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(8)


「良いと思いますけどね」


 エマが告白を終えた静寂な空気の中、ケイはそう返す。


「何が……」

「うまくはいかなかったかもしれないけど、エマさんは道を間違えなかった」


 ケイはエマがそこだけは見失うことなく選択してくれたことが純粋に嬉しいと感じていた、本当に知識を活かしたいと心から思っていれば間違った道に進むことに対する抵抗すら失ってしまう人間は必ずいるからだ。

 それでもエマはやりたいけど間違っているから駄目、という意志だけは持っていてくれた。

 ケイはそんな人がいるだけでも十分に嬉しさを感じていた。


「そんなのただの言い様ですよ……」


 それをケイが伝えるとエマはそう言ってそっぽを向いた。


「違います」


 そんなエマの言葉を遮るようにそう言ったケイは椅子から立ち上がったかと思うとエマの隣へと歩みよった。

 それに一瞬驚いたエマだったがそのままケイは告げた。


「貴方のような人こそが必要なんです、貴方は将来ここにいる子供たちの外側も内側も支えられるような人にきっとなれます」

「え……いや、私なんて……」

「そんなことありません」


 ケイの持つ資格、サイボーグ技師はあくまでも検査などによって異常を発見することが主となる職業である、人間で言う所の「手術」も一応出来るが義手や義体の「移植」は開発者の持っている神経系の知識が必要となる。

 つまりサイボーグにさせられた子供たちの体を元の姿に近い状態に戻すためにはサイボーグ技術者の存在が必要不可欠となるのだ。

 だがサイボーグ技術者自体の数が少ないことや手術に必要な予算の不足などからなかなか移植にまでこぎつけることは難しいと言うのが現状だった。


 そんなときに入って来たエマの存在はまさに子供たちにおける救世主といっても過言では二ほどの存在。

 施設内に手術設備はない物の場所と資金さえ用意できれば彼女の持っている知識によって少しでも人間に近い大きさや形状の義手に付け替える手術が行えるようになる。

それが可能なエマの存在はこの施設において期待されているのだ。


「エマさん」


 いつも以上に力のこもった口調でケイはそう言い、そしてそのままエマの手を握り締めた。


「ひゃぁ!」


 突然手を握られたエマはもちろん驚いたような声を上げたがテンションの上がっているケイは気が付いていないのかそのまま語り続ける。


「お願いします、子供たちの希望となってください」


 真摯な表情でケイはエマの両手を取って両目をしっかりと見つめてそう言った。


「は、はい! ふつつかものですがっ……こちらこそっ宜しく、お願いします!」


 慌てたままのエマもおかしな返事をしてしまう。


「ありがとうございます! これからも宜しくお願いします!」


 ケイはその後もエマの手を両手で握ってぎゅっと固く握り締める、握り締められているケイの手のひらの感触がエマの細い指先に確かな形として残していく。


「(ケイさんの手……大きい……それに固い……)」


 この施設に入って早三年、毎日金属製の体を持った子供たちと接してきたケイの掌の皮は固く変化しており特徴的な固い質感を持っていた、ついでにケイの掌が元々大きい事もあってその感触がさらに際立っている。

エマの透き通るような細い指とはまさに対照的であった。


「…………」


 微妙な沈黙の中、エマは無意識にその掌をぐにぐにと握り締めていた。


「あっ」


 そこでケイはようやく自分がエマの手を握ってしまっていた事に気が付く。


「す、すみません! ちょ、ちょっと興奮してしまって……」


 そう言ってケイは手を引こうとするがエマが力を緩めないまま引いてしまったのでエマの手間でも引っ張ってしまいまるでケイがエマを引き寄せたような感じになってしまった。


「ぅ……」

「っ……」

 

 エマを胸元に抱き寄せるような形になってしまうような形となり失態を重ねてしまったケイは言葉にならない動揺を口から漏らし、引き寄せられたエマは固まったまま動けなくなる。

 時間にして一瞬であったにも関わらず目と鼻の先にある相手の顔を見つめあうその時間は二人にとってとてつもなく長い時間のように思えた。


「……なんか……すみません」


 おそるおそる手を離したケイはそのままそろそろとエマから距離を取った、さっきまではなんでもなかったはずなのに妙に室温が高くなったように思える。


「そ、そんなこと……」


 何か声を返そうとしたエマだったが上手い言葉が見つからず尻すぼみな返答をするのがやったであった。

 そのまま微妙な空気を味わっていた二人であったがケイの言葉で二人とも食堂から出てそれぞれの部屋へと帰ることとした。

 二人ですでに消灯によって少しの灯りだけが残っている廊下を歩いていく、その間も微妙な空気は拭い去られることはなく終始無言のままであった。


「えっとその、じゃあお休み」


 自分の部屋の前へと付いたケイは部屋へと入る前にエマにそう言う。

 不快ではないのだが落ち着かない雰囲気の中、自室のドアを開け中に入ろうとしたその時。


「あっ、あの!」


 エマから声を掛けられた。


「さっきはありがとうございました、そんな風に言ってくれて、すごく楽になりました」

「……そっか、良かった」


 改めてそう言われると気恥ずかしい、軽くそう返事をしてケイは部屋へと入っていった。


「……おやすみなさい」


 背後でエマがそう呟いたのだがそれはケイには聞こえていなかった。

 部屋に入ったケイは着ていた制服をぽいぽいと脱ぐと部屋の中にほっぽり出し、部屋着に着替えるとそのままベッドへと潜り込んだ。

 ベッドにもぐりこんでいると先ほどの自分の行為を思い出してしまい悶え死にそうな感覚が湧き上がって来る。


「(なんだったんだぁ……あの時の俺ぇ……)」


 いきなり力説を始めて挙句の果てに手まで握るという行動まで起こしてしまった自分に対して訳が分からない。

 さっさと寝て明日になれば少しは記憶が薄れている。

 ケイはそう判断しさっさと自分のよくわからない行為を過去のものとするべく全力で眠りにつくのであった。



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