アスター・レングスの場合
Q:果たして神は存在するか?
ざくり。斬る。
どすり。貫く。
ずしゃり。落ちる。
べちゃり。散る。
淡々と、それらの作業を繰り返す。
それが仕事。それが使命。それが戦争。
軍人がやるべき職務である。
相手が女でも、子供でも、老人でも、容赦をしてはならない。
正義の名の下に命を分け隔ててはならない。
平等に死を。無感動に粛清を。
それが、軍人の役目である。
「アスター・レングス。本日をもって、君を第十三師団所属特務小隊隊長及び少尉に任命するものとする」
「ーーはっ! 謹んで拝命仕ります」
政府に反抗する者は排除しなくてはならない。
秩序を乱す者は粛清しなくてはならない。
治安を守り、平和を保つことが軍人の職務である。
躊躇してはならない。
政府に刃向かう者は、すべからく悪である。
「尉官の任命、おめでとうアスター! しかも特務小隊まで任せて頂いたなんて、本当にすごいわ!」
「私たちも、親として鼻が高いぞ」
「いえ、そんな……喜んで頂けたなら光栄です」
「こうなったら、何かお祝いをしなくちゃいけないわね!あなた」
「お、お祝いだなんて。よしてください、母上」
「あら、どうして?」
「……恥ずかしいので」
「もう、この子ったら!」
「ははっ、まあ、そう言わないでくれアスター。素晴らしい息子をたくさんのひとに自慢したいんだ。各界の著名人をお呼びして、盛大に祝おうじゃないか」
悪は淘汰しなくてならない。
それがどんなに矮小であっても、僅かな悪も残してはならない。
特に政府転覆を目論むテロリストなどという不敬な輩は、その身の細胞ひとつまで滅し尽くさねばならない。
全ては、政府の繁栄のため。
恒久の平和のためである。
「……聞いたか? あのお坊っちゃん、士官学校卒業したばっかで小隊長だってよ。出世街道まっしぐらで羨ましい限りだねェ」
「どうせコネでも使ったんじゃねえの? あいつの家って確か……」
「ああ、あの旧王家の系譜のレングス家だ。大、大、大貴族だよ。俺らとは世界が違う」
「眼中にないんだろうなァ、お貴族様にとっちゃ、俺らみたいな庶民のことなんて」
「ま、どうせすぐにボロが出るだろ。あんな軟弱そうな奴に、小隊長なんざ務まるわきゃねえんだ」
命令は絶対である。
軍人ならば政府への忠誠を疑ってはならない。常に忠実でいなければならない。
それを非とする者はすでに軍人ではなく、粛清されるべき悪である。
よって、部下を斬ることも躊躇してはならない。それが悪ならば、微塵とて残してはならない。
我々の行いは正義である。
我々は神の鉄槌を下す代理人である。
悪を滅する事、それが軍人の役目である。
「よくやった、レングス少尉。先日の南部勢力鎮圧の手際、見事だったぞ」
「勿体無い御言葉です」
「君に任せたのは正解だった。また直ぐに別の現場へ行ってもらうことになるが、構わんかね?」
「御命令とあれば」
「では、頼むぞ。若年である君を批判する声もあるだろうが、君の実力と忠誠心は本物だ。これからも政府に貢献してくれたまえ」
「はっ!」
政府は絶対の正義であり、平和を守護する番人である。それに従わぬのは絶対悪に他ならない。どんな手段を講じても排除しなくてはならない。
女、子供、老人に至るまで、悪はひとつとして生かしてはならない。
執拗に追い詰め、粛清しなくてはならない。
この行いは正しき命令に基づいた聖戦である。
悪は殺戮を行うが、我々は慈悲を行うのである。
「お、お願いです……この子、この子だけはーーーどうかお助けくださいませ! まだ三つになったばかりなんです……! どうか、どうか御慈悲を!」
「うわああああん!! ママァ、こわいよお……うわああああん!!」
一息。ぐしゃり。
「ひいいいい……わ、わたくし共はただの無害な市民で御座います! 誓ってテロリストを匿ったりなどしておりません!」
「その通りです! ですから軍人さま、その剣をお納めくださいませ! 私たちは無実なのです!」
一閃。ごとり。
「ひっ、少尉……! あ、あの、俺ら、これはですね、その……」
「命令違反してたわけじゃないんですよ? ええ、勿論。ただちょっと……まあ、怪我の手当てをしに行こうとしてただけで」
「そ、そうなんですよ! だから全く、脱走しようなんて考えてませんでしたよ? 手当てが終わったら、すぐにでも戦線に戻ろうとしてましたとも。ええ、そりゃあもう!」
「俺ら少尉を尊敬してますからね! 少尉みたいな強くて偉大な軍人になりてェなあ、なんて言い合ったりもして」
「そうそう! だから少尉の下で戦えて嬉しいっすよォ、あはは」
「あはははは……」
一瞥。ぐちゃり。
「どう? アスター。あなたの為のパーティーは」
「……まだ、少し緊張しています」
「ふふ、あなたは昔からそうね。でも、こんなに沢山のひとがあなたの昇進を喜んでくださってるのよ。もっと楽しそうになさい」
「は、はい……」
「やだ、顔が強張ってるじゃないの! 母さんったらいらないプレッシャーを与えちゃったかしら」
忘れてはならない。
我々が信じなければならないのは政府であって、市民一人一人の声ではない。
政府は大局を見据えているが、市民は浅薄な考えしか持たないからである。
命令は絶対に施行されなければならない。
よって、相手が何者であろうとも容赦をしてはならない。
正義の名の下に命を分け隔ててはならない。
平等に死を。無感動に粛清を。
それが、軍人の役目である。
政府は絶対の正義であり、それに刃向かう者はすべからく悪である。
悪は淘汰しなくてはならない。平和は守られなければならない。
我々は神の鉄槌を下す代理人である。我々の行いは正義である。
この粛清は正しき命令に基づいた聖戦にして、紛うことなき、慈悲なのである。
A:「神はいます」
(人間は神の創造物)