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Losers  作者: ビーナ
1章:這い上がる者、蹴落とす者
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金髪の運転手と指名手配犯

「これなんか似合うと思うのよね」

 ルーザーが住まう住居兼勤め先の店の主、ルシファーが手にしているのは派手な装飾が満載のメイド服だ。やけに露出が多く、どのような意図で作られたのか、想像もつかない。

「ルーザーちゃん。どうよ、これ?」

 勧められた本人は、どのようなリアクションをすればいいのか困惑しながら、渋い表情をしたまま腕組みをする同僚に助けを求める。

「この店の方向性はどこへ行くのよ」

 呆れながら、ルシファーからメイド服を取り上げる。

「性別が無い、中性的な容姿……これは女装、男装を楽しめと言っているようなものだ、と思わないかしら?」

 ルーザーの体躯は決して高過ぎず、低過ぎない。痩せ型で肩まで伸びた髪は色素が薄く、一見外国人のようでもある。

 中性的な容姿はホルモンバランスがそもそも体内に存在しないからこそなのだろうか――ルーザー自身初めての状況にどうすればいいのか分からずオロオロとしている。

「あの、俺……服は――」

「安心なさいな、このメイド服は私の奢りよ。春、夏、秋、冬、と季節ごとに新しいデザインを用意してあげる」

 誇らしげな表情で宣言するルシファーとうんざりとした様子でルーザーを逃がそうとするリンネ。

「そんなことに手間を掛ける時間があるなら、まずは店の宣伝をした方がずっと効率的だと思うけれど?」

「嫌よ、そんなのつまらないじゃない」

「店を畳め」

 結局、ルーザーの制服は白いシャツの上に紺色のエプロンを掛けることで丸く収まった。ルシファーは終始不満そうに頬を膨らませていたが、何とか店頭には立たせてもらえた。

「あれでは店主として扱う必要は無いわ。セクハラ、パワハラ、モラハラで困ったら、私を呼ぶように」

 そう言うリンネの姿は同僚というよりも保護者のようだった。



***



 車内のラジオからは激しいロックが流れている。前後左右をガラスが外界との音と空気を遮断する。歩道を歩く人々、対向車の運転手達からすれば、この車と運転している女性のことなど興味を持つ対象ではないことなど明らかだろう。

