婚約は破棄ではなく解消しましょう
少女は、初めて入った場所を物珍しそうに見ながら奥に進んでいった。
少女より一つから三つ年上の男女がきらびやかな衣装を身につけ、音楽に合わせて踊っている。
それもそのはずこの春から少女が通う予定の王立アマサ学園の講堂は、中等部の終業を祝う舞踏会が開かれていた。
少女は、三つ年上の彼女と入れ替わりで中等部を終業し高等部に進級する婚約者に呼ばれていた。
それ相応の装いを少女もしているが、年齢より幼く見える少女は好奇の視線に晒されていた。栗色の長い髪、紫の瞳を持ち、白い肌、形の良い鼻と唇、年数が経てば美人になることが簡単に予想できる美少女だ。その少女に付き添うのは少女に引けを取らない見目麗しい青年。そんな二人が注目を浴びないはずもない。
付き添いの青年に教えられ、やっと婚約者を見つけた少女はそちらに足を向ける。
少女の行く先には、一人の美しい女子生徒を囲んだ男子生徒たちの固まりがあった。その男子生徒の中で一番容姿が整っているのが彼女の婚約者であった。
少女に気づいたのか、穏やかに談笑していた固まりに緊張というより戸惑いが走る。
少女はある程度まで近付くと見事なカーテシーを見せた。
「この度はお招きいただき光栄でございます、イーグル様。テルシア・ファシアートでございます」
少女が頭を下げて返事を待つが、一向に返事がない。
作法を間違えたかと、そっと後ろに立つ青年にそっと視線を送るが間違っていないと頷かれる。
「イーグル様?」
婚約者の名前を呼んでみるが、返ってきたのは意外な言葉だった。
「テルシア・ファシアート、私、イーグル・マドクニルはそなたとの婚約を破棄する」
慌てた声で叫んだ男子生徒の傍らには、男子生徒と同じ年と思われる女子生徒がベットリと淑女らしくない態度で抱きついている。そう無作法にくっつく、いやへばり付いている。
「婚約を破棄ですか?」
顔を上げた少女は困ったようにコテンと首を傾げてから、後ろに立つ青年を見た。
少女は青年が頷いたのを見て、婚約者に視線を戻した。
「わたくしでは判断致しかねます。イーグル様からそのような申し出があったことを父に伝えますので、イーグル様もお父上様にそうお伝えくださいますようお願い致します」
所詮、少女は政略結婚の駒である。家と家の繋がりで決められたことに少女が口を出せることではない。だが、父親に説明するにも理由がいる。
仕方なく少女は口を開いた。
「理由をお伺いしても?」
「そ、そなたは、従姉であるヤミアを虐げていたであろう!」
婚約者の言葉に少女は、また首をコテンと傾げる。
「従姉のヤミア様ですか? わたくしは女性の年上の従姉にお会いしたことがありませんが? 家名をお教え願いませんか?」
不思議そうに聞いてくる少女に婚約者の男子生徒のほうが言葉に詰まっている。
「私は、ヤミア・キーチサラ。聞いたことがあるはずよ」
震える声でさも苛められているように言われても少女には心当たりがない。だから、困ったようにコテンと首を傾げるだけだ。
「申し訳ございません。存知ません。それから、虐げていたと仰られましたが、身に覚えございませんが?」
ヤミアと名乗る女子生徒はワナワナと唇を揺らし、悲しそうに泣き出した。
周りにいる男子生徒たちが口々に優しい言葉をかけている。
「クラスの者に虐げるように命令しただろう!」
周りにいた男子生徒が叫ぶが、少女は困ったように頬笑むだけだ。
「わたくしは、まだ学園に入学しておりません。それに知らない相手をどう虐げるのでしょう?」
「それは、友を使って!」
「友、ですか? 一緒に入学する者たちなのですが」
少女の答えに男子生徒たちは顔を見合わし、追及をどうしたらよいのかお互いに伺っていた。
「階段から・・・、学園にいないから無理だよな?」
「教科書を・・・、通ってないんだよな?」
「ブローチを・・・、宝飾品って持ってきて良かったのか?」
男子生徒たちも追及しようにもどうしたらよいのが分からないようだ。
「と、ともかく従姉のヤミアを知らないことが可笑しいだろう!」
少女の婚約者の男子生徒が吠えるように言うが、少女は相変わらずコテンと首を傾げて困った顔をするだけだ。
「発言をしてもいいかな」
少女の付き添いの青年が声をあげた。
「まず、テルシアにヤミアという従姉はいない」
青年の言葉にヤミアという女子生徒はその場に泣き崩れた。
「テルシアの叔母上は確かにキーチサラ家に嫁いだが子を成さずに他界された。嫁がれてすぐに子を生まれたとしてもテルシアより一つ上になるはずだ。ヤミア嬢は(中等部の)最高学年だろう、年齢が合わない」
ピタリと泣き声が止んだ。
