5話 終わりの始まり
『スズキ、またドロップしたのか?』
賢護の問いに頷きつつも、内心ではおかしいと思う自分がいた。
あれほどまでにモンスターからスキルを吸収することができなかった日々が嘘のようで、サービス最終日の今日は100%の確率で手に入っている。
しかも、今回は貴重な竜種のスキルだ。
この調子で行けばどんどんスキルを取得できるのでは、と期待に胸が躍る半面、どんなにスキルを手に入れても今日でクラン・クランはプレイできなくなってしまうのだから、意味がないと落胆する自分もいた。
『サービスが終了するって事で、運営の出血大サービスってやつですか?』
『これ見てッス! 〈古竜ナグルス〉のレアドロップ素材、〈古森の竜鋼石〉ッスよ!』
『なんで最終日なんだよおお。これがあれば、〈炎滅の剣ナグルス〉が作れたかもしれないのによおおおぉぉ!』
『……ドンマイ』
クロードさんの嘆きは、そのまま俺の心の叫びを代弁していた。
しかし、だからといって最後の瞬間まで非難に明け暮れる程、俺はネガティブでもない。ずっとモンスタースキルを追い求め、不遇なプレイスタイルだと後ろ指をさされようが〈魔物喰らい〉を使い続けてきたのだ。このスキルに関しては極めてきたという自負と誇りがある。こうなったら、あと一時間で可能な限りモンスタースキルを集めてやろうじゃないか。
ただ、俺達は中堅クラスの傭兵だ。
最後の冒険ということで、自分達の活動範囲内では最もレベルの高いダンジョンやフィールドばかりをうろついているわけだが、行ける場所は限られている。それでも、この2時間だけでかなりレアリティの高いスキルを獲得しいるとなれば、俄然やる気が出てくるというものだ。
古竜ナグルス系統のスキルを手に入れた事も嬉しいが、今日だけで〈炎の剣爵アモデウス〉や〈終焉を呼ぶ金獅子〉、〈血塗られ貴公子ヴァンパリード〉などなど、たくさんのモンスタースキルを取得している。
その中でも、特に異彩を放っている二つに目を通しては、俺はひっそりとほくそ笑む。
〈愉快な道化猿 Lv1〉
『経験値を得やすくするスキル』
〈幸せの蒼い鳥 Lv1〉
『スキルポイントが獲得しやすくなるスキル』
この二つは、〈古き神々の森〉に来る前に探索した〈沈まぬ黄金船〉で出現したモンスターから獲得できたスキルだ。
他のスキルと何が違うのかと言えば、それは一目了然。戦闘中にのみ発現する類のものではないということだ。経験値入手率上昇にしろ、スキルポイント獲得率上昇にしろ、常に効果を発揮しそうな能力だというわけだ。まだスキルのLvが1なため、どんな効果のあるアビリティを習得できるかは定かではない。ただ、こんなモノが手に入るのなら、ステータスにすら影響しうるスキルと出会えるかもしれない。
『次は〈猫王の花園〉にいこ~』
俺がニマニマとモンスタースキルの可能性へと思いを馳せていると、後ろから逢世が首に腕を回して抱きついてきた。
『うおっ、な、やめるんだ』
『どうして?』
本気で逢世は疑問を感じているようだった。
こういう所が災いしているのだろうか、と余計な思考を入れてしまう。疎いとかトロいとか、主に学校にいる女子達の間で囁かれている苦言を思い出し、『やれやれ』と小さく溜息をつく。
ゲーム内とはいえ、少しだけ人目が気になるのだ。
俺だって空気が読める方でもないし、人の気持ちに敏感な人間でもない。だから、逢世の事をとやかく言える筋合いはないのだが。
カナタちゃんのこちらを見つめる瞳に、どこか悲しそう色が揺らめいていたので、心苦しく思ったのだ。
『こうなったら今日は、壊し尽く……遊び尽くすわよ!』
そんな微妙な空気を討佐が大きな声で壊していく。
『え、えっ、ウサミちゃんは気合い満々ってやつですか?』
やめればいいのに、そこへすかさず光が短気な討佐へ茶化しを入れていく。
『壊してあげるわ』
『ぐひょえええええええっ』
討佐が問答無用で光の股間を蹴り上げ、絶叫が走ったところで男性陣の腰がサッと引ける。ゲーム内なのだから、痛覚は遮断されているはずなのに、光は心底痛そうに転げ回り、その姿はこちらにも痛さがうつってきそうな程に壮絶だ。学友をこんな無様にした討佐といえば、そんなオーバーリアクションに苛立ったのか、更にゲシゲシッと無言で踏みつけていく。
二人のいつものやり取りに、俺も含めみんなが自然と苦笑してしまう。その隙にスルっと逢世の腕から抜けておくのも忘れない。
