(21)
そしてその日の夜。
「……どうします?」
「……まさかこれほどとはな……」
「すみません……」
「いや、私もここまでの予想は出来ていなかった」
三人は顔を合わせては困惑が入り交じるため息を繰り返していた。
問題の中心にいるのはもちろん今日入って来たアニスである。
アニスを取りあえず部屋に一人にしておき、ある程度落ち着かせたところでエマがアニスと目をしっかりと合わせて、柔らかな声で呼びかけたのだが……。
「全くの無反応でした……」
保護した回収班の話では検査の結果、視覚や聴覚は問題なく作用しているので声や周りにいる物の把握などは行えているとの話であったのだがアニスは何をしても全く返事を返そうとはしないのだ。
それこそどんなに話かけてもどんな話題をしても足先一つ動かさず微動だにしないだけだった。
さらに問題はそれだけではない。
「食事もしてくれませんでした……」
エマが昼頃に反応を返さないことを確認した後、今度は夕方になってケイが食事を運びつつ何度か話しかけたのだが反応は全くせず食事も一切受け付けなかった。
臓器は全て撤去されていた上に人工臓器もなかったためアニスは体内の機器の機能を維持するためのナノマシン入りの液体を注入するのが実質的な食事となっている。
とても食事とは言えないが生きるためには仕方がない。
ケイが顔のわきの首元と言えるような部分にある液体の挿入口から注入のためにチューブを挿入しようとしたのだが挿入口の蓋部分が外部からは開けられない仕組みとなっており食事を与える事が出来なかった。
その際、アニスに「口を開けてくれる?」や「ご飯だよ」などと呼びかけてみたものの施設に来たばかりの時と同じで全く反応を見せることはなく結局食事は与えられずにそのまま戻る事となってしまった。
「どうしたものだろうか……」
答えのない現実を前にしてカルロが再びそれを口にした。
前例がない改造の為どの様にすればいいかという案が全くない。
それどころか今まで当たり前とされてきたやり方が全て通用しない状態となっている。
「とにかく食事をしてくれないと……」
停滞している会議の中でエマはそう言う、もちろんそれにはカルロもケイも同じ意見である。
「絶食可能期間はどのぐらいなんですか?」
「体の大きさから考えて一週間といった所だろう、ただ今の様に全く活動していないままならば十日持つ可能性もある、もちろん推奨はしないぞ」
いくら持つからといって子供を十日も絶食させるなどと言った事をしてしまってはこの施設の元々の存在意義が無くなってしまう。
「今、アニスは?」
「眠っている……とは思います」
ケイは先ほどの見回りの時間にアニスの部屋をのぞいてきた、そこにはアニスがベッドの上で全く姿勢を変えていない状態であるのが見えた。
時刻は既に夜九時近くであり眠っているのが普通である。
だが姿勢を変えていない事から見ると「立ったまま眠っている」という事も十分に考えられてしまう。
「……立ったまま眠るなんてあり得るんでしょうか」
「恐らくそれが『あたりまえ』だったのだろう……」
ケイが顔をしかめながら呟いた言葉にカルロは静かにそう返した。
その言葉を聞いて全員がいたたまれない気持ちになったのは言うまでもない。
アニスが一体どのような環境で生きてきたのか、それをまだまだ理解できていないという現実を改めて突き付けられたようであった。
「とにかく明日の朝、またやってみましょうもっと雰囲気を大事にして」
「ああ……そうだな、今日はまだ初日だ時間はある」
最終的な結論は時間によって事態が好転する可能性を求めるしかないというものだった。
「じゃあ明日は私がやります」
「大丈夫かね?」
「大丈夫ですよ、私ご飯のお供は得意なんです」
そう言ったエマは如何にも自信満々とでもいった感じで胸を張る。
「さて、それじゃ今日はこのぐらいにしておきましょうか」
明日になればもっと良くなっている、最初は難しい時もあるが段々と良くなってくる、今までの子達もみんなそうだったのだから。
