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クレイジーセブン  作者: あめ
Only God knows it
6/19

カーマイン・グランツの場合

Q:果たして神は存在するか?




 可哀相な少年の話をしてやろうか。


 ある所に、なんの変哲もない少年がいました。

 少年はちょっとばかり頭が良すぎたのでみんなからハブかれていましたが、自分がすごいんじゃなくて周りのレベルが低いだけだと思っていたので、全然平気でした。

 少年はよくお祖父ちゃんと遊んでいました。少年にとっては、お祖父ちゃんだけが唯一自分よりも知的レベルの高い相手だったのです。

 必然的に、少年はお祖父ちゃんダイスキー!お祖父ちゃんサイコー!な、根っからのお祖父ちゃんっ子になってしまいました。


 ある日、少年はお祖父ちゃんがたくさんの大人とこそこそ話し合っているのを見つけました。

 気になって盗み聞きしてみると、なにやら政府がどうの独立がどうのと言っています。

 頭が良くても所詮お子さまな少年は、わけがわからなかったので飽きてしまい、さっさとその場を立ち去りました。


 それから数週間後、少年の住んでいる街でぶそうほうきが起きました。少年には聞き慣れない言葉でしたが、大人たちは物々しい格好で銃やら剣やらを構えています。

 少年はなんだかわくわくしました。そしてそれ以上に、大人たちの中心にお祖父ちゃんが堂々と立っていることが、誇らしくてたまりませんでした。

 お祖父ちゃんは、ぶそうほうきのリーダーだったのです。

 少年はよくわかっていませんでしたが、とりあえずすごいのだという風に受け取っておきました。


 女たちや子供たちはひとつのところに集められて、ここからは絶対に出てはいけない、と大人たちに言われました。しかし少年はちょっとばかり頭が良すぎたので、自分よりレベルの低い大人の言うことなんかさらさら聞くつもりがありませんでした。

 少年は早々にそこを抜け出して、お祖父ちゃんを探します。ですが、一向に見つかりません。見つかるのは倒れた大人たちの姿や、甲冑を着込んだひとたちの姿ばかりです。

 どうやら彼らは戦っているようでした。銃声が鳴り、雄叫びがこだましていました。少年はなんだか怖くなってしまったので、さらに急いでお祖父ちゃんを探しました。


 お祖父ちゃんとようやく巡り会えたのは、すべてが終わった後のことでした。

 道の端には、たくさんの大人たちが折り重なって倒れています。地面にはがさがさに乾いた赤黒い染みが出来上がっていました。こっそりと隠れていた女子供が、甲冑を着たひとたちに連れられてぞろぞろ姿を現します。女たちは悲鳴をあげ、子供たちは泣きわめいていました。その集団と一緒になって向かった先に、お祖父ちゃんはいたのです。

 お祖父ちゃんの首には剣の切っ先が突きつけられていました。豊かな白髪頭はぼさぼさになっていて、服もぼろぼろです。体中に傷があり、怪我もしています。

 たくさんの見知らぬ連中がずらりとお祖父ちゃんを囲んでいました。ちらほらと、大人たちの姿も見えます。生きていたのね、と誰かが喜びの声をあげました。少年たちは、狭い荷台に乗せられてどこか遠くへ連れて行かれました。



 気付くと少年は、薄暗い場所にいました。

 うごうごと何かが生きている気配がするので、おそらく一緒に連れてこられた誰かが近くにいるのでしょう。

 少年たちは捕虜と呼ばれていました。お祖父ちゃんに聞いたことがあったので、少年は捕虜の意味を知っていました。

 耳をそばだてると、ときどき悲鳴が聞こえます。そうしてそのまま、ぶつりと途切れてしまうのです。少年は恐怖しました。自分は死んでしまうのだと、思いました。


 ある日、白い服を着た男に手を引かれて外へ出ました。外といっても鉄格子から抜け出したというだけなので、薄暗い場所であることには変わりありませんでした。

 男が少年を連れて行ったのは、大きな機械があるところでした。中央にある椅子に座れ、と男は言いました。少年は怖かったので大人しく言うことを聞きました。その時にはもう、レベルがどうのという問題ではなかったのです。

