(19)
それからまたしばらくして。
「ふう……やっと終わった……」
すでに日も落ちた夜、ケイは自室で行っていた作業を終え一息を付いた。
施設での作業は書類をまとめる作業もある為デスクワークも少なからず存在する、その清算も行わなければならないケイはかなりのハードワークの日々を過ごしているのだ。
すでに子供たちも寝静まっており、施設の中には静寂な空気が流れている。
「書類を置いてくるか……」
ケイは座っていた椅子から立ち上がり自室を出るとすでに暗くなった施設内を一人歩き職員室へと向かい始めた。
経費削減のために施設内は午後八時を過ぎると全体の照明はわずかな灯りを残して自動的に消灯される。
一応名目上は子供たちの就寝時間を徹底するため、とはなっているがその裏にある経営上の努力があることはケイには十分理解できた。
少し歩いて職員室へと到着した扉を開ける。
すると時間も遅くてっきり誰もいないと思っていた室内には二人の人物が向かい合って座っているのが見えた。。
「あれ? 二人とも何をしてるんですか、こんな時間に」
ケイの呼びかけに応じるように室内にいたエマとカルロは振り返ってケイの方を見た、振り返った二人はいつもとは違い何やら難しい顔をしているように見える。
だがその固い表情も振り返った次の瞬間には二人ともいつものつまりは穏やかな顔に戻っていた。
「ああ、ケイくんか……」
「…………」
だがその言葉はカルロらしからぬ物言いでいつものよどみない物言いは影を見初めているようであり、対するエマもこちらに向けた柔らかな顔を固めたまま黙っているのでかえって不自然な様子が感じられた。
「何かあったんですか? まさか子供たちに……」
その二人の反応からケイは何かよからぬことが起きたのではないかと感じそう言葉を漏らした。
保護している子供達に原因不明の異常が発生し最悪死亡してしまったりするケースは決閉め珍しくはないからだ。
「いや……今の子たちに異常はない、安心してくれ」
カルロは心配したような声で言ったケイに対していつものように穏やかで諭すような言い方で返した。
だが奥歯にものが詰まったような言い方は残したままである。
するとその空気を払拭するかのようにエマが言った。
「カルロさん、今話してしまっても……」
「……ああ、そうだな先延ばしにしても変わらないだろう」
「…………」
ケイは二人が何を話しているのか全く分からなかったものの二人が、特にカルロがここまで難しい顔しているのを見たのは初めてであり、事の重大さのようなものが何となく感じ取ることが出来た。
それによって緊張するような気持ちが少しずつ心中に沸き始めてはいた物の話を聞く覚悟を持つように自分なりに努め始めていた。
「ケイ君、今少し時間をいいかな? もちろん明日以降でも……というよりも君には本来明日話そうと思っていたのだが」
「はい、大丈夫です、是非聞かせて下さい」
カルロの言葉に即答したケイは二人の方へと足を進めていく。
「ケイさん、こっちにどうぞ」
そしてエマは自分の隣の椅子を引いて手招きをしそこに座る様ケイに促し、ケイもそれに従ってエマの隣へと腰かけた。
「それで……一体何が?」
「うむ、先ほど捜査官の方から連絡があってな、大規模な組織の摘発がつい先ほど行われたらしい」
「それって……!」
それを聞いたケイは直観的に察しつつ、隣にいるエマの方を見る、ケイと目が遭ったエマはケイの予想が事実であることを確かめるようにうなずいている。
そんな二人の様子を見ながらカルロは少しずつ語り続ける。
「摘発されたのは孤児を専門としている組織、数か月にも及ぶ張り込みの末にようやく取引の現場を押さえることが出来たそうだ、現場からは取引の『商品』である数十名のサイボーグの子供たちが保護されたそうだ」
「…………」
カルロの言葉を無言で聞く二人だがその瞳の中には確かな怒りのような感情が渦巻いているのが見て取れる。
「それでその子供たちの保護をどこで行うのか、捜査側の組織と連絡を取り合って今決めている所らしいのだが……」
そこでカルロは一旦言葉を止め軽く深呼吸をした、そしてそののち迷いをふんだんに含んだような雰囲気を纏わせつつそれを口にする。
「その中に『未知の技術』の被害者となった子がいる」
「未知の技術……」
告げられたカルロの言葉に対し、ケイは確かめるように繰り返し呟いた。
技術が進歩した現在においても未だに技術発展という物は留まる気配を見せていない、そうなれば当然新しい技術がまだまだ生まれてきているという事になる。
サイボーグの技術も日進月歩で進化し続けているのだ。
「話に聞いた所によると、『人間』という概念が失われているそうだ」
「人間……失われている?」
続けてカルロが言った説明を聞いてもケイにはそれがどのようなものなのか分からない。
「それって一体……?」
「すまない、私にも分からない」
「うん、私もさっぱり……現場の技術系の捜査官が確認しても全く前例がないんだって……」
「そうですか……」
ケイ自身今まで「新しい改造」をその身に施された子供を見たことは何度かあった。
というよりもこの施設自体、というよりもカルロが「新しい改造」を施されて他の施設でたらいまわしにされていたような子供たちを積極的に引き取っているという施設なのだ。
他の施設にも体の半分が機械化という改造の子供はいるがそれは大抵上半身や下半身が機械という事がほとんどである。
ここにいるシェリルやヘレンのような縦に半分、というのはかなり珍しい存在と言える。
そんな普通という枠組みから外れた子を引き取るのがカルロの方針であり、ケイもその方針には同調している。
だが今回ばかりはそんな方針でやすやすと決定できるようなものではない。
「私は、その子をうちで引き取って欲しいという事なのだが……正直迷っているのだ」
以前シェリルとヘレンを引き取って欲しいという依頼が来た時にはカルロは迷う事もなく即座に了承していたが今のカルロからはそんな言葉は出ない。
「それは……」
その理由をケイは十分に理解している。
シェリルとヘレンは「新しい改造」ではあるがあくまでも既存の技術の応用のような形であるという事が判明していた。
だからこそその対応も既存のものを応用することで対応が出来るという確信があらかじめあったのだ。
「もちろん、どんな境遇のサイボーグであっても見捨てない、というのが私としても今までやって来たやり方であるしそれを変えるつもりはない、だが今回は少々難しいな……」
それもそうである、未知の技術という事は今までに前例がないサイボーグがここへと来るという事だ、どのような対応をすればいいのか全く分からない状態では混乱することは必至である。
その事は全員が身に染みてよくわかっている、分かった上でどうするべきなのか、場にはその答えを模索する三人の空気が渦巻いている。




