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クレイジーセブン  作者: あめ
矛盾ばかりが人である
12/19

変われないカメレオン

カーマインとアスター




 ソファーに深く身を沈めていると、カーマインはふと考える事がある。

 大体にしてそういう場合は思ったそばから消えていくので、わざわざそれが何だかんだと言うつもりもないのだけれど、気まぐれに口にしたくなる時だって時折あって、今日はたまたま、そういう気分だった。

 向かいのソファーに浅く腰掛けて新聞に視線を落とす男、アスター・レングスに対し、もはや愛称となりつつある「少尉」の呼び名で声を掛けると、丸くなった目がこちらを見た。


「え。……どうしたんですか?」

「何だよそのリアクション」

「あっ、いや、カーマイン君が話し掛けてくるなんて珍しかったので……」

「悪いか」

「いえ、そんな事は」

「ていうかさあ、あんたは軍人で、俺はテロリストなわけ。その二人が同じ空間にいて殺し合ってねえってだけでもおかしな話だっつーのに、今更俺が話しかけたくらいで驚くなよ」

「……はは、確かにそうですね」


 眉尻を下げて困ったように笑うのは、どうやらこの男の癖らしいと気付いたのは出会って間もなくのことだ。

 それに対して、皮肉げに唇の端をつり上げるのが自分の笑い方で、立場もそうなら笑い方まで違うのかと、カーマインは内心鼻を鳴らした。

 こうも違うと言うのならば、きっとこいつは自分と真逆でさぞかしお優しい人間であるのだろう。


 ーーー人殺しのくせに。


 テロリストなんてものに堕ちた瞬間から、間接的にであれカーマインも誰かの命を奪っているのだけれど、それでもこの男に比べれば、まだ随分とマシな気がした。

 "ベツィレオの悪魔"とも称された、政府軍の英雄。

 テロリスト連中で知らない奴なんて居やしない。政府に情報統制されているはずの一般市民にさえ、その活躍ぶりが聞き及ぶ程だ。


「……で、ちょっと気になった事があってさ。少尉に質問なんだけど」

「はい。なんでしょうか」

「あんた、なんで俺の事殺さねーの?」


 言うと、斜向かいにある顔がきょとんと呆けた。そんな事聞かれるなんて夢にも思っていませんでした、って顔だ。

 けれど、カーマインは自分の問いは最もだと思っている。この危うい関係性の上で、何故殺さないのかと疑問に感じない方がどうかしているのだ。


 先程の問いに補足を加えるとすれば、初対面の時に斬り殺されそうになった事なら、ある。

 さも人畜無害であるような顔をして、政府に敵対するものには微塵の容赦もしない男だ。

 そのくせ、あれ以来殺気を放つ事すらしなくなった。腰には依然として軍刀が携えられているにもかかわらず、だ。


「……少なくとも今は、私は軍人ではありませんから」

「ああ、そういや謹慎くらってんだっけ」

「正確には自宅療養ですが……」

「そんなに変わんねーだろ。つーか、なら帯刀すんなよ」

「これは……緊急時にも直ぐに動けるようにと、特別に許可を頂いたので」

「ふーん……。じゃあさ、謹慎が解けたら、俺の事殺すんだ?」

「プライベートで会う分には、それは有り得ません。職務外での殺人は罪になりますから」


 淡々と、業務連絡のようにそう答えるこいつは、やはりどこか頭がおかしい。

 殺人なんてものは一つの例外もなく罪でしかない。犯罪者である自分ですら分かっているような事を、と嘲笑まじりに思う。

 ただ、例え分かっていようとも、それさえ抑圧して殺すのが軍人のあり方なのだろう。

 政府を盲目的に肯定し続けること。ぬるま湯のようなこの場所にあって、それを見失わずにいられるーーそれだけは賞賛に値する。

 だから、尚のこと聞いた。


「それなら、俺を殺せって命令が出たら、どうすんの?」


「殺します」


 即答だった。

 いっそ清々しい。


 軍人は、命令に従ってこそ軍人たり得る。

