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そしてケイはようやくアマンダの部屋までたどり着き中へと入る。
「アマンダ~入らせて貰うよ~」
軽くそんな断りを入れつつケイが部屋に入ると真っ先にケイの元へと一人の人物が向かってくる。
「ケイさ~ん……」
やって来た人物はケイよりもはるかに小さい……が子供たちと比べれば十分に大きいといえぐらいの年齢の女の子だった。
彼女が三か月前に新しく入って来た女性職員、エマである。
年齢はケイの二つ年下であり女の子、と呼ぶには少々過ぎた年齢なのだがその顔立ちも背丈も十代の半ばぐらいにしか思えない。
だがその実態は、飛び級で名門大学に入学し首席で卒業し、一発で改造人間技術者の資格を取ったというスーパーエリート人間だという、こんな見た目なのに本性はケイの遥か上を行っているというのだから人は見た目によらない。
エマに会うたびにそんな事を考えてしまうケイであったが今はそれよりも重要なことがある、一旦頭を切り替えて室内の方を見る。
室内にはベッドや本棚、机などの一人分の生活用品がそろっているがそれらは全て端の方へと寄せられていた。
恐らく壊さない様に自分からどかしたのだろう。
そしてそれによって開けた部分が室内の中心に出来ており、そこで体育座りのような体勢で蹲っているのが今回の騒ぎの中心にいる子『アマンダ』である。
「やぁアマンダ」
防護服を着たケイは距離は取ったまま話しかける、もちろんその際にはしゃがみこんでアマンダと目線を合わせて話しかける。
「……ケイお兄ちゃん」
防護服を着ているケイの姿を見てもアマンダは特に警戒した様子もなく先ほどの通信でも聞こえてきた不機嫌な様子を崩さないまま顔を向けてくる。
アマンダの姿は人間と変わらない。
シェリルのような人間離れした見た目は全くなく、赤みの強い茶髪を短く切りそろえたショートカットの髪と白いワンピースから除く健康的な肌色を見てもとてもサイボーグの様には見えない。
というよりもアマンダは体その物には一切の機械部分がないというのが事実であった。
「どうして急に駄々っ子になっちゃった……」
「ぅるしゃいっ!」
ドゴンッ!
だがそれでもアマンダはこの施設で保護されなければならないほどの改造を持ったサイボーグなのだ。
アマンダが叫ぶと同時に再び室内には巨大な物体がぶつかったかのような音が鳴り響いた。
その音の源はアマンダが振り回している『腕』それが壁へと激突する事でこの衝突音が発生しているのである。
だが小学校低学年の女児が腕を振り回して壁にぶつけた程度でそんな車がぶつかったかのような衝撃音が鳴り響くわけもない。
事実アマンダは両手で足を抱えているので先ほどから右手も左手も全く動かしていない。
それにも関わらず何故こんな状態になるのか、それこそがアマンダがこの施設にいる理由である。
「うぎゃぁっ!」
ドゴッ!
アマンダが癇癪を起こしながら背部の『腕』を振り抜いた。
その黒光りする物体はその大きさに似つかわしくないほどの速度で振るわれ、壁へと激突し硬質な物同士がぶつかる鈍い音が響く。
アマンダは生まれ持った二本の腕に加えて後背部とお尻の間の付近からもう一つの腕、『第三の腕』を増設するという改造を受けている。
腕と言ってもそれは人間のようなものではない。
アマンダの体よりも巨大かつ長大な腕は黒光りする見た目も相まってまるで巨大な大蛇のような印象を持っている。
『第三の腕』の内部には多量の人工筋肉が含まれており、表面を蛇腹状の金属板でコーティングすることによって生身の体では考えられないほどの威力を秘めている。
ケイが防護服を装着してきたのはこの威力による万が一の事故を懸念したためである、他にもこのような危険な場合に備えて防護服が施設内の至る所で装着できるようになっているのだ。
「何があったの? お兄ちゃんに聞かせて?」
防護服を着ているとはいえ本気で振るわれた腕に跳ね飛ばされれば大けがをしかねない、だがケイは恐れることなくアマンダの元へと近づきながら優し気な声で尋ねる。
「だって、だって……エマお姉ちゃんが……」
腕を振り回していたアマンダもケイが近づいてくる様子を見て振り回すのを止め、ぼそぼそと不満を漏らし始める。
「うんうん、それで?」
「でね……そしたらね……」
先ほどまでの暴れっぷりから一転、大人しくなったアマンダは傍に来たケイの耳元で言葉は少ないものの不満を伝え始める。
「そっか……」
ここの施設の子供たちは真っ当な家族や友人という物をほとんど知らずに今まで生きてきた子がほとんどである、ゆえに自分の気持ちをうまく伝えられない子供も多い。
だからケイはそんな子供たちにしっかりと寄り添う事を大切にしている。
それはただ優しくしたり、甘やかしたりすることではない、怒る時もただ頭ごなしに言うのではなく諭すように子供たちが自分で心から理解できるようにすることが大切である。
その為にケイはまずアマンダの言いたいことをしっかりと聞いてあげるのだ。
「……わかった?」
「……うん」
「じゃあ何をすればいいのかな?」
その後話を一通り聞いたケイは諭すようにしてアマンダに伝える。
するとアマンダはじっと見守っていただけのエマの方へと向かって行き――。
「……ごめんなさい」
あっさりと態度を変えたアマンダは頭を下げてエマに謝った。
その表情も態度もすっかり自分が悪いという事をしみじみと自覚しているようである。
「良く出来た」
そしてケイは謝ることが出来たアマンダの頭を少しだけ撫でた。
「…………」
そっぽを向くように目線を逸らしたアマンダであったがその表情は少しだけ嬉しそうな表情をしているというのは確かであった。
「アマンダ、それじゃあみんなのところに行こうね」
「うん!」
すっかり機嫌が直ったアマンダはケイの腕を取って並んで歩き始める。
「さて、それじゃエマさんも一緒に行こうか」
「あ、はい……」
結局最後まで見ているだけだったエマはケイとアマンダが手を繋いで歩いていく様子を見ながら後を付いて部屋を出て行くのであった。




