サイモン・ノーランドの場合
Q:果たして神は存在するか?
サイモン・ノーランドという男の人生を辿ると、以下のようになる。
まず、彼はとある貴族の愛人の子として生まれた。
出産は貴族である父に知られないまま秘密裏に行われ、サイモンはしばらく母親の元で育てられた。
3歳の時、サイモンは父に引き取られた。
父には死別した先妻との間に5つになる子があったが、それは女児であり、女に後を継がせるつもりがなかった父はサイモンの存在を知るなり認知して、すぐさま引き取った。なぜサイモンの存在が知られたか、母がどうなかったかは、彼には知らされなかった。また、別段知りたいとも思わなかった。
しかし、すでにその頃父は後妻を迎えていたため、愛人の子であるサイモンは肩身が狭い思いを強いられた。ただ彼は殊更に頭が良かったので、父には大層愛されていた。
12の時、姉と関係を持った。
その頃は丁度弟が生まれ、義理の母からの扱いがこれまで以上に悪化してきた頃だった。
先妻の子として同じく疎まれていた姉とは、居所のない者同士、常に邸の隅で寄り添い合っていたが、それがいつしか肉体関係を伴う愛情へと変貌していた。
そこにあったのは肉欲ではなく、ただ、互いの傷を舐め合うような恋だった。
姉は、サイモンが生まれて初めて愛した女性だった。
13の時、姉が亡くなった。
元々病弱だった姉は、日に日に弱っていきながらもサイモンを愛し続け、彼もまたそれに応え続けた。
二人は十分に幸せだったが、ある日、その秘め事が義母に知られてしまう。
彼女は父に告げ口をした。父は当然の如く怒り狂い、二人を引き離した。
その3日後、姉は息を引き取った。
同年、サイモンは士官学校に入学した。
その際に、彼は姉の遺体を持ち去った。腐敗せぬように手を施して、大型のケースにそれを入れた。姉の姿は美しく、生きている時のそれにはない神々しさがあった。
彼はこの事がきっかけで父から絶縁を言い渡されたが、むしろ清々していた。
二人の関係を咎める者はもういない。
彼は夜毎ケースから姉を連れ出しては、彼女と愛し合った。
14の時、サイモンは中央政府軍に入隊した。
士官学校の通常3年は掛かるカリキュラムを僅か1年で修了させ、ついでに大学の生物学博士課程をも修了させた彼は、その頭脳を買われて兵器開発に関わることになった。そこでは、主に兵士の肉体増強に関わる研究を行った。
そして、戦地で回収された死体を貰い受け、姉と同じようにケースに飾り始めたのもこの頃からだった。
相変わらず愛するのは姉の体ばかりだったが、次第に姉が痛んできたので、仕方なく別のもので満足させることも増えていった。
この頃、彼のコレクションはまだ十数体そこそこだった。
18の時、サイモンは兵器開発室の室長になった。
14の頃から密かに進めてきた『人間を使用した』兵器の研究が評価されての大抜擢だった。周囲からは若年であることを不安視する声ややっかみによる誹謗中傷を浴びせられることも間々あったが、彼の才能を目の前にすると誰もが押し黙った。
あらゆる戦地から捕虜を連れて来させ、彼等を実験台として研究を続けた。苛烈な実験によって死亡するサンプルが跡を絶たなかったが、彼はやめなかった。
次第に彼は、様々な分野の科学者から畏怖され、崇拝されるようになっていった。
この頃、彼のコレクションは百を超えた。
26の時、サイモンは突如として軍を去った。
人体兵器に関するあらゆる研究データを手当たり次第に削除して、いつの間にか姿を消していた。
彼の研究を継いだオデッサ博士は、彼が唯一破棄出来なかったサンプルの少年を元に、データ復元に努めなければならなかった。
そして、博士はこの2年後めでたくも少年を人体兵器として完成させるのだが、これはまた別の話である。
そして現在、サイモンは齢28となった。
自分より十も離れた少女と一緒に生活し、あまつさえ彼女を愛している。
彼女は、アシェア・クラウスといった。
今まで死体ばかりを愛してきた彼にとって、唯一生きていても愛しいと思える存在だった。死なれては困ると思わされる存在だった。触れることすら厭うほどに、大事な、大事な存在だった。
サイモンはもう死体を収集してはいない。
かつてコレクションしたものは、離れた場所に倉庫を借りて収納している。
しかし、未だにそこを訪れては死体たちと愛し合うのは変わっていなかった。
彼は根っからの屍体愛好家であり、アシェアのみが例外なのである。
A:「神はいますよ」
(愚者の心の中にね)