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 そして食事が始まりそれぞれが食事を口へと運ぶ中、ケイは横目でエステルの様子を観察していく。


「(さて……今日はどうかな?)」

「えいっ」


 ケイが見守る中、エステルは用意されている子供用のフォークには目もくれず右手の人差し指と仲指をサイボーグ用の合成タンパク質性の魚へと突き刺した。


「(あちゃ~……)」


 その様子を見てケイは内心でそう思う。

 ここはサイボーグの子供を引き取る施設だが将来的には自立を目的した施設なので大人として必要なマナーや教育なども当然行っている。


 だがここで引き取られているサイボーグの子供たちは劣悪な環境で育てられた子が多く、生活するうえでの一般常識が全くと言っていいほどできていない子がほとんどなのだ。

 エステルはここに来るまで「食器」という概念が分かっていないらしく、お皿に乗って出てきた料理を手づかみでテーブルの上に移し替えて残った皿をゴミと勘違いして投げ捨てると言った事をしてしまっていた。


 ちなみに先ほど言ったうっかりケイが怒鳴ってしまったのはこれが原因である。

 ケイもエステルがそこまで劣悪な環境に置かれていたことなど全く想像すらできていなかったのである。

 今までエステルの中で常識と思っていたことが真っ向から否定されてしまったのだから感情が高ぶってしまっても仕方がないというのは当然である。


 当時のケイはその辺りが全く分かっていなかった。

 とにかく日々の説明によって今では少し改善したが手づかみで食べてしまうと言う部分がなかなか治らずにいる。


「(さて、どうするかな)」


 いくらいう事を聞かないからといって単に怒るのも考え物である。

 先ほど言ったがエステルは感情とリンクする刃が取り付けられている、その為もし怒鳴りつけて泣きわめきはじめでもしたらそれこそ一瞬にして全身凶器状態となってしまう。

 ではどうすればいいのか。


「エステル、それはやっちゃダメなんだぞ?」

「えぇ~こっちの方が食べやすいもん」


 なるべく穏やかに言い聞かせなければならない、ほめて伸ばすのだ。


「エステルその指はどうなってる?」

「……べたべたしてる」


 合成タンパク質性の食品は形を形成するために内部にジェル状のナノマシン入りのグリースを封入して固められている。

粘度のあるグリースが中に詰まっているため、イメージとしては肉汁が滴ってるような感じとなっている。


「もし、その指のまま壁や床を触ったらどうなるかな?」

「……汚れてお掃除しないとダメになっちゃう」

「そうだ、汚れたらエステルがやってくれるか?」

「……やだ」

「じゃあ、手を汚さないためにはどうすればいいかな?」

「……はーい」


 そう言うとエステルは子供用のフォークを手に持ってそれを使って食事を始めた。


「(よしよし)」


 その様子を見てケイは内心でガッツポーズを決める、どうやら今回は上手くいったようである。

 前にやった時は「作ってくれた人の気持ちを~」などと言ったのだが上手くいかずフォークを放り投げてしまうという結果に終わってしまった。


 褒めて伸ばすと言ってもただ褒めればいいわけではない、しっかりとやって欲しい事を理由を付けて説明することが必要となって来る。

 特にサイボーグ手術を受けさせられた子供たちは他の人とのコミュニケーションが上手く出来ないという事が根底にあるため特に注意を払わなければならないのだ。


 とは言っても一朝一夕で出来るようなものではなく、ケイも慣れるまでには随分と苦労をした経験があった。

いくらやった所で最終的には運に任せるような部分も多いのだ。



 一方、対面で食事をしているヘレンは初めてここに来た時からしっかりと食器を使って食事を行い、精神的にも落ち着いた生活を送っている。

 だがヘレンは体の部分において苦労する事となっているのだった。


「ん……あぐ」


 生身の右手でフォークを掴みそれを握り締めて食事を口に運んでいるヘレンだが口の端からは固形タンパク質やらグリースがぼろぼろと零れてしまっている。


「ヘレン、しっかりと口を閉じてね?」


 そんなヘレンの隣でエマも食事を口に運びつつ声を掛ける。


「あい」


 だがヘレンはエマの声に対して噛みながら返事をしたので口の中の咀嚼中のものが床に落ちてしまう。


「あらら……」


 ヘレンは体の左半分が機械という一般的に考えても異質な改造をされている。

 そんな体では食べるという動作は非常に困難なのである。


 噛むという動作一つとっても口の中で一つにまとめたり、舌を使って喉の奥へと送り込む動きには微妙な左右の筋肉の連携が必要となる。

 しかもヘレンは左側の唾液腺がないため唾液の分泌量も少なく、噛んだ物を口の中で一つにまとめるのも物理的に難しくなっている。

 精神面が発達したとしてもやはりサイボーグの体をもった子供たちが生活を一人で送ると言うことは難しいのだ。


「ごちそうさま」


 そんなこんなで四苦八苦しながらエマがヘレンの食事を手取り足取り行っている間に向かいに座っていたエステルの食事は終わってしまう。


 時間にして十五分ほど、一食の食事としてはなかなか早いがこれでエステルはあと三日間は食事をしなくても活動が可能となった。

 食事を終えたエステルは使い終わった後の食器をキッチンの返却口の方へと運んでいく、最初の頃は出来なかったものの最近はエステルもその辺りがしっかりと出来るようになったのだ。


「よし、えらいぞエステル」


 もちろん、その後には褒めることも忘れない。


「へへっ、じゃあねケイにいちゃん!」


 ケイに褒められたエステルは年相応の笑顔を浮かべながら小走りで食堂から出て行った。


「(いつの間にか成長したな……)」


 エステルはこの施設で最も一人でも生活が出来るサイボーグとして扱われている、精神的にはまだ幼い部分があるが近い将来別の施設へと移る可能性が最も高いのはエステルだろう。

 そうなればもちろんエステルはここからは出て行かなくてはならなくなる、もちろんそれは喜ばしいことだしエステルが人らしい人生を歩みだす第一歩となる記念すべき日になるだろう。


 いままで何人もの移転の場には立ち会ってきたが悲しさと嬉しさがまじりあうあの感覚は何とも言えないようなものだ。


「さてと……」


 エステルが出て行ったところでヘレンの方を見たケイだがヘレンはまだ半分以上も食べ終わっていない。


「エマ、俺はデニスの方に行くな」


 人件費削減のために施設の職員は十分に置かれているという訳ではない、本当は一対一で親身になって補助をしたいところだが現実ではそうもいかないのだ。


「はい、わかりました」


 ヘレンがこぼしてしまった物をふき取りながら、エマが返事をするのを見届けてからケイは食堂を後にした。




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