(16)
エマとケイがそれぞれの作業を行っているのとほぼ同じころ、施設の中心部付近にある大広間では、ボランティアのメンバーが子供たちと一緒にリハビリを行っている所であった。
数人の職員とそれよりも少しだけ多い子供たちがそれぞれ絵をかいたりおもちゃで遊んだりと各々好きな事をして過ごしている。
「はい、それじゃこれを持ってみて?」
そんな中、まだ初々しさが残る顔立ちをしていた女性が少し緊張したような口調で椅子に座っている子供に鉛筆を差し出す。
彼女はまだ仕事に入ってから日が浅い職員であり子供たちに直接触れあうのは今日を含めても数えるほどしかない。
もちろん安全の為、服の下には防護服が付けられており手には手袋が付けられている。
「……ん」
差し出されたのは幼稚園児ほどの体格を持ったサイボーグ『ドナ』
彼女は差し出された鉛筆の方へと伸ばし掴もうとしている、だがその腕の大きさは体格と明らかに比例していなかった。
その腕はドナの体格と比べてあまりに大きく、長い。
通常の腕と同じ場所から生えているその二本の機械製のアームは椅子に座った状態でだらんと下げているだけで半分以上が床に着いてしまうほど。
もちろん彼女が歩けば常に引きずって歩かなければならないほどに不釣り合いな状態となっているのは言うまでもない。
「……んっ」
億劫そうな声を上げつつドナは巨大な腕の先端部分だけを上へと持ってきてその鉛筆を掴んだ。
ドナの腕には関節がない、代わりに腕をあらゆる部分で折り曲げることが可能となっており今の様に床に肘部分を付けたまま二つに折る様にすることも出来るのだ。
だがその代償としてドナは指先の微妙な動きを非常に苦手としている。
鉛筆を握ったドナであったがその握り方は完全にグーで握りしめている状態であり正しい持ち方にはなっていない。
「ごめんね……ちょっと違うかな……」
それを見た女性職員は直そうと手に指を入れようとした。
「んんぅっ!」
だがドナは勝手にいじられたことが不満だったのか女性職員の指を掌の中へ入れたまま機械製の手をぎゅっと握り始めてしまった。
「っ!」
驚いた女性職員は小さく息を飲みつつ急いで手を引っこ抜く、するとアームに引っかかった手袋がするりと抜けて素早く手を抜くことに成功する。
そしてそのすぐ後には一緒に握りしめていた鉛筆ごと掌が握り締められ、鉛筆はメキメキと音を立てて押しつぶされていった。
そして次に手が開いた時、すでに鉛筆は木くずレベルにまで粉々となり全く原型を留めない状態になってしまっていた。
「っ……はぁ」
危うく自分の指がそうなるところだった女性職員は恐怖と安堵が入り交じったかのようなため息を付いた。
するとそんなときに限って新たな火種が投下されてしまう。
「ドナのへたっぴ!」
「んぅ!」
ちょうどドナの近くにいたアマンダがドナを指さしながら悪口を言い始めたのだ。
「こ、こらアマンダちゃん!」
アマンダの方を見ていた別の職員が注意するがそちらの職員もあまり慣れていないのかアマンダの気を抑えきることが出来ていない。
「へたっぴへたっぴ! 折っちゃった~ね~」
二人の職員が慌てる中、アマンダはドナをさらにはやし立て始める。
「んんんんんんんっ!」
すると黙っていたドナもそれに腹を立てたのか漏れるような声を上げながら席から勢いよく立ち上がるとアマンダの方へと向かい始めてしまう。
「ド、ドナちゃ……」
何とか抑えようと女性職員が声を掛ける、だが。
「んんんっぅ!」
「きゃあっ!」
立ち上がったドナはその場でその長い金属腕を振り回した。
巨大な腕が信じられないかのような勢いで振り回され、ドナの腕からは空気を切るかのような鋭い音が鳴り響いている。