 少年は裸足だったので、機械の冷たさが氷のようだと思いました。男が、良いと言うまでじっとしていろ、と命令します。そして、何かのボタンを押しました。


 ぎゃあ ああ あ ああ ああああ


 喉からは信じられないくらいの悲鳴が湧き上がりました。

 とにかく、激痛だったのです。じたばたともがこうとしても、腕と足がいつの間にか機械に拘束されていて、ぴくりとも動けませんでした。

 びりり、なのか、みしり、なのか、よくわからない痛みでした。電撃のような、切り傷のような痛みでした。あまりに痛すぎて痛みの質もわからなかったのです。


 その日から毎日のように鉄格子から連れ出されました。

 ある時はおかしな機械を体中につけられて、大層気持ち悪くなりましたし、明らかに尋常じゃない色の液体を注射されたりもしました。

 そして、そういう日は決まって体が熱いのです。

 眠るとき、あまりに熱くて飛び起きるのです。

 体の中がぐらぐらと沸騰するような感じがするのです。

 何かが腹を食い破って出てきそうな錯覚さえ覚えるのです。

 少年は、ゆっくりと弱っていきました。



 そんなある日、少年はお祖父ちゃんと再会しました。

 いつものようにおかしな機械から管を取り付けられていると、お祖父ちゃんの声がしたのです。

 少年は思わず叫びました。お祖父ちゃん。

 お祖父ちゃんはばたばたとこちらへ走ってきました。おお、よかった、よかった、生きていたのだね、よかった。お祖父ちゃんは何度も同じことを呟きました。涙をぼろぼろと流して少年のことを抱きしめるので、少年も思わず泣いてしまいました。機械の管が、ひたすら邪魔に思えました。

 白い服を着たひとたちは、珍しく慌てた様子で少年たちを引き離しました。実験体同士を接触させるんじゃない、と誰かの怒鳴り声がしました。

 少年は何度もお祖父ちゃんを呼びます。

 もうこんなところは嫌だ、と何度もお祖父ちゃんに叫びます。

 お祖父ちゃんは、待っていろ、と言いました。唇だけで、そう言いました。

 なので、少年はもう少しだけ耐えなければと決意したのです。


 しかし、正直なところ、もう少年は限界でした。

 鉄格子から連れ出される度、白いシートが掛かった台車とすれ違うのです。

 その隙間からは、白くて細い、腕が覗いていました。

 あれはきっと耐えられなかったものの末路なのです。毎日毎日、脱落者がうまれているのです。

 このまま言われる通りにしていたら、いつか自分もああなってしまうのだと、少年は恐ろしくてたまりませんでした。




 しかし、事態は急変したのです。

 薄暗い場所に、突如としてけたたましいサイレンが鳴り響きました。


 ーーー侵入者です、侵入者です、研究員は直ちに持ち場に戻りデータの保全に努めなさい、繰り返します、侵入者です、侵入者です、………。


 少年はこれを好機と見ました。何しろ少年はちょっとばかり頭が良すぎたので、この混乱に乗じて脱走できると踏んだのです。

 少年はさっそく近くにいた白い男に体当たりをして、走り出しました。どこが出口なのかは知らなかったので、少年はとにかく、お祖父ちゃんを探そうと思ったのです。


 お祖父ちゃんは、案外すぐに見つかりました。

 どうやらお祖父ちゃんも少年と同じことを思ったらしく、他の捕虜と一緒に逃げ出そうとしていたらしいのです。

 探していたんだぞ、とお祖父ちゃんは心底安心したように言いました。そして、周りにいる他のやつらに、さあ、逃げるぞ、と号令を掛けました。

 少年たちは出会う白服をすべてなぎ倒し、ひたすら出口を探して走り出しました。


 ようやく見つけた出口は意外なものでした。

 薄暗かった場所の壁に、ぽっかりと穴が空いていたのです。かすかに焦げたにおいがしたので、おそらく爆破したのだろうと少年はよく回る頭で考えました。

 お祖父ちゃんは、外にいる仲間が手伝ってくれたんだよ、と言いました。どうやらお祖父ちゃんは捕まっている間にもどうにかして外と連絡をとっていたらしいのです。少年はますますお祖父ちゃんに尊敬の眼差しを向けました。