「それから、テルシアの叔母上の死後、ファシアート家はキーチサラ家と縁を切っている。その理由は叔母上が嫁ぐ前に切れたはずの愛人と関係を続けていたことと、嫁ぐ前も嫁いだ後も愛人との間に子を何人も成していたからだ」
ザザっと音がしそうな勢いで、ヤミアと名乗る女子生徒から男子生徒たちが離れた。
「何が目的か知らないが、このことは貴族会に報告させていただく。キーチサラ家は負債の返済もままならぬ状態でよく学園に子を通わせたものだ」
ヤミアと名乗る女子生徒から男子生徒の距離がますます遠くなる。
少女は男子生徒たちの動きを見て、付き添いの青年の話が終ったのだと判断した。
「では、イーグル様、婚約を破棄の件、よろしくお願いいたします」
見事なカーテシーをして、少女は付き添いの青年に聞いた。これから自分はどうなるのだろうと素朴な疑問だった。
「婚約を破棄されましたら、どうなりますの?」
「テルシアには何一つ問題が無いのだが、婚約を破棄されるような人間として人々から悪く言われるだろうね。」
少女の婚約者がギクッと体を強張らせている。
「家名に傷をつけたと縁を切られ放逐されたり、修道院に送られたり、国外追放となったり、家に残っても良い縁談はこなくなる」
ニッコリと笑いながら放たれる青年の言葉に少女の婚約者は、頭を抱かえこんだり、胸を押さえたり、膝を折ったり、不自然な動きをしている。
「婚約を破棄しようとする人は相手がそうなる未来を考えて行っているはずだよ。破棄は相手に過失があるから行うのだから、相手を罰するという意味もある」
「左様でございますか。ともあれ、父の判断ですわね」
少女は困ったように息を吐いた。
「僕はそんなことを・・・」
「おや、こんな大勢の者の前で行ったのに? 晒し者のように人を扱って、″そんなつもりではなかった″などと言えるはずがない」
付き添いの青年はニッコリと男子生徒を見えない刃で切り刻む。
「それに同調した者たちもだ。碌に調べもせずに大勢で一人の者を囲い糾弾した。それさえも許されぬ行為なのに、今回は学園に入学前の子供を」
付き添いの青年はどうしようもないと大袈裟に首を竦めて左右に振っている。
周りにいた男子生徒たちはブルブルと震えだしている。
「イーグル様やヤミア様はどうなりますか?」
付き添いの青年は顔色を無くしている男子生徒たちを見渡した。
「公平に調べられて然るべき沙汰があるだろうね。罪が無くてもこの騒動に対しては何らかの罰を受けることになるだろう」
付き添いの青年は、楽しそうに声を弾ませて話し始める。
「そもそも当主でもない者が許可もなく婚約を破棄することは出来ない。相手に完全な非があっても当主を通して行わなければならない。それを怠ったのだから、家の責任も出てくる。王家から勧められた縁談なら、更に大事となる。家の罰金や爵位降格程度で済めばいいけど、爵位返上、取り潰し、処刑もありえるね」
青から白へと顔色を変えている婚約者だった男子生徒は、ガタガタと震えていた。
「継承権剥奪、領地に軟禁はいいほうで、廃嫡、放逐、国外追放、処分もありえる」
「ヤミア様は?」
「さあ? これほどのことを仕出かしたのだ。それなりの罰は受けるだろう。修道院ならいいほうだね。関係した生徒たちの処遇次第では処刑もあり得る」
「嘘よ、私は何も悪くないわ」
叫んだのは周りに誰もいなくなった女子生徒であった。
「婚約者がいるのを知っておりながら近付き、嘘で婚約を破棄させようとしたのに? まあ、判断は貴族会だ」
付き添いの青年は肩を竦め、少女の肩に手を回した。
「では、失礼するよ」
ゆっくりと少女と付き添いの青年は出口に向かって歩き出した。
「はい、オッケーです」
「これで『間違った婚約の解消法 パート1』の収録を終了しまーす」
「ちゃんと『正しい婚約解消のやり方』も入れておけよ」
「一週間後に『慰謝料と賠償金』のリハーサルを行います。出演される方は午前十時にここに集合でーす」
「衣装を着替えた方から、そこの料理を食べていいです」
流行のように行われる婚約破棄騒動に頭を悩ませた各国の首脳陣は、教育の一環として『正しい婚約の解消法』という科目を作ったのであった。
少女は料理を食べながら、付き添い役と婚約者役をした俳優たちに訊ねた。
「次も出演されるのですか?」
男性たちは、顔を見合せ苦笑する。
「出来たら出演たくないね」
と付き添い役の青年。
「だよなー、生きるためとはいえ、演技でもほんとはコリゴリだよ」
婚約者役の俳優。
なんのことか分からない少女はコテンと首を傾げるだけだった。
今日は友達の誕生日♪
おめでとうございます\(^^)/
こんな世の中なので、目出度いことが沢山ありますように。
誤字報告ありがとうございますm(__)m