『よし! 次は〈猫王の花園〉な』
収拾がつきそうにない二人の応酬を、いや一方的な討佐の攻勢を、頼りになる俺達の団長がパンッと両手を叩く事で落着させる。そして冒険再開の合図を送った賢護の号令に従い、俺はみんなの後へと付いて行くのだった。
――――
――――
湖に沈んだ都市。
聖教ハイデリンの廃墟。
『綺麗ですね……』
カナタちゃんが思わず、そう呟いてしまうのも無理はない。
高い建築物や小高い地区を残して、街の半分が水に浸食されてしまった今は亡き聖教の残骸都市。
眼前には、古びた白亜の石が積み重ねられて造られた小塔、尖塔、十字架などが彫り込まれた教会が静かに佇んでいた。
それは廃れたにも関わらず、不思議と人に美しいと思わせる絶景となっていた。
水に反射する夕日が、灰色に染まった建造群を白紅く輝かせ、かつての美しさを廃墟に蘇らせる。いや、この崩れ陥ちた都市だからこそ、盛況と寂寥を同時に連想させる優美さを引き出せるのだろう。
『我らが傭兵団〈黄昏時〉には、ふさわしい最後の風景ッス』
俺達はそんな静謐な街並みを一望できる場所、時を知らせるために使ったであろう〈鐘楼塔〉のてっぺんにいた。
大きく錆ついた銅色の鐘を背にし、それぞれの姿勢で寛ぎながら暮れなずむ廃墟を眺めていたのだ。
『もう、終わりなんだな……』
賢護がしみじみと告げる。
『クカカカッ。出会いあれば別れありってなぁ! まぁ何かあったら、現実の方でも気軽に連絡してくれや』
『た、確かに! いつでもラインで連絡はとれるしね』
寂しさなんて吹き飛ばす口調で笑い声を上げるクロードさんに、セッカが同調していく。
『あっれ~? セッカちゃん、寂しいってやつですか?』
『ミツ、あんたのスマホは破壊しておいてあげるわ』
それをしょうこりもなく茶化す光と、すかさず窘める討佐。
『あっれ~? ウサミちゃんは嫉妬ってやつですか?』
『どうしても破壊されたいようね』
またもや騒ぎだす光と討佐に、みんなはいつも通りの苦笑い。
その笑顔は表面上こそ渋面を作ってはいるが、確かな温かさを帯びていた。あえて口には出さずとも、その気持ちはこの場の誰もが共有しているはずだ。
『でも、やっぱり寂しいです……』
『同意……』
ガンツさんが短い一言でカナタちゃんにコクリと頷く。
そう言えばガンツさんの素顔って、結局最後まで見れなかったな、なんて事にも今更ながら気付く。
いつも頭からスッポリと兜で覆っている彼の素顔はいったい、どんなキャラデザなのだろうか。
『…………』
ガンツさんに続き、沈黙ちゃんが無表情でカナタちゃんの頭をそっとなでりこした。
そして、彼女はスッと両手を前にだし、指を猛烈な勢いで動かし始める。
あれは、チャット機能を起動させたときの動作だ。きっと沈黙ちゃんは何かを伝えるためにタイピングをしているのだろう。
『…………』
それから数十秒後に、『ピコーン』っとフレンドチャットの知らせが鳴る。
周りを見れば、みんなにも届いているようで宙空をタップしている仕草が見受けられる。
俺もさっそく沈黙ちゃんから届いたフレンドチャットを開封すると。
『(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/~♪ みんなと遊べて本当に楽しかった。嬉しかった。嬉しかった、嬉しかった、嬉しかった……嬉しかった嬉しかった嬉しかった嬉しかった嬉しかった嬉しかった嬉しかった嬉しかった。ありがとう……ありがとう、本当にありがとう。ありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとう。サヨナラ』
という文字によって記された内容がしたためられていた。
『こええよ! これじゃあ、感謝なのか呪いなのわからねえぞ!』
クロードさんが遠慮のないツッコミを沈黙ちゃんにかます。
『…………』
しかし、当の沈黙ちゃんは何故か両頬を染め、もじもじと長杖を石畳の上にぐりぐりとこすりつけていた。その顔はほんの少しだけ、ごく僅かにだが嬉しそうに微笑んでいた。
『なんで照れてるんだ!?』
最後の最後まで、みんなの笑い声は響いていた。
『さて。こうやって直接顔合わせる事は最後になるわけだが、みんな元気でな!』
そんな賢護の締めに続いたのはピエロくん。
『俺っち、名案発案ッス! オフ会とかどっすか!?』
