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クレイジーセブン  作者: あめ
Only God knows it
4/19

メルティナ・ロバーツの場合

Q:果たして神は存在するか?




 どこにでもいる不幸な子供。


 親がいない、あるいは捨てられた

 道の脇で寝泊まりしている

 いつでも薄汚れた格好をしている

 物乞いしないと生きていけない


 これ、全部昔のあたし。

 見事なまでに当てはまってるわ。

 気が付いたらストリートチルドレンになっていて、気が付いたらある日死にかけてた。


 そんなあたしを拾ったのはぶくぶく肥ったおっさんで、そいつはあたしに、金をやるから体を差し出せって言ったの。

 つまり、売春。その時あたし若干8歳。とんだロリコン趣味もあったもんよね。

 でも生憎、あたしは男だった。外見だけ見ればそれはもう天使みたいな可愛い子供だったけど、歴とした男だった。

 だから言ってやったわ。おじさん、ぼく男だよって。そうしたら、そのおっさん何て言ったと思う?

 構わんよ、だって。

 ああ、気持ち悪い。思い出しただけでも鳥肌立つわ。


 ……え? それで結局どうしたのかって?

 そんなの決まってるじゃない。寝てやったわよ、お望み通りにね。

 初めてが男相手、しかも肥えたおっさん相手だなんて、かーなーりヘビーだったけど、必死になって耐えたわ。すべてはお金のため。生きていくためだもの。


 ああ、そうだ、言い忘れてたけど、あたし妹がいるのよね。5歳年下の、たったひとりの家族よ。

 あたしがおっさんに売春を持ちかけられてるその間にも、妹は隣でわあわあぎゃあぎゃあ泣いてた。

 きっとお腹が空いてたんでしょうね。あたしは死にかけてたから、ろくに世話もしてやれてなかったし、もしかしたらおしっこしたかったのかもしれないわ。

 理由は知らないけど、あんまりうるさくするもんだから、おっさんが妹を殴ろうとしたのよ。

 もちろん、やめてって言ったわ、でもそいつはこう吐き捨てたの。

 どうせ飢えて死ぬんだから、私が殺したところで大して変わりあるまい、ってね。

 そのこともあって、あたし、そいつと寝てやろうと思ったのよ。

 あたしだけなら別に死んだって構いやしない。

 でも妹は違う。あたしはお兄ちゃんだから、妹を守ってあげなくちゃいけないの。

 そのためなら何だってするわ。例えぶくぶく太ったおっさんにべたべた触られようと、それ以上に不愉快なことされようと、何だってね。


 その日から、あたしの仕事は売春になった。

 道の端で、金持ちそうなおっさんに声を掛けるの。おじさん、ぼくと遊ばない?とか言ってね。

 あたしはすぐに売れっ子になったわ。他がどの程度かは知らなかったけど、多い時は1日で5人くらいを引っかけたこともあるのよ。なかなかのもんでしょう?


 だけどある日、なんか訳ありの客を捕まえちゃったのが、転落の始まり。

 そいつにそれなりに付き合ってから、ふたりでベッドに転がってた時のことよ。


 突然、人影がどこからともなく現れたの。


 その影はあたしの横で眠ってた男目掛けて、ナイフを振り下ろしたわ。

 断末魔は聞こえなかった。今思えば、男の顔には枕が押し付けられてたんでしょうね。

 あたしは慌ててベッドから転がり落ちて、その影を睨みつけたの。威嚇してたわけじゃなくて、目を離したら殺されると思ったから。


 客の男は即死しなかったらしくて、ひたすらベッドの上で痛みにもがいてた。

 どんどんシーツが真っ赤に染まっていくのが、暗闇でも十分にわかったわ。

 人影は、容赦なくまたナイフを振り下ろした。今度は何度も、何度もね。

 正直目も当てられないくらい酷い光景だったけど、あたしは一度だって瞬かなかった。次に殺されるのは自分かもしれないんだもの。凝視したまま、ずっと警戒してた。

 ……逃げればよかったんじゃないかって?

 あんた、じゃああの光景目の前で見てみなさいよ。ショックで腰抜かすわ、普通。しかも年端もいかない子供だったんだもの、尚更でしょう?


