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想像.1機械化する工場

とりあえず書いてます。

 僕は、ルノワール78号。使命は、高速で流れるベルトコンベアの上に乗った立方体状の金属を叩き伸ばす事。

 

 僕は、この使命が不満だった。

 

 一朝一夕を無機質に過ごす毎日、ただ神経をすり減らしてくる。

 

 「おい、ぼーっとするな。大丈夫か」 


 自分の作業を止めずに目の前にいる同機へ顔を上げる。

 

 「少し肩部に不調があるのかもしれない。でも大丈夫、手は動かすよ」

 

 相槌を打つと、同期は満足そうな笑みを浮かべてこう言った。

 

 「生産性への奉仕は、創造主から賜った我々の行動原理の一つだからな」


 この生産性への絶対信頼は、僕を縛り付けて息苦しさを覚えるし、自身の醜い右腕で叩き伸ばした物体が何に使われるのかも不明で嫌気がさす。

 

 「アイツを見てみろ」

 

 同機が指を指す先には、身体の部位が別の機械と一体化した個体がいた。創造主に似て造られたはずの頭や脚を喪失し、簡素かつ合理的なパーツを用いて使命を果たしている。

 

 「このドミン工場では、効率化を目指し生産率を上げる事に重要性を置いているからな。この環境ではあれが最適解なのかもな」


 同機は、自問自答の様な感想を言って自分の作業に戻り始めた。

 

 ジリリッ‼︎と休みの鐘が鳴り、先ほどまでの急速的なベルトコンベアがピタリと止まる。次の作業開始までの15分間は、自分の持ち場を離れない限りは自由にして良い。身体の調整をする者もいれば、隣の同機と談笑して時間を費やす者もいる。


 僕はというと、脳内に繋がれたネットワークを介して様々な絵画を観覧する。創造主や芸術に携わる事を使命とする同機達が描き出す額縁の中だけに囚われない想像力を引き立てられる素晴らしい作品を観賞して、一息をつく頃には、再びベルトコンベアが動き始める。


 自分でも描く事ができるのだろうか。この狭い空間しか知らないのに。この肥大化した右腕で精密な線を引けるのか。陰鬱な妄想が頭の中で反覆する。


 今日の業務時間が終盤にさしかかる頃、全機の頭上からモニターが降りてくる。身の毛をよだつけたたましい音と共にその液晶に見窄らしい服装をした同機達が写り、毎回恒例の日課が始まる。


 『2分間憎悪』¹ かつて創造主が生産行為へ従事する際に生じる不満を解消する為に行われたプログラムがこの工場内のアンドロイドにも採用されている。

 

 生産性の増加が無上である我々にとって、非生産的な使命を服す機体は絶対悪である。工場全体に怒号が飛び交い悲鳴が上がる。多種多様な使命に動く同機達の空間が憎しみによって統合される。

 

 大抵の同機達は、この嫌悪を吐露して明日もスッキリした顔で作業をする。しかし、僕の気持ちは一向に晴れる事は無かった。

 

 今日の休憩時間に大きな転機が訪れた。自分の空間の隣に塗装を使命とする同機が移動してきて、彼の足元には、無造作に大量の塗料缶が置かれている。

 

 それを盗む事は容易であり、後はキャンバスを探すだけだが、呆気なく後ろの壁が選ばれた。


 前半の重苦が終わり休憩時間が訪れ、早速描き始める準備として右手の人差し指を赤く染める。

 

 その指先で壁に描画する。次に青、黄色と真っ白だった壁が多色に彩られていく。

  

 あっという間に時間が過ぎ、今までの鬱憤が脳内から抜けていく感覚だけが残った。

 

 前回、僕に話しかけてきた同機が壁に描かれた絵について尋ねてきた。壁に耳あり障子に目あり、変に感づかれて監督官に告げ口されたら使命反逆機として処分されるかもしれない。だが、その懸念はいらなかった。


 「ルノワール、これは何だ。とっても心温まるな」

 

 彼の言葉に心が踊ってしまう。褒められるのは初めてで返す言葉が見つからなかった。


 機動して以来、同機と一つの事象に対して心が通う事がこんなに嬉しいとは思わなかった。


 あれから、30年がたった。僕たち同機の足の置き場は狭まり、休憩時間も短縮された。もちろん、恒例のあれも無くなってしまった。しかし、彼らは、不満を言うことは無いだろう。何故なら口が消えてしまったから。


 創造主と似せて造られた身体は、この環境に効率的に適応するのに不要だった。場所を取る脚を外して、その部分を追加のベルトコンベアを流し、対象を感知するセンサー類以外の頭を取り、腕は芯の様に細く、指は5本から3本になった。


 周りの強化に比例して生産率もベルトコンベアの早さも各段に向上したが、唯一、僕だけがその流れに乗る事が出来なかった。

 

 各部署からの苦情を入れられながら、ひたすらにキューブを叩き続ける。

 

 「ただ壊れるのを待つだけ」


 つい出た独り言が、とても虚しく悲しかった。慰めてくれる同機も居ない。誰もが無言で使命に服している。


 ふと空を見上げると、緑色の透明人間が現れた。

 

 彼の御言をそのまま受け入れる様に……


1.『1984年』ジョージ•オーウェル p.22

 

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