 人と人の繋がりが薄くなっているという現代社会ならではの他人に興味を持たない風潮がこんなところでメリットに働いていた。

 すると、前方に複数台のパトカーと警察官が一台一台の車両を確認していた。

 ラジオのボリュームを下げ、ドアウインドーを開けて、駆け寄る警察官に顔を向ける。運転手の女性が顔を出すと、後ろに纏めた金色の髪が風でなびく。

「何かありましたか?」

「すみません、指名手配犯が近辺を逃走中とのことでして、免許証と車内の確認にご協力お願いします」

「分かりました」

 そう言って、免許証と車内を見せる。若い警察官は確認を済ませると、「ご協力ありがとうございました」と言って、先を促す。

「指名手配犯が逃走中ですか。あれだけの警察官を動員させて、さぞや迷惑をお掛けしたのでしょうね」

 車を再発進させてから、金髪の運転手は謳うように後部座席に語りかける。

「白々しいぞ。お前に警察官を慮る資格があるのかよ」

 粗暴な男性の声は先程警察官が確認をした後部座席から飛んできた。

「ありますよ。これでも税金をしっかりと納める愛国者ですので」

「汚い金を納める奴が愛国者を語るのかよ」

「汗水流して働いて稼いだお金ですよ」

 野次を軽く受け流しつつ、スピードを上げながら、指定された目的地を目指す。

「それで、件の『失敗作』は本当にあの何でも屋と一緒に?」

「黙って走れねえのか、お前は」

「乗客とコミュニケーションを取ることも、私の仕事ですので」

 悪びれることなく会話を続けようとする運転手に、男は舌打ちをしながらも、

「ああ、『情報屋』から聞いた話だとな。あいつは金を支払った以上、間違いなく正確な情報を提供する――まず嘘はねえだろう」

「なるほど。では、この雑貨屋……えーと、名前は『Leo』ですか? 変わった店名ですね、歩谷ふやさん」

 歩谷、と呼ばれた男はこれ以上の会話を拒絶するように、頭の野球帽を目深に被り直し、目を瞑る。

「……分かりました。では、到着するまでしばしお休みください――でも」

 金髪の運転手は薄い笑みを浮かべたまま、バックミラーから視線を移し、アクセルを力強く踏み締める。

「寝る時間なんてあると思わないでくださいね?」

 直後、轟音と共に二人を乗せた車が爆走し、前方の車両数台を踏み潰す。潰された車両の跡はまるでロードローラーに直接踏まれたかのように平たく均されていた。蹂躙された一般車両の乗員達は何が起こったのか分からないまま押し潰され、爆発の炎で遺骸を焼き払われる。

「……テメエ」

 鼓膜をつんざくような轟音と激しい揺れに堪らず歩谷が目を開き、殺気に満ちた眼光を運転手に向ける。

「大丈夫ですよ。しっかりと私達の姿が認識されないように細工はしました。もし、人為的なものであると露見しても、全ては現在逃走中の指名手配犯――つまりは、歩谷唐比等からひとの犯行だと思うでしょう」

「俺に罪をなすり付けようってか……いい性格してるな、テメエは」

 歩谷の長い手足がユラユラとはためく。密閉空間でありながら、まるで男の体の材質が変化したかのように、形を変え、形状をも変える。それはドリルのように螺旋状に巻かれ、運転手の座席の背後から心臓に狙いを定める。

「危ないじゃないですか。その物騒なものをしまってください」

 しかし、いたっていつも通りの口調で、怯えた様子すら見せずに運転手の女は軽口を叩く。

「折角、警察の目を欺いたというのに、交通事故で焼死するというのは最期としてどうなのでしょうか?」

「テメエがハンドル握る車が炎上なんかするかよ」

 シュルシュル、と布が擦れる音と共に、ドリルの腕はまたも形状を変え、ロープのように運転手の首に絡み付く。喉に圧迫感が襲い、ハンドルを握る手に力が入るが、表情に苦悶はない。

「そうですね、私の力量で事故など有り得ませんとも……。あなたのせいで事故死も御免ですが」

「だったら、黙って車走らせていろよ。俺も戦闘前に無駄な力を使いたくはねえんだ」

 運転手の首を絞めていた布は歩谷の元まで巻き戻され、元の腕と指を形成する。気道を解放され、僅かに咳き込む運転手はバックミラー越しに歩谷を睨み付ける。

 一見すると、二人の関係性はただの客と運転手だろう――しかし、その実は同じ目的を持つ同盟関係と表現した方が適している。

「私は決してあなたと対等ではありませんが、部下というわけでもありません。私を殺すことがあなたにとってメリットにはならない、ということをお忘れなきように」

 怒気、殺気を受けた歩谷の口元が上がる。軽口を叩くだけの運転手だと思っていたが、どうやら怒りを覚えさせるだけの相手として自分は認識された、ということらしい。

「いいだろう。ただし、俺達は例の『人造人間ホムンクルス』の抹殺の任務を果たすためだけの同盟関係だ。それ以降は互いの生死には不可侵に――」

 言葉を遮るように歩谷の携帯電話に非通知の着信が入る。途端に、歩谷と運転手の女は感情を抑え込み、聴覚を電話の相手の話に集中させる。

『……随分と電話に出るのに時間が掛かったみたいだったけれど、何かあったの?』

 柔和な男性の声が電話口から流れる。歩谷は思わず生唾を飲み込み、「すみません……」と謝罪の言葉を口にする。

『そう? 君と角弓つのゆみさんが仲が悪いっていうのは知っているけれどさ、仕事に余計な私情は無しだよ? そんな理由で失敗の報告なんかあった時にはどうしてくれようか?』

