあるタンタミナだが国と呼ぶには小さい。何も知らないということは勘違いをさせるものだな、と音也は学習した。
「ここが商業国家コンセットで、あの街から向こう側がハオ帝国。で、あの街がタンタミナ」
自分なりにヴァンの言葉を繰り返すことで頭のなかに刻み込む音也。
そうすることでしっかりと理解し、この世界に溶け込む。この世界の管理者である女神様に、もとの世界には戻ることができない、という宣告をされている以上この世界に溶け込むしかないのだ。