55話 人見知り、心で叫ぶ。
イネスは激怒した。
…………………は?今この人なんて言った?才能があるアリアや榧雅が羨ましい?
(…………ふざけるなよ)
この世界に来て初めて怒った。今僕はかなりキレている。この蒲原淮里が言っていることがあまりにもおかしく、笑えなく、信じられないからだ。
まずこの怒りを落ち着かせるためにあまりの人の顔を見る。シルヴィは驚いた様な顔になっている。クレアは無表情、イヴは少し怒り気味だ。そして高敷榧雅も驚いた様な顔になり、生徒会長はいつも通りニコニコしている。
「ん?イネスどうしたんだ?体調悪いのか?」
体調は万全だ。だが頭の中は自分でもビックリするくらいイライラしている。前世でもここまでキレたことはないかもしれない。
僕はあからさまな言い掛かりや理不尽が嫌いだ。それを蒲原淮里に押し付ける訳ではないが、先の発言はやや許せないかも知れない。
まず『才能が羨ましい』というのは才能が無い、あるいわ少ない人が、極限まで努力し挑戦してその上で才能がある人に勝てない時の言葉だ。毎日三食大盛り唐揚げを貪りその上碌にやる気がない訓練や練習をしているやつが言う言葉ではない。そしてそんなやつに言う資格も権利もない。
そして『アリアや榧雅が羨ましい』という台詞だ。これはもうふざけているとしか思えなかった。そんなもの高敷榧雅や生徒会長を見れば明らかだ。
(才能だけで『超細』という二つ名が付けられ、序列五位になれると思っているのか?才能だけで戦闘に欠かせない消音歩行が出来ると思うのか?才能だけで重心をずらさない移動が出来ると思っているのか?才能だけで全身の筋肉が付くと思っているのか?)
それに生徒会長の体は服の上からだが全身に殆ど均しい筋肉が付いている。それをこの歳でここまでの完成度で簡単に出来ると思ってるのかな?そしてそれは高敷榧雅にも言えることだ。
(才能だけで高度な魔法を行使出来るのか?才能だけで魔道武器が使えると思ってるのか?才能だけで魔法特化の女の子が近接戦も重要なこの第五学園に入れると思っているのか?)
高敷榧雅は近接戦も強いのだろう。それは腰にさしたやや反りがあるサーベルを見れば分かる。サーベルは扱いが難しいのだ。そして同時にそのサーベルは魔道武器だ。柄やガードに魔石が嵌められている。それはクレアの明月と同じで魔法発動の補助をする為のもので、そういった魔道具と武器を融合させたものだ。
高度な魔法というのはちょっと前に序列外の生徒に絡まれていた高敷榧雅が、決闘でボコボコにした時のことだ。その時使った魔法が『氷結』という魔法だ。相手の足などを地面と共に凍らせ動けなくする魔法だ。もちろん相手は動くので成功率が低い魔法だが、彼女発動時間はかなり短く、成功させることができた。
まぁそのことを蒲原淮里は知らないだろうがそれ以外のことでも、高敷榧雅と生徒会長は気が遠くなるような時間を掛けて訓練し練習してきたということが分かるだろう。それすらも分からずに言うとは驚き以外の何物でもない。
「俺にも才能があればなぁ……………」
そのようなふざけた発言を聞きながら味噌カツを食べていると、また誰かから声をかけられた。
「お前、気に入らないな」
恐らく蒲原淮里に言ったのだろうが、一応僕に言われていないかの確認の為に振り向く。そこには知らない男の人がいた。濃い茶色をし短めの髪に赤い目をしている。目付きも少し悪い。
「えっと……………誰、ですか?」
蒲原淮里がそういうと、その人ではなく生徒会長が言った。
「おや?アラトレア君如何なさいましたか?」
「あぁ、リルシャールか。いやなに、このガキが言ってることが気にくわねぇだけだ」
「気にくわない?なんのことですか?」
蒲原淮里が分からないとばかりに聞いた。
「お前の才能が羨ましいやら才能があればとかのことだ。お前は何を言ってるんだ?」
おぉ、いきなり割り込んで来た割にはいいことを言う人だ。
「だって、才能があれば楽できるじゃないですか。それに強くなれたり」
そこまで言うとそのアラトレアさんが蒲原淮里の服を持ち上げた。意外と重いのかな?
「テメェ、んなわけねぇだろうが。才能があれば楽できる?強くなれる?ふざけんなよ」
かなりドスが聞いた声で言った。
「痛ったいな降ろせよ!」
「黙れ。テメェは努力ってもんを知らねぇのか?才能だけで強くなれるなんて思ってやがるのか!?んなわけねぇだろうが!」
かなり怒っている。結構怖い。高敷榧雅は驚いて口が空いているし会長も止めようとしている。
「知るわけねぇだろうが!俺は才能がないなりに頑張ってるんだよ!強くなろうとしてるんだよ!」
蒲原淮里がそういうとアラトレアさんは手を話した。っていうか強くなろうとしてるのにやる気がやい訓練をしてるの?と思っていたら蒲原はテーブルに手を付きながら立った。
「てめぇなにしやがんだよ!」
と言いながらアラトレアに殴りかかった。え?それ結構やばくない?っていうかその状況の中で味噌汁を飲む僕も凄いでしょ?あと味噌カツと味噌汁で味噌被りなの今気づいたわ。
「遅えよ」
アラトレアさんは拳を左手だけで受け止めて力を込めた。痛いでしょあれ。
「くっ。ぐぅぅぅ………!」
蒲原淮里は歯を食いしばり我慢している。だが当のアラトレアさんは何食わぬ顔をして蒲原淮里を見ている。すると…………………
「……………ふっ」
アラトレアさんが笑った。そしてそれと一緒に蒲原淮里の手を離した。
「お前、弱いな。それもかなり弱い」
「…………なに?」
蒲原は一瞬呆けたような顔になったが、次の瞬間には怒っているような顔になった。
「お前に決闘を挑もうかと思ったんだが………………ここまで弱いと逆に可哀想だからな」
そういうと蒲原は怒ったような顔になった。まぁそりゃそうだろう。
「なんだと!?そんなこと分かんねぇじゃねえか!」
「ならお前は俺に勝つ自信があるのか?」
「そ、それは……………」
そう言われると蒲原の声は途端に小さくなっていった。ていうか勝つ自信がないのに反論したの?そんなの「はい負けます」って認めてるような物だろ?するとアラトレアさんは舌打ちをして言った。
「何か興醒めしちまったな…………ん?」
そう言い切る直前、僕と目が合ってしまった。確かに自分が同級生に怒鳴っているのを横目に味噌カツを食べていたら不愉快かもしれない……………
と、ここで問題があった。今僕には味噌カツがふた切れ残っている。それに対して白米は残り一口分しかない。一つ余ってしまうのだ。
「何だお前。っていうかそれなんだ?」
アストリアさんは味噌カツを指差して言った。
「味噌カツ、です…………」
食べますか?と付け加えた。するとアラトレアさんは少しの間考え、その末…………………
「少し気になるな。ひと切れくれ」
そう言ったので味噌カツが乗った皿を彼の前に出した。するとアラトレアさんは左手でヒョイっとひと切れを取り口に運んだ。
「…………うめぇな」
「そ、それはどうも…………」
走れメロスは国語の授業でやりましたよね。確か中学1年か2年でしたっけ?