 しかし、爆破した箇所は大人ひとりがなんとかくぐり抜けられる程度の小さなものでした。もっと大きく爆破してくれりゃあいいのに、と少年は思いました。

 仕方ないので、幼い子供や女、怪我人、弱っている者を優先的に外に出しました。

 少年は率先してみんなの誘導をしました。お祖父ちゃんは最後のひとりになるまで脱出しないだろうとわかっていたので、自分もそうしようと思ったのです。

 侵入者の方に大忙しの白服たちは、少年たちの脱走に全く気付きませんでした。目撃者は全員気絶させたので完璧です。すべては順調に進んでいました。

 そして、少年とお祖父ちゃん以外全員を脱出させることが出来たのです。


 さあ、私たちも出よう、とお祖父ちゃんは言いました。

 先に体の小さい少年が穴をくぐります。

 その時、突然聞き覚えのない声がしました。

 いけませんね、混乱に乗じて脱走だなんて。そう、その声は言いました。


 お祖父ちゃんは厳しい顔で、博士、と唸るように言いました。

 博士。何度か見たことのある男でした。周りの白服がみんなへこへこしていたので、おそらくここで一番偉い人間なのでしょう。笑った顔が狐のような男でした。

 お祖父ちゃんは、無言で少年の背中を押しました。はやく逃げろと言っているようでした。ですが、少年は博士と呼ばれた男のことが気になって、なかなか一歩を踏み出せません。

 この男とお祖父ちゃんを二人にしては、危険な気がしたのです。なにか恐ろしい、良くないことが起こりそうな気が。

 行け、と今度は口に出してお祖父ちゃんが言いました。少年はお祖父ちゃんの顔を伺います。にこりと、お祖父ちゃんが笑いました。


 瞬間、銃声。


 どん、と鈍い音がしました。

 私が脱走を見逃すと思いますか、と男が言いました。

 男の手には小さな銃が握られていました。煙がゆらゆらと上がっています。

 ずるり、とお祖父ちゃんが倒れました。

 少年はスローモーションでそれを見送りました。伏したお祖父ちゃんの背中には、真っ赤な染みが広がっていました。いつかの大人たちと、同じ様相でした。


 こつん、こつん、と男が近付いてきます。

 少年は動けませんでした。動けずに、ずっとお祖父ちゃんを見つめていました。呆気にとられていたのです。そして同時に、絶望していたのです。


 お祖父ちゃん、と少年は呼びました。

 お祖父ちゃんは目線だけをちらと少年に向けました。

 逃げろ、と唇が告げます。いやだ、と少年は首を振りました。男の存在はとても恐ろしかったのですが、少年はそれよりも、お祖父ちゃんを置いていくことの方が恐ろしかったのです。

 しかし、お祖父ちゃんはまた、逃げなさい、と言いました。少年もまたいやだと言うと、お祖父ちゃんは、外へ逃げたら、ゲルニカという組織を頼りなさい、と言いました。そこに私の仲間がいるから、とも。


 ゲルニカ。

 それは少年の住む土地に伝わる、神話に登場する怪物の名前でした。

 人間のかなしみと怒りと憎しみと恨みと、ありとあらゆる悪意によって誕生する、怪物の名前でした。

 戦場で生まれ、戦場で育まれ、戦場で死んでゆく、戦いの悲惨さすべてを体現する、怪物の名前でした。


 お祖父ちゃんは、にこりと笑います。

 いきなさい、そしてどうか、お前を愛してくれるひとと出会いなさい、私はお前を愛しているが、お前と共には生きられない、だからお前はいきなさい、生きて、どうか、幸せに。

 お祖父ちゃんは、ぐっと少年の背中を押しました。

 少年は、その力のあまりの強さに踏ん張れず、ぐらりと外へ傾いでいきました。


 少年が最後に見たのは、お祖父ちゃんに銃を突きつける、あの男の姿でした。





 ……はい、これでこのお話は終了。

 え? この後はどうなったんだって?

 さあ、どうだろうね。今頃楽しく暮らしてんじゃない? それとも、今ごろ復讐のために暗躍してたりしてね。

 まあどちらにせよ、可哀相な少年だったってことだよ。可哀相で可哀相で、救われない少年だったって、ただそれだけ。


 俺がなんでこんな話をしたかって?

 単なる気まぐれだよ、暇だったんだ。まあ、暇を潰すためにしちゃあヘビーな内容だったかもしれないけど。

 ははっ、なにお前、ちょっと涙ぐんでやんの。でも、同情はやめた方がいいよ。


 それじゃあ可哀相な少年が、もっと惨めになるからね。







A:「神なんていねーよ」

(いるならそいつは最低だ)

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