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その後、ヘレンは三十分ほどかけてようやく食事を終了させた。

 食事の時間としてはかなり長い方だがヘレンの改造度にしてみればこれでも十二分に行えているといえるだろう。


「ご……ま」


 食事を終えたヘレンはそう言うと、食器重ねて手に持つと返却口の方へと運ぼうとしはじめた。


「(大丈夫かな……)」


 自分からやろうとしてくれるのはありがたいがそれをみるエマの顔は不安に溢れている。

 ヘレンは以前にも同じような事をして失敗してしまった経験があるからだ。

 すると返却口のまであと半分と言った所で機械の方の足が上がらなかったのかつま先が突っかかるような状態となってしまう。


「あっ……!」


 そのまま全く受け身も取らない姿勢のまま倒れていくヘレンの姿を見てエマは慌てて駆け寄る。

 そして顔面から床へと倒れてしまいそうになっていたヘレンの体を支え、何とか激突することは免れた。

 だがヘレンが手に持っていたお皿まで取ることはいくら何でも無理でありガチャガチャという音を立てながらお皿は床へと落ちてしまう。


「あ、危ない……」


 お皿は落としてもだいじょうぶな素材で出来ているので割れる事もなくひと時の騒音が食堂内に響いた程度で済んだ。


「ぅっ……ぇっ……」


 だが怪我一つなく済んだはずのヘレンの口からは今にも泣きだしそうな声が漏れ始めている。


「(あっ……まずいかも……)」


 エマがそう思った次の瞬間、ヘレンは声を上げて泣き始める。


「――! ――! ――!」

「ううっ……!」


 食堂には金属をひっかいているかのような耳障りな音が響き渡る、それを聞いたエマは体に不快な感覚が湧き上がり思わず顔をしかめてしまう。


 だがこのとても声とは言えないような強烈な高音こそがヘレンの泣き声なのだ。

 ヘレンが年相応の甲高い声を出すと右半身の機械部分の空洞で反響し凄まじい不快音となって口から出てくるためにこのような音が発生するのだ。

 それでも転んで泣いてしまったという事には変わりない、耳障りな音に顔をしかめながらもエマは転んだヘレンを抱きあやす。


 いくら機械部分の重量が技術の進歩によって軽量化されたと言っても、ヘレンの体重は普通の子供と比べればはるかに重い。


「よしよし……痛いの痛いの飛んでいけ~」

「――!!! ――!!」


 だがヘレンはなかなか泣き止まない、その間抱っこをしているエマの耳元では容赦なくひっかき音が鳴り続ける。


「(ううう……)」


 騒音を聞いた事で足元から湧き上がってくる寒気のような感覚に耐えながらエマはヘレンの右半身をさすり続ける。

 この時、泣き止まないヘレンをなだめるエマだったがヘレンが何故泣いているのかエマには正しく理解できていなかった。

 だからヘレンは分かって欲しいとでも言わんばかりにその行動を起こしたのだ。

 なだめながらヘレンをしばらくさすっていたエマだったが突然二の腕の辺りをヘレンの左手が掴んだのだ。


「!」


 それにエマが気が付くがそれとほぼ同時にヘレンはその手を握り締めてエマにしがみ付くような事をし始める。

 泣いて感情が不安定になっているヘレンは最大限の自己表現として行動で示そうとしているのだがエマにしてみれば非常に危険な状態である。


 ヘレンの右手は機械製のロボットアームのような形状をしており、金属の塊とも言えるその掌の締め付けは人間の握力をはるかに凌駕している。

 そんな強力なアームで腕を挟まれれば最悪大事故になりかねない、機械音を慣らしつぅ自分の腕を挟んでいくヘレンの掌を前にして慌てそうになるエマであったが、それでも出来る限り落ち着いてヘレンの行為を受け入れる。


「ど、どうしたの? ヘレンちゃん?」


 先日の様に暴れ出すなどの危険な状態となった場合には強力な防護服を装着しなければならないがそれ以外にも危険が予測されると考えられる場合には防護服の装着が行われることがある。

 シェリルとヘレンは暴れるという行為はほとんどしない比較的安全に接することが出来る子供として認知されているが力加減という物が良く理解出来ておらず特に機械の腕で力いっぱい握り締めてしまったりすることがある。

 そのためシェリルとヘレンの二人に直接かかわる時は掌で挟まれる時に備えて腕や胴回りに個別で装着する特殊合金の防護服を装着する事となっているのだ。

 もちろん依然シェリルと外出した際にケイも装着していた。

ヘレンが全力で掌を握り締めれば理論上は鉄パイプを切断できるほどの力を持つが防護服を付けていれば耐えることが出来る。


 とはいえ、ヘレンの握力を受け続けている防護服にはヘレンのアームによって押しつぶさんばかりの圧力がかかりギリギリとした音が鳴り響いている。


「よ、よ~しよし……」


 いくら大丈夫と言われていても万が一破壊されてしまったら腕を切断されてしまうような状況下に置かれているエマは恐怖心を押し込めてヘレンとコミュニケーションを取っていく。