 人影は男が完璧に死んだのを確認してから、あたしの方を見たわ。

 女だった。

 それも、かなりの美人よ。こんな人がさっきのスプラッタを平気でやっていたなんて、すぐには信じられないくらいには、美人だったわね。

 その女は、あたしにこう言ったの。きみ、この男の血縁者かしら?って。

 もちろんあたしは首を横に振ったわ。ただの売春相手です、ってご丁寧に添えてね。

 そうしたら、その女げらげら笑い出して、あたしに訊くのよ。今のずっと見てたなんて度胸あるのね、私と一緒に来てみない?ってね。

 つまり、人殺しに勧誘されたわけ。


 ある程度の犯罪なら一通りやった経験はあったけど、生憎あたし、人は殺してなかったの。そんな予定もなかったしね。

 正直な話、売春なんかやってる上に、これ以上妹に顔向け出来ないことはしたくなかったのよ。

 でも、女は言ったの。それじゃあ目撃者はみんな抹殺しないといけないわね、って。

 そう言って、女がドアの向こうから引きずり出してきたのが、妹だった。

 妹はずっと見てたのよ。待たされてる間、ひとりでいるのが怖くなって、あたしがおっさん相手に売春してるところ、ずっと見てたの。

 もちろん、さっきのスプラッタも、ね。


 だからあたし、その時決めたわ。

 妹を守るために、人殺しになろうって。

 女が妹に向かってナイフを振り上げたから、慌てて言ったの。ぼくが一緒について行ったら、妹を殺さないでくれますかって、早口にね。

 女は、それはもう極上の笑みであたしに言ったわ。もちろんよ、よろしくねボーイ、って。


 その時から、あたしの仕事は人殺しになった。





 あれから十数年経った今、あたしの仕事は喫茶店のウェイトレス。

 どうしてそんなことになったかって?

 簡単に言えば、仕事を失敗させたから、かしらね。

 逆に命を狙われるようになっちゃって、なんとか逃げ出したあたしを匿ってくれたのが、アシェアちゃんだった。

 いかにも訳ありなあたしを助けてくれた、すごく良い子よ。ウェイトレスは、その子のお手伝い。

 ついでに裏で何でも屋なんて難儀な仕事もしてるらしいから、そっちも手伝ってあげたりしてる。


 他にも居候がいるけど、そいつとは死ぬほど馬が合わないのよね。

 え、名前? 知らないわよ、わざわざ覚えてないわ。あいつなんか変態メガネでいいのよ、変態メガネで。人のことオカマ呼ばわりしやがるんだから。

 悪いけど、オカマはオカマでも、あたしは女の子が好きなオカマですから。他のやつらと一緒にすんじゃないわよ。



 妹とは、この十数年間一度も会ってないわ。

 多分この先も永遠に会わない。

 決めたのよ。人殺しになるって決心した時、もう妹の前には姿を見せないようにしようって。

 あたしの手は人殺しの手なの。何十人も、何百人も、何千人も殺してきた手なの。

 そんな手で、もう妹を抱き締めてなんかやれないわ。あの子にはずっと綺麗なままでいてほしいの。


 妹があの日見たものは、女に頼んで消してもらった。

 記憶って、割と簡単に改ざん出来ちゃうもんなのね。正直、ほっとしたわ。

 本当はあたしのことも忘れてもらおうかと思ったけど、それは流石に寂しいから、やめた。


 妹は、あの後すぐに施設に預けたの。

 今でも、毎月お金だけは送ってる。大学に通ってるらしくて、成績はいつも上位らしいわ。

 あたしも兄として鼻が高い。自慢の妹よ。


 あの子には、本当に幸せになってほしいの。

 あたしの分まで、うんとね。



「メル! なにぼーっとしてるの? こっち来て一緒に探してよ!」



 あら、悪いわね。もう時間みたい。

 ……え? あいつは誰だって?

 ああ、あの子が例のアシェアちゃんよ。あたしの恩人。

 今はご近所さんの飼い猫を捜索してるの。何でも屋の方の仕事よ。大してお金にはならないけど、あの子、何に対してもやたらと一生懸命だから、なんか手伝いたくなっちゃうのよね。


「ちょっとメルってば! ……って、あ! 猫そっちに行った!」


 ああ、もう本当に時間だわ。もう粗方話終わったからいいわよね?

 ……え、なに? 最後の質問?

 ちょっといい加減にしなさいよ。もう猫走ってきてるのよ?


 ……まあいいわ、なに?

 神はいると思うか、ですって?


 はっ、馬鹿馬鹿しい!

 聞いたのは間違いだったみたいね。

 答えはノーよ。いるわけない。

 もしいるならどうしてあたしみたいに悲惨な人生を送る人間がいるって言うの? それとも、あたしは神さまに嫌われてるのかしらね。


 でも、これだけは誓って言えるわ。

 神に救われた人間なんてひとりもいない。人間を救うのは、いつだって人間だけよ。

 あたしにアシェアちゃんがいてくれたように、ね。


 それじゃあ、ご機嫌よう。

 あなたにもいつか、そういうひとが現れるといいわね。







A:「神なんていないわ」

(奴に救われた者がいるか?)

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