『そ、そ、そそれは! し、してみたいです!』
以外にもピエロ君の提案にのったのは、カナタちゃんだった。
『クカカカカ! おめーら未成年だろうが。もうちょっと大人になってからにしろや、そーいうのはよぉ』
『同意……』
最年長の二人組は、至極まっとうな意見を述べる。
『やっぱり、駄目ですか』
『そうなると、少しだけアンタらが羨ましいかな』
『そっすね』
カナタちゃん、それにセッカとピエロくんは、同じ学校のメンバーでもある俺達へと視線を寄越す。
まあ、みんなの言いたい事もわかるし、ゲーム内でしか関わりのない傭兵団メンバーと比べたら寂しさは半減かもしれない。
でも、元々は賢護も逢世も討佐も光も、クラン・クランがなければ学校ではそんなに絡んだりはしないメンバーだったのだ。
きっと俺達は、少しずつ離れていく。そんな気がした。
だから、
『俺達には俺達のできることをする』
賢護が定めた、傭兵団『黄昏時』の標語を口にしていた。
いつも俺達を守り抜いてきた賢護とガンツさんは、防御こそ優れているものの攻撃力はゼロに等しい。
クロードさんは火力にステータスを極振りするあまり、近接系の斬撃スキルを主軸にしている割に物理防御力は紙ペラ同然だった。同じくPT存続の要でもある回復役のカナタちゃんも、キャラステータスを魔力とMP特化にしたため防御に関しては著しく低い。
魔法攻撃を得意とするセッカや沈黙ちゃんは、ダメージソースはあるものの行使する魔法の規模に対してMPが少なく、戦闘に行くたびに高価はMP回復アイテムをいくつも必要とする傭兵団の金食い虫。
遊撃と索敵が主な役割のミツとピエロくんの二人に関しては、実を言いうと彼らは戦闘スキルよりも職人スキルの方を鍛えているため、同レベルの傭兵からしたらかなり戦闘力に劣る面を持っている。
攻守共にバランスの取れたアイは、ステータスこそ魔法剣士にふさわしいモノを持っているが、その場の立ち周り方や咄嗟の判断能力がやや欠けているため、PT戦において空回りすることも多々あった。
唯一、高火力に加え安定した破壊をもたらすことのできたウサミだが、その冷静沈着そうな表情とは正反対で、激情したらすぐ破壊衝動に駆られてしまい、味方ごと吹っ飛ばすこともしばしば。
俺はと言えば、ご存知変わり種すぎて役に立たない〈魔物喰らい〉を使い続けることを諦めなかった偏屈そのもの。
そんな変人の巣窟とも言える俺達〈黄昏時〉が、今日までクラン・クランを楽しめてきたのは、賢護を中心に自分達のできることをそれぞれが認識し、協力し合ってきたからだと思う。
ゲームも現実も、人間にはそれぞれに個性があって。
もちろん得手不得手がある。
それを各々が把握し合い、互いが補っていけば、一つの強力な結果を生みだせるのだと。ゲームを通じて学べた。こんな事を改まって思うのは何だか不思議な気分だけど、俺の中ではソレが確かな財産になったと感じている。
『現実でも、ゲームでしてきた事を……同じ事をするだけさ』
だから、大事なものを教えてくれたみんなには笑顔で別れを告げたかった。
『また会えたら、会おう』
みんなは俺の最後の言葉に対し、ただ、ただ、無言で頷いていた。
:クラン・クランはこのたびをもってサービスを終了とさせていただきます:
ふと、運営の終わりを告げるログが流れ始めた。
:本ゲームを本日まで、ご利用していただき誠にありがとうございます:
『礼を言うのはこっちの台詞だ』
賢護が漏らした独り言は、この場にいる全員の気持ちを代弁した言葉だった。
『神ゲーってやつですかね?』
『クカカカ! おもしれぇ発見がたくさんあったなぁ!』
『楽しい冒険もあったっす!』
『壊し甲斐のあるものもね』
『……仲間も』
ガンツさんがフルフェイスの中から湿った声を吐き出す。
『親切な人達と』
カナタちゃんが背筋をピンっと伸ばして囁いた。
『たいせつな友達と~』
逢世がゆるい声で、引き継ぎ。
『…………』
沈黙ちゃんが沈黙をもって、リーダーへと最後の言葉を促す。
『いい出会いがあった』
万感の想いを込めて、団長は晴れやかに言い切った。
:では、傭兵の皆様。人生という名の険しい冒険を生き抜いてください:
:ご検討をお祈りしております:
『みんな、またねー』
逢世の見当違いな別れの言葉に、みんなが笑った。
それが、俺の。
みんなの顔を見た最後の瞬間。
そうなるはずだった。