「ど、どこかぶつけちゃった?」

「――ぅっ! ――ぎっがっ!」


 エマは耳をつんざくような音の中で微かに聞こえてくるヘレンの言葉をなんとか聞き取ってヘレンの意思を読み取ろうとする。

 もちろんその間も腕の辺りからは凄まじい勢いで締め付けられ、防護服が悲鳴を上げている音が聞こえて来る。

 だがそんな腕力を発揮していてもシェリルからしてみればという立派な自己表現を行っているに過ぎない。


「(落ち着いて……考えるのよ……)」


 泣き止まないヘレンを前にしてエマは考えていく。


「(ぶつけたのかと思ったけど……別に何処もぶつけた後がない、じゃあ別に痛みは感じてないはず……)」


 エマの生身の部分を見て行ってもぶつけたようなあざやましてや出血している様子などは見当たらなかった、ならば何故泣いているのか。


「(という事は……)」


 以前のエマであれば機械部分の内部に何か致命的な欠損や破損が発生したのではないかなどといった事を考えていたかもしれない。

 だが今のエマは今のヘレンの気持ちが理解できた


「ヘレン、次は出来るよ」

「――っぐ……ぎっ……」


 そう言ってエマは抱きしめる手を緩めた。

 するとヘレンもその強く握り締めていた手を放し、さらに自分からエマの腕を振り払うようにして抜け出した。


「――ひっ……ぐっ……」


 だがその目には涙がいっぱいに溜まっており、歯を食いしばって体中に力が入っている様子が良く分かる。


「……もう一回やる?」


 ヘレンに向かってエマはそう言う。


「……ぅ、ん」


 そしてエマは涙を溜めた目で声を抑えながらも確かにそう言った。


「じゃあやってごらん」


 エマがそう促すと、ヘレンは床に落ちてしまったお皿を自分の手で拾い始める。

 その動きは非常にゆっくりとした物である、しゃがむこともヘレンにとっては大変難しい動きでありともすれば転んでしまう事もある。

 だがヘレンは一人で全てのお皿を拾おうとしていた、それを前にエマはただ黙って見ているだけに努めた。

 エマが見つめるヘレンの体からは自分で落としたのだから自分で拾う、そんな意志が放たれているようであった。


 ヘレンは悲しくて泣いているのではない、出来ない自分に対して悔しくて泣いているのだ。

 自分でやろうとして出来ないという悔しさがヘレンの体を駆け巡り涙を流させている、だから気のすむまでやらせるほうが良い、その方が自分の為にもなるしヘレンの気持ちもずっと落ち着くだろう。

 少ししてようやくお皿を全て拾ったヘレンだったがそのまま返却口の方へと向かう、かと思いきや再び座っていた椅子の方までのろのろと戻り始める。


「(見かけによらず負けず嫌いだなぁ……)」


 そんなヘレンを見て「そのまま戻せばいいのに」と口にしてしまいそうになったエマだがぐっとこらえて見守り続ける。

 ヘレンはもう一度やり直したいと思っている、それは最初から最後まで自分一人で出来るようになりたいという意思の表れ。

 ここでそんな事を言ってしまってはそれこそ本人の意思の全面否定になってしまう。

 そして律儀にお皿を元の場所まで並べ直し椅子から立ち上がるところからやり直し始めたヘレンは先ほどよりもゆっくりとした動きながらも丁寧に失敗しないように行っているのがエマにも分かった。


「んっ……で、ひた……」


 そしてとうとうヘレンが最後まで一人でそれをやり切った。


「よくできましたっ!」


 エマは振り向いたヘレンにそう言いつつその体を抱きしめる。


「ん、ぐっ……」


 突然エマに抱きしめられたヘレンはその腕の中で苦しそうにもがいてはいたもののすぐに大人しくなってエマの方へと体重を預け、寄りかかり始める。


「ん……ぅ」

「あら……」


そしてヘレンはエマに抱きかかえられた体制で立ったまま眠ってしまった、左右のバランスが違うヘレンにとっては今の動きだけでも大変な労力を使う行為であり疲労はかなりのものなのだ。


「お部屋に行こうね」


 既に眠ってしまったヘレンにそう言いながらエマはヘレンの部屋の方へと運ぶべく、その体を持ち上げようとする。

 サイボーグの子供は眠ると文字通りの「スリープモード」に入ってしまうため自分から目覚めるまでは滅多な事では起きないため抱っこして運ぶしかないのだ。


「ぐっ……」


 きつそうな声を上げつつエマは何とかヘレンの体を持ちあげる。

 さきほど持ち上げるのはきついと言っていたがエマでも抱っこするのは不可能ではない。

 体にそれなりの負荷を掛けつつエマはヘレンを抱えて食堂を後にするのであった。


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