リヴリー・ドーラの場合
Q:果たして神は存在するか?
おれが覚えているのは、不思議ないろをした水と、からだ中にくっつけられた機械と、息をするたびにもれていく泡。あと、ぶ厚いガラス越しに見えるしろい服を着たひとたち。
ときどき外に出されたりすると、ひどくからだがだるかったこととか、息の吸い方、吐き方がわからなくなること。立ったり歩いたりができなくなること。
まばたきをしようとして、まちがって近くのしろいひとをころしてしまったこと。
しろいひとたちに、変な注射を打たれてねむくなったこと。
そういえば、おれのからだはいろんなカタチに変わることも、覚えてる。
腕からとげとげが出て、ひとを串刺しにできるし、5本の指がひとつになって、ナイフみたいにもなる。足が鞭みたいになったり、銃で撃たれてもへいきだったりする。
それと、他には、なんだったかな。はかせに、ラボの外に連れていってもらったんだったかな。
その前に、なにかあったような気もするけど、覚えてない。
でも、忘れたことは、思い出さなくていいよって、アシェアが言ってた。忘れたぶんだけ、また新しく覚えればいいよって。
だから、思い出さなくてもいい。ここからは、最近のこと。
はかせに外に連れていってもらうとき、狭くて冷たい箱に入れられたこと。
がたがた揺れておもしろかったこと。
血のにおいがして、頭がまっしろになったこととか、気付いたらまわりのひとをころそうとしていたこと。それを、アシェアに止められたこと。
サイモンがはかせに怒っていたこと。はかせが、なにか叫んでいたこと。
それから、アシェアとサイモンに「ホーム」をもらったこと。
おれのふるさとでは、帰る場所のことを「ホーム」って呼ぶことも、このときに思い出した。
行くところがないなら、一緒にくらそうかって、アシェアが言ったことや、あなたの人生は私が責任をもちますって、サイモンが言ったこと。
覚えてる。新しい、おれの記憶。
今は、不思議ないろの水も、からだ中にくっつけられた機械も、息をするたびにもれていく泡も、おれと外を区切るぶ厚いガラスも、こっちを見つめるしろい服のひとたちも、なにもない。
代わりに、コーヒーのにおいとか、おれのためにアシェアが買ってくれた服とか、なまぬるい風とか、アシェアとか、サイモンとか、メルとか、新しいものと、ひとがいる。
新しい、記憶がうまれる。
おれが覚えてることは、たぶん、きっとすくない。
おれはたくさん忘れていると思う。
サイモンは、思い出さない方がおれのためだろうって言う。メルは、覚えてないならそんな重要なことじゃなかったのよって言う。
おれは、どっちでもいい。
思い出しても、忘れたままでも、どっちでもいい。
おれには、新しい記憶がある。新しい、ホームがある。
さんにんのことは、ええと、なんて言うんだっけ。かぞく、って言うんだったっけ。たしか、ホームには、かぞくが待ってるものだって、おれの一番ふるい記憶がおしえてくれた。
だから、アシェアとサイモンと、あとメルは、おれの新しいかぞく。
かぞく。
そう、かぞく、だ。
おれのふるさとでは、ホームの中心に、神さまがいるって信じられていた。みんなが集まるところに、神さまもいるって。
だから、おれたちのホームにも神さまがいる。
中心、だから、どこだろう。みんな、いつもばらばらなところにいるから、神さまも困っているかもしれない。
あ、だけど、そうだ。あった、中心。
みんなが集まるところ。
「ちょっとメル! くっつかないでってば!」
「やあだもう、照れちゃって! アシェアちゃんったらほんとにかわいんだから」
「照れてるわけじゃないんだけどなあ!?」
「そうですよオカマ。貴方なんかに密着されてアシェアは大層不愉快なんです即刻離れなさいこのオカマが」
「えっ!? いや別にそこまでは……」
「うるっさいわね変態メガネ! オカマ舐めんじゃねえぞ」
ほら、みんな、集まる。
アシェアの周り。ホームの中心。
そっか。
じゃあ、おれたちの神さまは。
「アシェア、だ」
……いや、ううん、違うのかな。アシェアに、神さまがくっついてるのかな。
サイモンに聞いたら、わかるかな。サイモンはいろんなことを知ってるから、今度聞いてみよう。
わからないって、言うかな。
わかると、いいな。
そうしたら、神さまに直接、みんなと出会わせてくれてありがとうって、言えるのにな。
A:「神さまはいるよ」
(だって世界はこんなにも美しい)