第一話 始まりは燃える森
パチパチという何かの音と、焦げた臭い。それに何だかすごく熱い、肌が焼けるようだ。サラは堪らず叫び声を上げる。
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
叫びは言葉にならずに泣き声となった。“そんな馬鹿な……”とサラは起き上がろうとした。しかし、体が何かに包まれているようで、身動きが取れない。状況を把握する為、瞼越しの光に誘われるように瞳を開くと、辺りは燃える木々に囲まれて火の海だった。
「おぎゃあーー!」
驚きに叫んだがやはり泣き声しか出なかった。
(赤ちゃん……私、産まれたんだ。……死にかけてますけど!)
必死に動き、何とか横向きに転がることだけには成功したが、危機的状況は変わらない事に気付く。何故なら、すぐ傍に血だらけの男がうつ伏せで倒れていたからである。
その男は瞳を固く閉じて、辛そうに浅い呼吸を繰り返している。僅かに上下に動く背は、炎に照らされて光る程濡れ、真っ赤に染まっていた。
――――死んでしまう。
男の怪我の酷さにサラの身体は恐怖で震え、視界は溢れ出した涙で歪んだ。
火の勢いは衰える事なく、じりじりと迫る。“もうだめだ”と覚悟した時、木々が倒れる音がして、大きな影が炎の中から飛び出てきた。
「ゼーレ! どこだ! ゼーレ!」
森に咆哮のような声が響き渡る。その声の主は直ぐこちらに気が付いたようで、荒い息遣いと共に駆け寄って来た。
「――ゼーレ!? あぁ、何てことだ……しっかりしろ!」
駆け付けた人物は、地面に倒れている男を抱き上げかけた。しかし、サラの存在に気付いたようで、瞳を大きく開いたままピタリと動きを止める。
金色に輝く瞳と、鋭く細い瞳孔に射抜かれ、一瞬息がつまった。
(人間……じゃない。動物?)
その姿は全身が茶色の毛で覆われており、狼に近い容姿であったが、二本の逞しい脚で立っていた。
「……ロー、ガス。来て、くれたのか……」
「ゼーレ! 気が付いたか! シェリーはどうした!?」
倒れていた男“ゼーレ”が、うっすらと瞳を開き、苦し気に話す。
「……シェリーは、守りきれ、なかった……。俺も、もう――――頼む、娘を……サラだけでも、助け……」
「何を言っている! 自分の娘だろう! お前が守らないでどうすーーーー」
「あぅ」
ローガスの言葉を遮るように、サラは声を出してしまう。ゼーレが父親なのだと気付いて、驚きで声がもれてしまったのだ。
「サ、ラ……」
もれた声が聞こえたようで、ゼーレがゆっくり顔をこちらに向けた。
「……サラ……俺もシェリーも、お前が産まれてきてくれて、幸せだった――――」
その言葉を最後に、優し気に微笑む顔からゆっくりと力が抜けていく。ルビーのような輝きを放つ瞳は直ぐに光を失い、一筋の雫が地面にこぼれ落ちた。
「ゼーレ!? ゼーーレーーッ!」
ローガスの叫びだけが辺りに響き渡る。
(……)
しっかりとした自我がある状態の転生では、前世の記憶がなくてもゼーレが父親だと受け止めきれなかった。その証拠に、父親を失った娘としての涙は出なかったのだ。状況に頭がついていっていないのと、悲しみや憎しみが湧く程の関係が、築けていなかったからだとサラは思った。
――――魔族は何か悪い事をしたのだろうか? 殺されるほどの事を。
そんな疑問を胸に、事切れたゼーレの姿を瞳に焼き付ける。
「ゼーレ、安らかに眠れ……後は任せろ」
ローガスは、返事をすることがないゼーレを肩に担ぎ上げ、右手でサラを持ち上げる。
辺りは未だに炎が燻り、肌をジリジリと焼くかのような熱風が渦巻いていた。
「ーー俺が生きる術を教えてやる。生きろ、サラ……何としてでも、生きろ!」
赤ん坊に転生した“サラ”の人生は、ゼーレとシェリーという両親を失った所から始まったーーーー。




