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クレイジーセブン  作者: あめ
矛盾ばかりが人である
15/19

手は差し伸べない救世主




 日が暮れていく。

 地面には深く濃く、黒い影が長々と伸びて、空は昼の青と夕の赤に分かたれたその境目が、ぼんやりと黄昏の色をしていた。


 まばらに人が通り過ぎていく街外れの道の真ん中で、ロジャーは一人の男を前にしながら世界の終わりを思う。

 それは、決して大袈裟なことではなかった。恐らくこれから暫くすれば、ひとつの世界が終わる。例えばあの細く頼りない少女の世界だとかが、もうすぐ。

 そのとどめの一撃を食らわすであろう、まさしく破壊神にでもなろうというその男は、橙に染められた顔をくしゃりとゆがめて、大きく笑った。


「それじゃあ、アシェアのことよろしく頼むな」


 何故、そんな事をよりにもよって俺に言うのだ、とロジャーは思う。

 適任なら他にいくらでも居た。男の幼馴染みだっていいし、あの腕利きの医師だっていいし、現在は東部に引っ込んでいる好々爺だっていい。もう一人の心当たりは生憎子供の相手には不向きなので仕方ないにしても、自分に比べれば余程マシだろう。

 奴なら、かろうじて死なない程度には世話をしてやるはずだ。だが自分は恐らく何もしない。分かりきっているだろうに、目の前で笑う男は言うのだ。頼むな、と。


「……あいつは泣くぞ」

「だろうな。分かってる」

「冗談じゃなく、死ぬかもしれねェ。それくらいあいつにとってお前の存在はでけェんだ。あいつがどれだけお前にべったりか、お前だって知ってんだろう」

「何だよ。お前が引き止めるなんてらしくねえなあ」

「じゃあ俺なんかに任せんな。ヒューイかガーファンクルにでも頼め」

「別にいいだろ、お前どうせ独り身なんだからよ!」


 ばしばしと肩を叩かれて、苛ついたので思いっきり振り払ってやった。

 すれば、男はやはり可笑しげにげらげらと笑うのだ。黄昏の憂鬱など素知らぬ顔で、夜を朝に変えるような快活さで。

 それだけが、出会ったあの日から揺るがなく変わらない事実で、ロジャーは男の瞳が曇ったのをたった一度しか見たことがない。

 そして、そのたった一度が、今を決定付ける。


「お前、本当に行くのか」


 言ったって意味など無いんだろうと分かって、それでも訊いた。

 だから答えは知れている。イエスだ。男は昔から、他人に意見を尋ねはしても、他人の話は聞かないのだ。


「俺は行かなきゃならないんだよ」

「アシェアを捨てでもか?」

「捨てるワケじゃねえさ。だからお前に頼んでるんだろ?」

「あいつはお前がいないと生きていけない。弱いんだよ。お前だって似たようなもんじゃねェか」

「ロジャー……お前しつこいぞ」

「お前こそしつけェぞ。大体、んな事したって意味なんかねェのはお前が一番よく分かって、」



「ーーなあ」



 静かな、声だ。

 いつの間に、そんなに凪いだ物言いを身に付けたのだろうと、そう考えたら思わず言葉が途切れていた。

 それなりの年齢になって、昔よりは少しだけ落ち着いて、けれどやはり少年のような部分が抜けなかった、そんな男だったのに。

 時は男を変えなかった。何者も、変える事など出来なかった。

 ただ、唯一男の瞳が曇ったあの遠い日の事実だけが、男の本質を暴くに足る力を持っていたのだろうと、今になって思う。


「分かってんだよ、本当は。俺がやろうとしてる事に意味なんかないって。無駄な事をやろうとしてんだって。本当は、最初からずっと分かってる。分かってて、それでも進もうと決めた」


 自棄になっていてくれたなら、多少は楽だったかもしれない。何もかも嫌になって逃げようとしてくれている方が、余程。

 けれど、男は笑うのだ。

 これからどうなっていくのかを恐らく全て分かった上で、それでも、笑うのだ。


「俺にとっては意味があるんだ。誰にもどうこう言わせねえよ」


 無力とは、今の俺の事を言うのだと、ロジャーは思う。

 初めて出会ったあの日、間違いなく男は救世主だった。

 見上げた青空を、覗き込んできた笑顔を、差し伸べられた手を、今でも鮮明に覚えている。


 ーーでも、それならば、


 救世主は一体、誰に救われればいいというのだ。


「じゃあ、もう行くわ。後のことはもう全部お前らに任せた!」


 橙が照らす笑顔は、相変わらず昔のまま。

 ずいっと伸びてきて勝手に手のひらをさらったそれも、昔のままだ。

 固く交わされた握手。

 やがて離れた距離だけが、昔とは違う。



「元気でな、ロジャー。次会う時まで、お互いクレイジーで居ようや!」



 ひらりと手を振られて、だんだんと遠ざかっていくいつかの背中を見送りながら、色々なものに蓋をするようにゆっくりと瞼を閉ざす。あの背中は恐らくもう二度と振り返らない。


 じわりと橙がにじむ暗い視界の向こう側で、絶望とやらが蠢いていた。それに触れたのが男なのか、あの少女なのか、はたまた自分自身なのかは、ロジャーには分からない。分かりたくもなかった。

 きっと、さっき聞いた男の変わらぬ笑い声だけが、唯一の救いなのだ。

 たとえもう二度と、あの手が差し伸べられる事がないとしても。




 橙が朱に移り変わり、やがてすべてを漆黒に塗り潰す夜が来ても、ロジャーはずっとそこに立ち尽くしていた。

 そうして誰も救えない、この両腕の無力を笑うしかないまま、ずっと。








手は差し伸べない救世主

(たとえ此方が手を伸ばしても、きっとお前は拒むのだろう)

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