(6)
「あ……こんばんは、ケイさん」
そこにいたのはケイの予想通りエマであった。
いつもの制服の上にエプロンを付けており仕事終わりそのままの格好であるという事が見て取れる。
「えっと、どうかしましたか?」
入って来たケイに向かってエマは何事もなかったかの様に振る舞っている。
だが室内を照らしている弱い光の中でも分かるぐらいに目元が赤くなっているのがケイには見えた。
「いや、灯りが漏れてるのが見えたんだ」
「そうだったんですか、どうしてケイさんはここに?」
「エステルがなかなか寝付いてくれなくてね……」
「あ、エステル君が……そうでしたか……」
するとエマはどこか居づらそうな感じで目線を動かし始めた、明らかに動揺しているようであった。
ケイはエマのその雰囲気を見てどうしたものか迷った物の声を掛ける事に決めた。
「エマさん、何かあったの?」
「…………」
エマは何も言わなかったが目線の流れる先を見るとその手がぎゅっと握られているのも見えた、さらによく見るとその指に包帯が巻かれている。
「その指……」
「……すみま……せん」
指摘すると再びエマの目からは涙があふれ始める。
「と、とにかく何があったの?」
声を掛けることにしたケイだったがこういう時にどのようにすればいいのかは全く知らない、ケイは今までの人生で女性との関りはほとんどしてこないという仕事一筋の人間としてやってきたのだ。
とにかくエマを落ち着かせることにする。
「えっと……待ってるから、ゆっくりでいいよ」
「うっ……く……は、い」
それからエマはおそらく先ほど廊下で聞こえたのと同じように声を漏らすようにして小さく泣き続けた。
その顔をあまりじっくりと見てはいけないような気がしたのでケイは落ち着くまで目線を逸しておいた、そして数分ほど経つとエマも落ち着きを見せ始め少しずつ話を始める。
「実は……シェリルの体を拭こうとした時に……」
エマの語る言葉をケイは時折頷きながら傾聴する。
午前中はケイがシェリルの付き添いを行っていたのだが午後はエマが担当をしていたらしい、そして着換えをさせるためにエマはシェリルの服を脱がそうとしていたとのことであった。
シェリルは何度も言うように左右の体の重さが違う為、日常的な動きをするためにもかなりの苦労が必要で一人ではできないことも多いので何かしらの補助が必要となる生活を送っている。
左半分の人間の体の部分は普通に汗をかいたりするという事もあるので時折汗を拭いてあげたりすることがありエマはそれをやろうと思った。
だが何かの拍子でシェリルの機嫌を損ねてしまったらしく右手で払われてしまったらしい。
シェリルの右手は機械製の腕となっている、それで払われてしまったため指先の尖った部分で引っかかれ、切ってしまったらしい。
幸いにもほんの小さな動きだったため大きな怪我ではなくほんの少しの出血で済んだのは幸いであったと言えるだろう。
そんな事を説明した後にエマはうなだれるように頭を下げながら言葉を零しはじめた。
「ぜんぜんうまく出来なくて……やっぱり私って知識しかない人間なんですね……」
先ほどの様に涙を流してはいないもののそこには自己嫌悪のようなものが含まれており状態としてはむしろ悪化していた。
そんなエマに何と返すべきなのか悩むケイだったが、とりあえず肯定はすることにした。
「でもさ、エマさんの持ってる知識は凄いと思うよ、食事の栄養液の種類とかあんなにあるなんて俺知らなかったよ」
「でも私、実技的な所は全然出来なくて……」
だがエマの嘆きはなかなか変わりそうもない、こういう時にどうすればいいのか。
「俺ってさ、最初は楽そうな仕事だと思ってここに来たんだよね」
「……え?」
よくわからないので自分の話でもすることにした。
がっくりとうなだれていたエマだったがその言葉を聞いてぽかんとしたような顔つきでケイのを方を見始める。
「俺さ、別にやりたいことも何もなくてでも早く自立はしたかった、そんで手に職でも付けばいいかな~なんて思ってこのサイボーグ技師の道を選んだ」
ケイが話始めたのは自分の過去、大学を飛び級で卒業しわずか二十歳で改造人間技術者の資格を持ったエマには遠く及ばない自分の選んだ道の話。
「で、まぁ勉強はそこそこうまくいってたんだけど結局やる気はなかった、でも現場の様子を見る……実習的なやつ? それで俺が行ったのはここと同じ系列、当時はまだそこまで世間でも知られていなかった違法なサイボーグ手術の被害者の子供たちの施設だったんだ」
当時の事を語るケイの顔は懐かしさと同時に何かを見つめているかのようにはっきりとした表情をしていた。
「今まで俺はずっと自分は不幸な人生を歩んでる人間だと思ってた、俺、両親がいないからね」
「それって……」
「そ、俺両親に捨てられたんだ」
ケイはその事実をあっさりと暴露する、それを聞いたエマが驚いたのは言うまでもない。
「俺は両親に捨てられて施設に拾われた、そう考えるとここにいる子供達よりも俺は遥かに幸運な人生を歩んでる、俺の両親は俺を売り払う真似もしなかったし捨てられたまま行き倒れる事もなく真っ当な施設に拾われたからね」
エマは何も言わずにケイの方を見ていた、その内側では一体何を考えているのだろうか。
「でそんな子供たちを見て俺はやりたいことがやっと見つかった、この道を自分から進んでいきたいと心から思えるようになりましたとさ……」
そんなところかな、とケイはそこで話を終えた。