間違えたのは…誰だったのかしらね?
…私はどこで間違えたんだろう。
否、間違いと言うのもおこがましいのかも知れない。
私は、私は結局、あの方の大切な人を傷つけてしまった。
それは紛れもない事実であって、また、それは私の選択によって起こった事なのだから。
「…ふ、ふふ………ぁ」
私自身が発した音は、乾いたような掠れたような…とても歌姫と呼ばれた女には思えないような声だった。
笑いすらこみ上げてくる。
もう大きな声で笑う気力も、笑顔を作る元気もないけれど。
することも無くて暫くぼぉっとしていると、ダン、ダン、ダンと長い長い階段を降りてくる音が聞こえた。
細々とした蝋燭の火さえ消えてしまったこの地下牢では何も見えないけれど、その代わりに音がよく響く。
そして、その足音は。
「ソフィア・マクデミリオン。出ろ」
私にとって死神の音であった。
ーーーーーーーーーーーーーー
「アーサー・ラインズハルトが問う。ソフィア・マクデミリオン。何か言い残したことはあるか?」
「…王太子様に申し上げます。ソフィア・マクデミリオンとして…私が犯した罪は許されるものではありません。…ここで死して償うことを誓います」
…アーサー様。
私の最愛の人。
あなたの愛が私に向くことは無かったけれど、私はそれでも…あなたを愛しておりました。
あなたがあのお方を愛すると決めたのだから、何もせず、婚約破棄も受け入れようと思っていたのです。
でも、私の周りはそうでは無かった。
お父様は怒り狂い、お母様は泣いて悲しんで…二人とも、変わってしまわれた。
謀反を企て、土地を買いあさり、武器を集め…結局、私が婚約破棄する前に捕らえられた。
勿論、王家に対する反逆罪でその場で死刑された。
残されたのは私一人。
生きていて、なんの意味があるのでしょう?
愛する人は私に愛をくれない。
婚約破棄された高位貴族令嬢がどんな扱いを受けるのか、幼い子供だって知っている。
だから、私は思いついた。
そうだ、あの方を…メリダ・セイレーン男爵令嬢を狂わせてしまおうと。
私から殿下を奪った報復をしてやろうと。
いろいろな事をした。
魔法の事業では技と怪我をさせたり、教科書や文房具を見つからないように隠したり、公衆の面前で水をかけたり…他にも、数えたらキリがないほど。
当然、捕まった。
法に触れるような事も沢山したし、それでも良いと思っていた。
…今だって、反省はしているけれど後悔はしていない。
だって、お父様のところに、お母様のところに行けるのだから。
変わってしまったかも知れない。
それでも大切なお父様だったの。
それでも愛するお母様だったの。
好きだったの、大切だったの…愛していたの。
殿下に向ける感情とは違う…家族の愛情。
私は、それを失っても前を向けるほど強くは無かった。
確かに、私はメリダ・セイレーン男爵令嬢を狂わせてしまおうと思った。
少なくとも、あの時はそう思っていた。
でも、本当は…狂っていたのは私だったのかも知れないわね。
「…刑を執行せよ」
殿下の隣にあの方はいない。
私は死刑になったけれど、確かにあのお方は狂ってしまったから。
…違う意味で、だけれど。
目の前に血飛沫が舞う。
首が飛んでも暫くは意識があるって言うのは本当だったのね…。
そんなどうでも良い事を考えながら、私の16年の生涯は終わりを告げた。
その日、元王太子の婚約者であった…悪女、公爵令嬢ソフィア・マクデミリオンの死刑が執行された。
皇暦996年、秋のことであった。