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「さぁ、行くよ~? 出来るかな~?」
そんな事があった今でもエマは変わらずに、むしろより一層積極的に子供たちと接する様になった。
まるで一人の子供が亡くなったその分だけ他の子供たちに愛情を振りまいているかのようだ。
その芯の強さにはケイは到底かなわないとしみじみ思う。
「いやいや、本当に熱心だね、エマ君は」
「……本当ですよ」
エマの様子を室内で見守っているのはもちろんケイとカルロである、アラクネが初めて歩く瞬間を是非ともその目で見るために二人とも職務の合間にここを訪れたのだ。
ケイも今となっては若者とは言えないような歳となり、カルロに至ってはそろそろ引退を考え始めるような歳である。
とは言っても本人はまだまだ辞めるつもりはないらしくそんな事を言えば年寄り扱いするなと怒られそうであるが。
時の流れの中で世の中という物は大きく変わった。
アラクネの一軒は予想以上に世間で反響を及ぼし、世界初の事例を乗り越えたという事で学会からの注目も大きなものだった。
今までサイボーグには機械的な部分と人間の部分は別物であるといった考えが世の中には浸透していたのだがこれをきっかけとして機械部分も立派な体の一部という考えが認知されるようになっていた。
それによって被害者の子供たちのみならず世界中の全てのサイボーグに対して「体に機械を後から取り付けた人間」ではない「機械部分があるだけ人間」というような見方がされるようになった。
「改造人間」、という名称さえも使われなくなるのは時間の問題という話も出始めている。
これからはさらに偏見や奇異の視線の数も少なくなっていく未来は着実に訪れる事となるだろう。
「ん、あ」
「おおっ!」
「ケイ君、見てごらん」
そんな事を考えているケイの耳に声が届く、その方向を見るとまさに今アラクネが歩いている所であった。
「そう! そうだよ! アラクネ!」
「っ、あぅ……」
エマに手を支えられた状態で歩行、その歩き方は中腰で腰が引けたような体勢となっており生まれて初めて歩いた赤ちゃんよりも拙いようなものであった。
それでもアラクネは生まれて初めて二本足で歩いたのだ、その事実はなによりにも変えられない。
「ぅあっ……」
「あっ」
そんな光景を見ていた時、アラクネが突然バランスを崩した。
うまく足が挙げられなかったのかつま先を床に擦る様にしてひっかけてしまい、そのまま前方へと倒れこむ。
前方へと倒れこんだアラクネはそのままエマの両膝の辺りにぶつかる。
「あっ」
後ろ向きで進んでいたエマは足を後ろへと引こうとしたタイミングとアラクネがぶつかったタイミングがちょうど重なり合い足を取られるような形で尻もちをついてしまう。
「きゃっ!」
「うっ」
どしんという鈍い音が室内に響く。
「いたた……」
最終的に尻もちをついてしまったエマの足の間にアラクネがいるような体勢となって落ち着くこととなった。
「ごめんね、転んじゃった」
軽く笑いながらエマが言う。
「だ」
そんな状況に対してアラクネはよくわかっていないかのような声を上げつつ首をかしげるだけであった。
「よいしょっと……重たいなぁ……アラクネは」
そんなアラクネを抱き上げる者が現れる。
「アラクネ、よくやったぞ」
「あうっ」
それは見守っていたケイ、エマの足元でうつ伏せのような状態で倒れていたにいたアラクネのわきに手を差し入れて持ち上げ、そのまま抱きかかえる。
「良かったな……本当に……」
ケイはアラクネをしっかりと抱きかかえながら呟くように言った。
それは始めて自分の足で歩いたアラクネとここまで見守って来たエマ、両者に向けられたもの。
「はい、本当に……良かったです」
ケイの言葉を受けながら立ち上がったエマはケイの腕の中で抱かれているアラクネの頭を優しく撫でる。
「んにゅ……」
エマに頭を撫でれられたアラクネはそんな漏れるような声を出し、その後ケイの胸元に潜り込むような動きを見せた。
アラクネの義体には感覚は備わっていないので撫でられているという感覚は伝わらないはずである、それでもこうするとアラクネはどことなく落ち着くような仕草をすることがあった。
アラクネにとってはエマとケイの腕の中は安心できる場所として認知されているのだろうか。
「……ふふっ」
ケイの胸元に潜り込むアラクネを撫でながらエマが小さく笑う。
「何?」
「なんでもないですよ」
エマのどことなく意味ありげな言葉を聞き返したケイだったが何でもないかのように誤魔化されてしまう。
そのまま何をするまでもなく二人でアラクネをじっと見つめているとアラクネがぽつりと言う。
「ぱ、ぱ」
くぐもったかのような機械音声の中でもその一言はまるで閃光のように二人の耳元へと飛び込んだ。
「「え」」
不意に飛び込んできたにも関わらず二人はほぼ同時に同じような素っ頓狂な声を上げる。
「ぱぱ」
ぽかんとしたのもつかの間、ケイの腕の中のアラクネはもう一度口にする。
今度は顔を上げ、しっかりとケイの方を見つめながらの言葉であり、それがケイに向けて放たれたものであると暗に示している。
「あーいや、どうだろうな……」
何とも答えに困ってしまったケイはそんな事を言ってしまう。
少なくとも明確に否定するようなことは言えていない。
「じゃなくてえっと……エマさん?」
結局答えに困ったケイは半ば無理矢理にエマへと話を振る。
「……ぁぅ」
だが話を振られたエマは顔を赤くしたままうつむくだけ。
「まま?」
それを見たアラクネはさらに追い打ちをかけてくる。
「あ……えっと……」
「…………」
無邪気な言葉を前にしてただ俯くケイとエマ、そんな二人の姿はなんとも初々しいものである。
「ふふふ、昔を思い出すねぇ……」
そんな光景を遠目から見ながらカルロがほほえましい目で見つめる。
ケイとエマはもう長い間良い関係を築き続けておりそれはもはや施設の子供たちに寄っての母親と父親のようなものとなっている。
だが二人は未だに恋人という関係には達していない。
お互いに仕事熱心なせいなのか子供たちの事を第一に考えているせいで全くお互いの事だけを意識している時間という物が取れていないのだ。
それでも二人は本物の父親と母親の様に子供たちと接し、夫婦のように寄り添って生活をしているのは確かである。
「(でもこれで少しは進展してくれるかな……?)」
アラクネの言葉によって少しづつ外堀が埋められていくように二人の関係は徐々に進展していくような状態となりつつある。
「(次は、君たちの番だ)」
未来ある二人の姿を見ながらカルロはどこか満ち足りたかのような気持ちに包まれる。
世界が変わっても、人間が変わっても信念が変わることはない。
『サイボーグの生』を見つめる二人の意思はこれからも末永く伝えられていくこととなるだろう。