 一度でも迷いを抱いてしまったが最後。その一歩手前まで行ってしまったアスターは、現在、自宅療養という名の事実上の謹慎処分を食らっている。


 もう二度と、こいつは迷わないだろう。

 軍人は他人だけでなく己を殺す事も必要とする。抑圧した矛盾すらまるごと、窒息させなければならない。


「……ですから」

「あ?」

「あまり、目立った行動はしないで下さい。政府に目を付けられないように。……君を殺せと、命令が出ないように」


 まさか、この男がそんな事を言うとは思ってもみなくて、思わず目を見開く。

 視線を床に落としたままのアスターはそれに気付かない。驚いた顔を見られるのは気に食わなかったので、まあ好都合だ。


「……へえ? あんたが俺を心配するとは思わなかったね」

「出来るなら、君を殺したくは無いんです」

「なんで」

「……悲しむでしょう。彼女が」


 "彼女"。


 ああ、こいつもか。カーマインは呆れたように思った。

 "彼女"という単語だけでそれが誰を指すのかを一発変換出来るくらいには、此処の連中はみんなそうだった。


 このぬるま湯を湯船に張り続けている張本人、アシェア・クラウス。


 カーマインと歳も近いあの少女は、どうにも変人に懐かれる体質らしい。

 若干同情はする。けれど、自業自得だとも、思う。


「俺の心配じゃねーのかよ。あんたつくづく薄情だな」

「あっ……いや、勿論カーマイン君のことも考えて……!」

「フォローはいい。別に求めてねーから」


 すみません、と本当に申し訳なさそうに言うその姿が、かの"ベツィレオの悪魔"なのだと言って信じる人間がどれほどいるだろうか。

 だが事実として、この男は本当にカーマインの事も少なからず気に掛けているのだろう。人殺しだろうと何だろうと、根本的にはお優しい人間なのだ。

 そういう人間は、つくづく損だなと思う。そして、そういう人間でない自分は、はたして幸福なのかどうか。


 情けないですね、と斜向かいの顔が呟いた。

 は?と怪訝な声色で聞き返すと、アスターは少し笑って、続けて言った。


「情けない、と思ったんです。……理由をこじつけて、逃げて、出来るだけ長くぬるま湯に浸かっていようとしている。こんな事では、軍人失格ですね」

「自覚あったの。そりゃ驚いた」

「……私も、驚いています」


 もう二度と迷わないだろうこの男は、その時まで、ほんの暫くの猶予が欲しいのだろう。

 一度湯船から上がってしまえば、あとは体が冷えるばかりだと知っているから。


 ああ、やはり損だなと、思う。

 自分はこんな風には生きられない。生きたくはない。


「別に、いいんじゃねーの。人間としては真っ当だろ」


 あんた、ただでさえ出来すぎてて気持ち悪いんだから。


 そう揶揄するつもりで言った。

 ……のに、何故だかこいつはくるりと目をまるく見開いて、また、あの笑い方をした。

 眉尻を下げて、少し困ったような表情で。


「……ありがとう。カーマイン君」


 そうしてあんまり馬鹿正直に、真っ直ぐに感謝の言葉を述べるので、カーマインは途端に居心地が悪くなる。

 やさしくしてやったのだと、もしもそんな風に捉えられているとしたなら大層心外だ。

 カーマインはもともとこのぬるま湯自体嫌っている。勝手に引っ張り込まれるのは勘弁だった。


「なあ、ちなみに訊くけど。今ここで俺が政府にハッキングし始めたらどうすんの?」

「それは流石に……あの、現行犯は見逃せないので……」

「……殺すのかよ」

「……すみません」


 呆れて、盛大な溜め息がひとつ。

 けれどいっそ愉快ですらあった。


 カーマインも、アスターも、それ以外も、所詮はいつだって何処にいたって、生きるか死ぬかの状況に晒され続けている。

 例えどんなにぬるま湯の中でぐずぐずに溶けてしまおうとも、それだけは変わらない。

 変えようという、つもりもない。






変われないカメレオン

(変わりたくも、ない)

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