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私の警察人生は、本日をもって詰みました。  作者: 小森日和
最終章 私がやるべきこと
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エピローグ

 一年前と同じ、季節外れの寒さを感じる四月の某日。私は一年間お世話になった嶋中島署生活安全課に最後の挨拶に訪れていた。


 一年前と違った緊張の中、ドアを開けると真っ先に生田係長の真剣な顔と出くわした。


 ――なんか嫌な予感がするんですけど


 腕を組んで真剣にパソコンを睨む姿に嫌なデジャブを感じていると、私の横を少年係の若い刑事が走っていった。


「係長! 結果が出ました! シロです!」


 若い刑事の弾む声に、生田係長がガッツポーズを取る。ただ、一年前と違うのは林巡査部長ががっくりと項垂れたことだった。


「何やってんですか!」


 林巡査部長から千円札を受け取っていた生田係長に、私は机を叩いて声を上げた。


「何って、決まってるだろ。昼飯代を稼いでんだよ」


「大切な事件資料でまた賭をやってたんですか!」


「だって、七海がピアノが欲しいて言うから買ったんだよ。おかげで金欠になってな」


 生田係長が笑いながら頭をかく。すっかり娘に甘い駄目父親に成り下がった生田係長からは、以前の尖ったオーラがすっかり消えていた。


「ちょっと、うるさいんだけど」


 向かいの席で真面目な顔をしていた東田が、迷惑げな声を出してきた。パソコンのモニターには競馬実況は映っていないことに驚いたけど、ドヤ顔の耳についているイヤホンに気づき、イヤホンを奪って耳にあてた。


「一着二番とか言ってますけど」


 ため息混じりにイヤホンを返すと、東田がチャンネルを間違えただけと明らかな嘘をついた。


「て、林巡査部長、メロリンが大変なことになってますけど」


 林巡査部長の右手に装着されたメロリンが、なぜかネコ耳が付いて無駄に派手ながらもしっかりとエロさを強調したコスチュームになってた。


「生田係長と相談した結果、今の流行りに合わせたんだ」


「相談する相手を間違えてます!」


 一気にラノベ化したメロリンを哀れに思いながら、私は一年分の頭痛を感じた。


「それより、挨拶に来たんですよ」


 いつもの雰囲気に流されかけたところで当初の目的を思い出し、私は気をつけの姿勢で改まってみんなに視線を投げた。


「一年間、本当にお世話になりました」


 深く頭を下げながら、私は感謝の気持ちを伝えた。とはいえ、すっかりいつもの雰囲気に飲まれた私には、感慨深いものを感じることがなかった。


 ――って、あれ?


 私の挨拶に、みんなは気のない声で「頑張ってね」と、目も合わせることなく呟くだけだった。


 ――てか、もう少し感動的な別れはないのかな


 既に平常運転が始まった生田班は、気だるいモード全開だった。生田班らしいといえばらしいけど、最後ぐらいはと寂しくなりつつも部屋を後にした。


 廊下を歩き、階段にさしかかったところで忘れ物に気づいて慌てて引き返した時だった。


 生活安全課のドアに手をかけた瞬間、中から東田の泣き声と共にみんなの声が聞こえてきた。


(係長、本当にこれでよかったんですか?)


(何が?)


(浅倉のことですよ。いくらいつもの調子で見送るっていっても、あまりにも素っ気なさすぎじゃないですか?)


(メロリンもそう思います。浅倉さんをちゃんと見送りたかったです)


(お前ら、何か勘違いしてないか?)


 林巡査部長と東田の訴えに、珍しく生田係長の真剣な声が聞こえてきた。


(浅倉はな、一課に行くだけであって、俺たちと別れたんじゃない。浅倉もこの先色々あるだろう。そんな時に、いつでも笑って帰って来れる場所が必要だろ? あいつはな、例え違う課に行ったとしても、いつまでも俺の班の一員だと思っている。なのに、壮大に送り出したら帰ってきたくても帰って来れなくなるだろうが)


 最後は詰まり気味の声で、生田係長が二人を諭していた。


 ――もう、これじゃ中に入れないじゃない


 ドアノブを握る手が震えていた。熱くなった目頭に気づくと同時に、頬を涙が流れていった。


 ――なんで今さら思い出すのよ


 不意に脳裏に浮かんできた映像は、どれも生田班で過ごした一年間の記憶だった。


 捜査資料を間違えて怒鳴られ、仮眠室の毛布にくるまって泣いた日。


 凶悪犯相手に逃げ腰になったことを責められ落ち込んだ日。


 被害者に刑事を替えてと泣きながら言われ、本気で刑事を辞めたいと思った日。


 どれも思い出すのが辛いことばかりなのに、鮮明に頭の中にフラッシュバックし続けた。


 ――でも


 初めて一から捜査して犯人を逮捕した時に、直々に誉めて一緒に喜んでくれた生田係長。


 捜査の悩みや愚痴を、嫌な顔をせずに黙って聞いてくれた林巡査部長。


 ホストにハマった女性を助ける為に苦労していた時に、自分のツケも一緒に踏み倒すついでにホストクラブへ怒鳴り込んでくれた東田。


 辛かった日々が多い中、それでも、みんなといたからやってこれたし、一生忘れないほどの思い出もできたと、今さらながら痛感した。


 ――みんな、本当にお世話になりました


 中に入るのを諦め、私はドア越しに深く頭を下げた。生田班からは離れることになるけど、でも、いつかきっとここに戻ってくるような気がしたから、さよならは言わずに生活安全課を後にした。


 署を出たところで、私と変わらない年齢の女性が緊張した面持ちで近づいてきた。


「あの、生活安全課は何階になりますか?」


 女性が震えた声で尋ねてくる。確か、私の代わりに新しく異動してくる人がいることになっていたから、彼女が私の代わりなんだろう。


「二階の奥にありますよ」


 私は笑みを作りながら、二階を指さした。女性は不安なのか、ぎこちない動きで頭を下げた。


「大丈夫。色々あると思うけど、生田班なら頑張ってやれると思うよ」


 私は女性の手を握って、明るく励ましてあげた。


 ――バトンは渡したからね


 お礼を言いながらも、不思議そうに見つめてくる女性に、私は笑って「よろしくね」とだけ伝えた。


 ――さて、私もバトンを受けに行こうかな


 署へと歩いていった女性の背中を見つめながら、私は「えい」と気合いを入れた。


 刑事ってなんだろう――。


 その答えを探して一年間走り続けたけど、答えはわからないままだった。でも、一年前と比べたら、確かに私は前に進んだような気がした。


 たから、このまま先を目指して走り続けよう。きっとどこかで、その答えと私の居場所にたどり着くことを信じて。


 ――あ! 最後の仕事を忘れてた


 桜吹雪が舞い散る中、私はもう一度先ほどの女性へ視線を向けた。女性は署の前で肩を落としていたけど、意を決したように署の中へと消えていった。


 その背中に、私は生田班として最後の言葉を送った。


 ようこそ、嶋中島署生活安全課、女性と子供の安全を守る対策係生田班へ――。



 ~了~


最後までお付き合いいただきありがとうございました。新人をテーマに、社会的に存在したらまずいようなキャラクターと共に奮闘する物語を届けたいと思い、創作した作品でした。


皆さまの心に何か響くものがあったエピソードがあるとしたら、作者としては嬉しい限りです。



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