そんな淡い希望を胸にアニスが施設に来て最初の日は終了となった。
だが、三人はまだアニスの精神が想像をはるかに超えた状況にまで達するほどの状態にあるとは考えもしていなかった。
そして次の日の朝、今度はエマがアニスの部屋へと食事を手に向かっていた。
「(食事って言ってもこれなんだけどね……)」
エマは手に持っている点滴用のチューブと液体が入った袋をちらりと見てそう思う、何度見てもこのセットを食事とみるのは無理である。
「(いつか、口から食べる事を知って欲しいものだけど……)」
施設では寄付金を募っておりそれを元手として人間としての機能を回復させるような改造を行うという事もしている。
この施設ではまだ前例はない物の、他の施設では臓器がない子供に人工臓器を増設する手術に成功し口から食べられるようになった子供もいると聞く。
人間らしさという点から見ても口から物を食べるという事は重要な事である。
食事は単に栄養が補給できればいいという訳ではない、生活の一部としての楽しみや喜びの一つとして存在するべきものであり生きているという「実感」も得ることが出来る。
このようなチューブを使って液体を注入するだけというのはそのような実感が得られず、「生かされている」というような状態と変わらない。
単に生きているだけの機械、人間と機械のハーフである「サイボーグ」ではなく外部からの刺激によって決まった反応を見せる「ロボット」となってしまう。
ロボットとサイボーグは全く違う、サイボーグは人間なのだ。
その事が世間へと発信する事も現状を変えるためには大切なのだがまだまだ認知は浅く寄付金もそうそう集まるものではない。
ここでも精々一人分の新しい義体の製作が出来る程度にとどまっている。
「さて……」
そんな事を考えながらアニスの部屋に着いたエマはノックをして部屋に入る。
「おはよう、アニスちゃん」
とにかく今はこんなものであっても食べてくれなければ始まらない、出来る限りにっこりと笑いだからと言ってあまりに不自然ではない程度の雰囲気を意識してアニスに声を掛ける。
アニスは昨日部屋に置かれた時から全く動くことなく変わらない姿でそこに佇んでいるままであった。
その様子を見て顔をしかめそうになったエマであったが慌ててその顔を笑顔に戻す、雰囲気を作ることが大切なのだ。
「初めまして、私エマって言うの、宜しくね」
アニスの佇んでいるベッドの隣にまで行ったエマはその顔、と言われている三つの赤く光る複眼と目を合わせながら一言、二言と言葉を掛けていくが反応はない。
「まだちょっと緊張しちゃってるよね、ゆっくりで全然心配ないからね?」
「ご飯を持って来たんだけど……お腹すいたかな?」
アニスがいつからこの姿になっているのかは分からないが少なくとも一度も栄養液を入れたことがないという事はあり得ない、だったらこの挿入口が存在している意味が分からなくなってしまう。
アニスがどれほどひどい扱いを受けていたとしても最低限の食事はしているはずである、だがアニスは口を開く気配すら見せなかった。
「(駄目か……)」
エマは心の奥底でそう思いつつ、今度はコミュニケーションを試みる。
「アニスちゃんは何が好き?」
「私はね……」
話題を慎重に選びつつエマは声を掛けていく、アニスが心を閉ざしている原因を掘り返すような事を聞くような真似はしないように細心の注意を払いながら。
のちのちには聞かなければならない事だが引き取られたばかりの子にそんな事を聞くのは余りにも酷だ。
その後、十数分間何かしらの事をやってみたが結局何かが変わることはなかった。
「アニスちゃんまたくるね」
エマが手を振りながら部屋を後にしていく間もアニスは微動だにしなかった。
そしてその日の夜、次の日の昼、そのまた次の朝と夕方、などと適度に時間を変えつつ接してみた物のアニスの反応は変わらない。
何をしても話さないし動かないし口も開かない、何かによってそれらが全て押さえつけられているかのように強固な態度をアニスは持ち続けているのであった。




