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そして午後十二時半、昼食の時間。
「そろそろかな?」
時計を見ながらケイがそう言う。
サイボーグは体内に測定用の機器などが入っているため「体内時計」という物が明確に存在していることが多く時間通りに動くという事を非常に得意としている。
その時間通りの動きの所為で「ロボット」という蔑称が蔓延してしまっているという現実もある。
だが恐ろしく時間通りに生活するサイボーグの姿を気持ち悪いという声もあるが規則正しく行動しているその行為のどこが気持ち悪いのだろうか。
ケイにしてみればきっちりと時間を守って生活しているのだからそれでいいんじゃないかと常日頃から思っていたりしていた。
「あ、来ましたよ」
そこへエマの声と共に時間ぴったりに食堂へと二人のサイボーグが到着する。
二人とも身長は百二十センチぐらいの小柄な体格であるがその姿は対照的であった。
「こんにちは、ヘレン」
最初に声を掛けたのはエマである。
前にいるのは体の左半分が機械となっているサイボーグ『ヘレン』、彼女はシェリルと左右逆の改造を施されている。
「こ……にち……は」
シェリルと同じく左右の体のバランスが違う為、歩くのも喋るのも苦手なヘレン。
一見するとシェリルと左右が逆となっているだけにも見えるがヘレンの体はシェリルよりも不安定な状態となってしまっている。
ヘレンとシェリルは同じ団体から保護されたため同じ人間による手術が行われていたと考えられるがヘレンは「練習」という意味合いで行われていたのだ。
ヘレンの施術はシェリルのものよりも改造の方法が乱暴であり機械と元の皮膚の接合部分が非常に乱雑な物となっている。
その為、接合部分の皮膚がささくれの様にめくり上がっており感染症にもかかりやすい体となってしまっているのだ。
この施設にいる子供の中でも特に体調の変化を注意しなければならない子供である。
そんな境遇のヘレンに向かったエマは顔色などを見ながら改めて顔を見た。
「(酷い顔……女の子なのに……)」
ヘレンの造形はシェリルとはまるで異なる。
シェリルは人工皮膚と人工頭髪などによって左右で別の顔を持っている、と言ったような状態になっているがヘレンの右側にあるのは完全な金属。
左足と左腕はまるで骨だけしかないように見えてしまうほどの細さの金属製のアームに置き換えられており先端の指は三本しか備わっていない。
顔は残された左半分から女の子であったという事は分かるが、右半分は人工皮膚すらも貼られておらず武骨な金属が露出している。
ヘレンの顔の左半分は金属ののっぺらぼうなのだ。
「どぅた……の?」
そんなヘレンの姿を見て無意識に表情を曇らせるエマだったが、本人であるヘレンは純粋な目でエマの方を見て首を傾げている。
「あ、えっと……それ可愛いね?」
エマは慌てて表情を笑顔に戻しつつ雰囲気を戻すためにたまたま目に付いたアップリケの事を口にする。
「ぅひ~!」
するとヘレンは左右非対称の不格好な笑顔を浮かべながら笑い始めた。
その様子を見ていると本当にうれしそうに見える。
「シェ、ちゃもいっ、た!」
「シェリルちゃんも? 良かったね~」
ヘレンとシェリルは同じ団体から保護された経緯もあってか施設に来てからも日常的にも仲よくしているような場面がある。
お互いの髪の毛をいじり合っていたり一緒にお絵かきをしていたりする様子は何度も見たことがある。
そんな光景を見ているととても楽しそうに過ごしているように見えてきてしまうが二人の体の事を考えるととてもそうとは思えない。
二人は自分たちの境遇をどのように思っているのだろうか。
「…………」
ふたたび顔が曇り始めてしまうエマだあったがヘレンの言葉で我に返る。
「ご、はん!」
「あっはいはい、じゃあ行きましょうね~」
そう言ってエマはヘレンと手を繋いで席の方へと向かって行った。
「やぁ、エステル」
「こんちは!」
一方、ケイが話していたのは見た目は普通の人間の男の子と全く見分けが付かない姿をしたサイボーグ『エステル』である。
彼は皮膚の下に多数の刃を埋め込まれており、感情によってその刃が突き出ると言う改造を施されている。
通常は皮膚の下に収納されているため見た目からでは全くサイボーグであるという事が分からないという状態となっているのだ。
だが彼もまた施設の子供たちの中ではかなり危険性が高く、事故に繋がりやすい子供の一人である。
施設に来たばかりの頃、言う事を聞かないエステルをケイがうっかり怒鳴りつけると大泣きを始めてしまうという事があった。
そして泣き始めたその瞬間、体の至る所から刃が飛び出し始めたのである。
さらに最悪なことに趣味の悪い裏社会の手術者は飛び出すという機構に対する配慮を全くしておらずその刃は全て『皮膚を突き破って飛び出してくる』という仕掛けになっていたのだ。
結果として大泣きをして感情が高ぶれば高ぶるほどに体から多数の刃が飛び出し、痛みを生じてさらに感情を刺激するという光景が現れる事となる。
さらには痛みで暴れまわるものだから体の刃があらゆる方向へと振り回され近づくことも危険という状態になってしまい手に負えなくなってしまった。
最終的にケイやその他の男性職員数名が防刃機構の付いた防護服を着て押さえつけ、鎮痛剤を飲ませて無理矢理に大人しくさせるしか方法がなかった。
それ以来、エステルの感情を逆なでするような無理矢理の方法を取ることは禁止となった。
今では落ち着いた生活をしているがもし抱っこをしている時に何かしらの刺激によって刃が飛び出たりしたら危険極まりない。
なので職員はエステルを抱っこしたりおんぶする時には必ず服の下に防刃チョッキを着ることが決められている、今のケイももちろんそれを装備している。
「この間はよくも遅くまで付き合わせてくれたな~?」
「へへっ、でも先生だって乗り気だったよ?」
「俺はさっさと帰って寝たかったんだけどな?」
「はいはい、二人ともまずはご飯にしましょう?」
軽口を叩き合っている二人に向かってエマがそう言う。
「お説教はまた後にしてね~」
「まったく、しょうがないな……」
そんなやり取りをしながらケイ、エマ、ヘレン、エステル四人はそれぞれ席へと付く。
席順としてはケイとエマが向かい合ってその隣にそれぞれエステルとヘレンがいるという順番だ。
「はい、それじゃあみんな揃ったのでご飯にしましょう!」
全員が座った所でエマがそう声を掛ける。
食事の際にはその場にいる全員が一緒に食べる、という事を心影ているのでテーブルには子供たちの分はもちろんケイとエマの分も同じメニューで用意されており一緒に食事をするようになっている。
特に今日の二人は見た目は同じ食事が出来るのでいつも以上に「一緒に食べる」という雰囲気が作り出されているように感じられる。
「はい、それでは……手を合わせて……」
エマが手を合わせてその言葉を口にし、それに合わせて他の三人も各々の手を合わせる。
「頂きます!」
「頂きます」
「頂きま~す!」
「いゃ、だっ……す」
最初に言ったエマの言葉に習うようにして他の三人も口にしていく。
エステルは幼い男の子らし元気の良い声で、ヘレンはたどたどしくも一生懸命に言葉を言っている様子であった。