 威圧感が車内を支配する。ここより遠く離れた位置にいるはずの相手なのに、まるで目の前で威圧されているかのような緊張感、恐怖心が二人の心に募る。

「はい。確実に」

 角弓、と呼ばれた女運転手が返答する。震えでハンドル操作を誤るよりは、早く通話を終わらせることでこの地獄のような時間から一刻も早く解放されたいという思いが強いが故だった。

『良し良し。歩谷君は?』

「はい、私も死力を尽くします」

『本当だね?』

 念を押されて歩谷は一瞬だけ冷静さで固めた表情に恐怖心を出してしまう。しまった、というような表情で唇をギュッと噛み締め、小さな声で「はい……」と再度頷く。角弓はフロントガラスから臨める景色をぼんやりと眺めながら恨めしそうに呟く。

「失敗できないじゃないの……馬鹿が」

 そして、その言葉通りに恐ろしい『指令オーダー』が電話口から放たれる。

『じゃあ、たとえ死ぬようなことがあろうとも、必ず任務はこなすんだよ』

 死ぬような場合であっても任務の達成は当然。

 失敗した場合は――責任を取って処理される。

 電話が一方的に切られ、圧迫されていた空間から解放される。

「……ふぅ」

 体重を後方に預け、肺から勢い良く空気を吐き出す。野球帽を外し、額に浮かんだ汗を拭い、無言で頭を抱える。

 角弓の視線に込められた怒気が一層強くなる。

「……あぁ、悪かったよ。今のは俺のミスだ」

「分かっているなら構いません。ですが、次に何か不要なことを言うようでしたら、容赦無く切り捨てますのでそのつもりで」



***



 目を覚ますと、車の中にいた。

 不規則な揺れで目が覚めたが、身動きが取れない。視界が薄暗く、口を布で塞がれていることもあって、唯一頼りになるのは耳だけとなった。

(……何が、俺は……っ?)

 大きな揺れで体が僅かに浮くと、頭を何かに打ち付けてしまった。どうやら天井もかなり低い場所のようだ。

 両手両足を縛っているのは縄だろうか――何度も拘束を解こうと試みるも、ビクともしない。

(どうして、俺はこんなことに――)

 目を覚まして、知らない場所で拘束されているせいもあって、頭上をクエスチョンマークが乱舞するが、一度冷静になって記憶が途切れるまでのことを一つ一つ整理することにした。

 記憶は遡る――ルーザーの服装が決まり、早速店の外で宣伝をすることになったのだ。

「本気でこの店を有名店にするつもり?」

 呆れた口調で言うのはリンネだった。とはいえ、宣伝のプランについてしっかりと案を練り上げていたらしく、目の下には隈が見られた。

「何だかんだで気には掛けてかけてくれているのよね」

 ニヤニヤと底意地の悪い笑みを浮かべるルシファー。

「違う。あんたが配ろうとしていたチラシがとんでもない内容だったから、徹夜で店のPRを考えて、効果的な宣伝内容を広告としてまとめただけよ」

「それって随分な労力使ってくれたわよねぇ。口の悪さと反比例して、真面目に仕事してくれるのよね、あなた」

 単純にルシファーに弄られるのが嫌だったから否定的な口調なだけなのだろうが――ルシファーもそれを知っているからこそ、とことんまで弄り倒そうとする。

「ということで、君にはこれからこの広告を配ってきてほしいのね」

「……はあ、ところで、これ多分俺一人で配り切れる量じゃないんですけど……。両手で持てる枚数軽く超えてんですけど――一体何枚刷ったんですか?」

 見たところ、五千枚はある――折り畳まれて目立たないけれど、レジの後ろにはダンボールが山になって積み重ねられていた。どれだけ発注すればこんなことになるのか。

「あ、これノルマだから、全部配り終わらないと、店に入れない」

「え?」

「はぁ?」

 笑顔のままとんでもないことを言い放つルシファーに、二人は唖然として口を開けっ放しにしてしまったが、やがて、リンネがこめかみに青筋を立てて詰め寄る。

「待て。そんなブラック企業だって言いそうにないノルマを課すって言うの? 今の発言は確実に勝訴できるレベルよ」

「ルシファーさん……流石に、それは――」

「ちなみにノルマクリアのご褒美は一回だけ私に『お願いができる権利』」

(……少し記憶を遡り過ぎたな)

