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「よいしょっと……」


 数日後、施設の一室でケイとエマは着々と準備を進めていた。

 二人がいるのは施設の一番端にある倉庫として使われている一室。

 大きさとしては子供たちが生活している個室と間取りも含めてほとんど変わらない。


 だが窓には全て黒幕を掛られており、本来入るであろうて光は一切室内に入らないようになっている。

 もしこの状態で部屋の電気を付ければ室内は完全な闇に包まれるだろう。


「これでいいかな?」

「そうですね……」


 一通りの作業が終わったケイとエマは一息を付いてそう言う。


「じゃあ見てみましょうか」


 そう言ってエマは入り口付近へと行くとスイッチを操作して部屋の電気を消す、すると室内はほぼ完全な暗闇と化した。


「うん、これなら大丈夫そうですね」


 真っ暗な室内を見たエマは満足げな声を上げた。


「おお、いい感じじゃないか」

「あ、カルロさん」


 とそこへカルロが入って来る。

 この数週間の間、あちこちで散々小言を言われてきたカルロであったがその雰囲気はいつも通りの穏やかなままであった。

 そんなカルロの様子を見ているとやはりこのような施設を経営するような人らしい精神力を持っているのだと感じさせられる。


「これで大丈夫でしょうか?」


 室内の様子を見せつつエマがカルロに尋ねる。


「私なりに考えたのだが、こういうのはどうかな?」


 するとエマの質問に答えながらそう言ったカルロは手に持っていた手提げから何かを取り出し始めた。


「私が思うに”そこ”はただ真っ暗っていう訳じゃないと思うぞ?」


 カルロが取り出したのは赤いフィルムだった、といってもそのフィルムは真っ赤ではなくむしろ赤黒い色、悪く言えば血のような色合いを持った物である。


「これを灯りの部分にかざすと……」


 取り出した赤黒いフィルムをカルロは光が透かせるようにかざす、するとそのフィルムを通した光は同じように染まり地面に赤黒い影を落とした。


「確かに! こっちの方がずっといいかもしれません!」


 それを見たエマは子供の様に喜んでいる、というかその姿も合わさってますます子供の様に見えてしまいそうになる。


「順調にいきそうだね」


 はしゃぐエマの様子を見守りつつケイが言う。


「はいっ! じゃあお願いします!」


 そう言ってエマはケイに赤いフィルムを手渡した。


「え?」


 いきなり話を振られたケイは呆けたような声を出しつつ、流されるようにそのフィルムの入った手提げを受け取ってしまう。


「天井の蛍光灯に張り付けて下さい、全部です」


 困惑するケイを他所にエマはさも当然の様にそう告げた。

 天井にある蛍光灯の数は六本、高さはそれなりにあるので脚立使って一枚一枚張り付けていかなければならないだろう。

 要するに結構な手間がかかる作業をケイは押し付けられてしまったという事だ。


「ああ~……うん、了解」


 だがせっかく乗ってきているエマの為を思ったケイは引きつりそうな顔を何とかこらえつつそれを引き受けた。


「ありがとうございます!」


 エマの様子は本当に張り切っているようであり、その張り切りから来るのか毎回毎回眩しいぐらいの笑顔やはつらつとした声で返事を返してくるので気分は全く悪くならない。


「って、うわっ! もうこんな時間! では私はアラクネの様子を見てきます!」


 ケイにフィルムの件を頼んだエマは慌ただしく部屋を飛びだしていってしまい、後にはエマのテンションから置き去りにされたようなケイとカルロだけが残されていた。


「いやはや、エマくんも変わったねぇ……」

「いや、ほんとに……」



 そんなエマの様子を見て男二人はやれやれといった感じの感想を呟いた。

「以前のエマくんならばあそこまで楽しそうにしている姿なんて全くなかったというのに」


「まぁ、それだけアラクネの事を思ってるんでしょう、尊敬しますよ」


 楽しそうと言ってもエマのそれは好奇心からくるものではない。

 心からアラクネの事を思っているからこそあそこまで親身に接することができているのだ。


「エマくんがこの方法を考えた時も驚いたね、私では全く思いつかなかった」

「『胎内の記憶』を思い出させる……思いもしませんでした」



「胎内の記憶があるじゃないですか!」


 あの時エマが考案したのは『母親の胎内にいた頃の記憶を呼び覚ます』という物であった。

 子供によっては母親の胎内にいた頃の記憶があるという話が時折見られる。


 当然人間として生まれてきた以上、母親から生まれるという過程を経てくるのは自然の摂理であり、アラクネも例外ではない。

 生まれてからの人間としての記憶がないのならば生まれる前の記憶を思い出せばよい、というのがエマの考えた方法であった。


 ただし胎内記憶というものは科学的に証明されている物ではない。

 記憶には個人差があり全く覚えていない場合も珍しくはなく、むしろその割合の方が多いともされている。


 さらに生まれてから時間が経つにつれて自然とその記憶は失われると言う、アラクネが何歳か分からないがヘレンやエステルの様に四~六歳ぐらいであるとすればすでに忘れてしまっている可能性も十分に考えられる。


 だが打つ手がない現状では藁にもすがる思いでその方法を取るしかなかった。

成功する確信はどこにもない、もしこれで何かしらの変化が見られなかったらそれこそお手上げになってしまう。


「(……それにしてもエマさんはなんであんなに喜々としているんだ?)」


 ケイはそんな不安の感情の方が大きく感じているのだが準備をしているエマの様子は

明らかに明るすぎるように思っていた。

 確かに親身になっているというのはあるのかもしれないが準備をしている時のエマの様子はまるでこれで解決すると言わんばかりである。


 その確信がどこから来ているのかケイには分からない。


 だがそれこそが自分の信念という物を見つけることが出来た人間が本気で取り組んでいる姿という物。


 周囲の期待も常識も関係なく自分が正しいと思えることを全力で行う、ケイすらも久しく忘れていた理性とはかけ離れた、己を信じると言う行為その物であった。



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