こうなってしまったドナにはもう近づけない。
「あわわわわ……ど、どうしよう……」
周囲の手馴れた職員もなんとかしようとしてはいるがすでに癇癪を起こし、文字通りの金属の塊を振り回すドナに下手に近づくことは危険である。
「ど、どうするの?」
「近づいちゃダメ! 大けがするよ!」
「周りの子を離れさせて!」
周囲が口々に安全確保に全力を持って取り組む中、事態はさらに悪い方向へと流れ始めていく。
「うわあああぁん!」
その場で腕を振っているだけだったドナが今度は泣きながらぶんぶんと両手を振り回し始めそのままアマンダの方へと向かい始めてしまったのだ。
「ま、まずい!」
「廊下の防護服を!」
「い、今連絡してます!」
子供同士のけんかが始まると言えばそれまでだがここにいるのはサイボーグ手術を受けさせられてしまった子供である。
腕で押し合う程度喧嘩でも感情に任せてリミッターが外れてしまったりすればお互いのみならず周囲もただでは済まない可能性は十分にあり得る。
アマンダはこの施設で保護されている子供の中で最もサイボーグ率が低い子供である、皮膚も骨格も臓器もほとんどそのままでありそこへドナの腕が当たりでもすればただでは済まない。
「何すんのよ!」
アマンダが声を上げながら振りかざした腕に長い金属の物体がぶつかり、鈍い音が室内に響き渡る。
ぶつかったのはアマンダの持つ『腕』
金属質の光沢を持っているにも関わらず恐ろしく滑らかな動きをするそれはまるで黒光りする鱗を持った大蛇のような印象を持つ形状。
アマンダの腰の後ろ辺りから生えている『第三の腕』がドナの巨大な腕を打ち払ったのだ。
アマンダはこの腕を元々の腕よりも精密に動かすことが出来るほどに手慣れた動きをすることが出来る。
アマンダはこの機械腕の操作に関しては施設内でも最も精密な操作が可能なのだ。
一方のドナは力が入りすぎて物を壊してしまうほどに機械腕の操作に慣れていない。
アマンダにしてみれば自分の腕は物を壊した事がないので自分の方が上手に動かせて偉いという考えが芽生えてしまっているのだ。
「ぅぁ!」
怒りと泣き声が入り交じったかのような声を上げながらドナがその二本の巨大な腕を振り回す。
関節のないドナの腕は振るわれる事によってまるで金属の鞭のような動きを見せ、空気を切り裂くような音を発しながらアマンダの体へと向かって行く。
「えぃ!」
その迫りくる二本の腕に対してアマンダは第三の腕をまるで腕そのものが生きているかのような動きで打ち払っていき、その度に室内には激しい衝突音が鳴り響く。
「ど、どうしよう……」
喧嘩を始めてしまった二人を前にしてその場にいる人たちではどうする事も出来ない。
生身の体でサイボーグの仲裁に入るなど不可能に等しい、だがかといって放っておくわけにもいかないのだ。
サイボーグ率が同じぐらいの子供同士ならば少しぐらい小突き合っても無傷で済む場合が多いがアマンダとドナでは改造の方向性が違い過ぎる。
アマンダの第三の腕は全力を出せば車を持ち上げたりするぐらい楽勝の代物である、全力で振り抜いたりすればドナは車にはねられた様に吹っ飛んでしまう。
かといってアマンダは第三の腕以外は全く改造をされておらず普通の子供と変わらない、そこに金属の塊であるドナの腕がぶつかりでもしたら骨折どころの話ではない、後遺症が残るほどの大怪我をしてしまう。
周りで一緒にリハビリを行っていた別の子供達も避難する様に移動しているがそんな光景を見て動揺し始めてしまっている子もいるように見える。
「防護服班の人はまだなの?」
「い、今ケイ班長を……」
子供達だけでなく周囲の職員の動揺もさらに大きくなり始めていき本当に収まりが付かなくなり始めていく。