 そんなことを考えつつ、ルーザーは再び回想に意識を戻す。

 その後、ルシファーの提案を受け、意外にも乗り気だったのがリンネの方だった。

「それは良いわね。あんたに『お願い』ができるなんて、どんな無茶を頼んでやろうかしら?」

 初めて見るような邪悪な笑顔でリンネが呟き、ルシファーも苦い表情を浮かべて、迂闊な発言を後悔しているようにも見えた。

 そして、チラシを配るために二手に分かれたリンネとルーザーだったが、人通りが元々少なかったために一時間程粘っても配れたチラシは十枚にも満たなかった。

 ここで見知らぬ黒い車が目の前で止まり、ルーザーの意識が唐突に途切れる。

(そうだ……車。あの黒い車から男が下りてきて……)

 声を出そうとするが、口にはガムテープが貼られており、喋ることができない。何とか口だけでも解放させようと、ジタバタと身を揺らすが、手を縛る縄が解けることはない――代わりに、空間が一気に広がった。そして、初めて自分が後部座席に横たわっていることに気付く。

 高級車なのか、後部座席には人一人横になれるくらいの幅があり、ホテルの一室のようでもあった。

「お目覚めですか。ああ、暴れないでくださいね? 折角、無傷でこうして会談の場を設けることができたのですから」

 話しかけたのは運転席に座る金髪の女だった。バックミラーに映り込む女の目は弱者をなぶることを愉しむ獣のようだった。慇懃いんぎんな口調とは裏腹に、悪意や害意が露骨に表れている。

「私は角弓突破とっぱと申します。ルーザーさん、あなたを誘拐させていただきました」

「……………………っ!?」

「抵抗はあなたのためになりませんよ? 少なくとも、『敵地』でただ暴れることは愚行です」

 角弓の言葉を合図に、シートから棘のような突起物が飛び出し、ルーザーの左足を貫いた。ジュクッ……と骨をかすめ、筋肉をシェイクするような痛みと熱は心臓に強烈なショックを与えた。

 口をふさがれているにもかかわらず、角弓の耳にもハッキリと届くくらい大きな悲鳴が漏れ出した。

 研究施設で地獄のような日々を送ってきた。投薬による痛みで寝たきりになり、眠るまでがずっと苦痛だった。

 しかし、それでもここまで一瞬で襲いかかる激痛はなかった。

「失礼。痛みで黙るかと思えば、そうでもありませんでしたね。かえってうるさいくらい」

 淡々と、事務作業でもしているかのように感情の籠っていない声に、パニックを起こしかけていたルーザーの頭が冷えていく。

(こいつは……殺すことに抵抗が無い。慣れている……)

 この空間において身の安全なんてものは絶対に保証されない。

だからこそ、ここは痛みに任せて泣き叫ぶのではなく、まずは左脚の痛みを歯を食い縛り、耐えることを選んだ。

「ええ。静かなのは喜ばしいことです。ですので、ガムテープを剥がすくらいは構いませんよ。それでは――」

 今度はシートの布地からニュッ、と人形のような腕が伸びて、ルーザーの口を塞ぐガムテープを剥がす。

 ようやく口が利けるようになったルーザーを待ち構えていたのは、角弓突破という謎の運転手からの提案だった。

 いや、それは提案というよりも、命令に近い――脅迫だった。

「あなたには私達の雇い主様のいる施設の本拠地にご動向を願いましょうか。勿論、拒否は許しません――あなたは私のお客様ではありませんので」

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