第一夜
眼鏡の男の話
こんな夢をみた。
二人の男が今にも崖から落ちそうになっている。
片方はひょろりと長い、如何にもひ弱そうでこのままでは5分と保たずに落ちてしまうだろう眼鏡の男。
もう片方は、均整のとれた体躯を持つ健康的な男。こちらはまだまだ余裕ありげで、崖に掴まった腕はしっかりと伸びている。
私は、その二人を空の上から見下ろしていた。
さてさて、どちらが先に落ちるのやら。そんな分かりきった答え合わせの時間を、他人事のように待っている。
そこへ、誰かがやって来た。
金髪の少女だ。
驚いたように二人の名前を呼び、状況に混乱しているのか、口を手で覆って立ち竦んでいる。
これは面白いことになった。
見た感じ少女は小柄で、とてもではないが男二人を引き上げる力はないだろう。
では、一体どちらを助けるのか。
よくある問いの一つだ。その人物にとって真に大切な人間を見定めるための、他愛ない問い。
視点が切り替わる。
今度は、私は空を見上げていた。
見上げた先には崖がある。
そして、己の肩から伸びたぶるぶると震える白くて長い腕が視界に入った瞬間、嗚呼、私は今あの眼鏡の男なのだと得心がいった。
どうやら私は登場人物にさせられてしまったらしい。夢とは得てして、このように突拍子もないものだ。
金髪の少女が、ふとこちらを見た。
瞳が揺れるのが見える。
ゆっくりと降りていく手。
唇が動いた。
ーーー“ごめんね”
彼女は私から視線を逸らし、私の隣で同じくぶら下がっているその男の腕を大切そうにしっかと掴んだ。
男が言う。
ーーー俺は大丈夫だから、そっちの奴を助けてやってくれよ
じゃないと今にも落ちちまいそうだ、と男が笑った。
少女は首を横に振る。
その瞳には、涙が浮かんでいた。
ーーーあたしには、父さんさえいればいい
私は崖から手を離した。
夢をみた。
悪い夢だ。
背中はじっとりと汗に塗れ、掌は微かに震えている。
「ーー夢、か……」
呟いた言葉は、静まり返った部屋の中にぼわぼわと響いてとけていった。
夢だ。
もう一度呟く。なのに、心は少しも晴れなかった。
その理由を知っている。
あれは、いつか必ず起こる未来の話だからだ。