4話 魔物喰らい
『……くるぞ』
円筒刑の兜ごしのくぐもった声で注意を喚起するガンツさんは、メイスを握りしめながら大盾を構えた。
『さがれ! ここは俺達がおまえらを守る!』
賢護の宣言を受けて、〈古竜ナグルス〉に集中攻撃を仕掛けていた前衛たちは、各自後方へと急いで下がって来た。
〈古き神々の森〉での、ボス級モンスター〈古竜ナグルス〉。
モンスターの中で最強と言われる竜種のなかでも、強い魔力を持った古竜種。その体躯はなかなかに大きく、体長は20メートル程もある。全身を堅固な緑の鱗に覆われ、〈王鉄鋼〉も容易に噛み砕くと恐れられる強靭な顎と牙を持つのが古竜ナグルスだ。今や、その口角は俺達へと向けられ、捕食しようと狙いを定めている。一方で、翼がない代わりに異様な発達を遂げた前足は、一振りで巨木を次々と薙ぎ払い、凶悪なかぎ爪が獲物を求めて暴風のように暴れ狂っている。
『引き寄せろ、〈汝の気に食わぬ者〉!』
そんな、森の守護者という設定のわりにやりたい放題なドラゴンに向けて、盾と剣、鈍色の甲冑に身を包んだ賢護が敵の注意を引くアビリティを発動させた。あれは上級スキル〈聖守騎士〉で習得できる、かなり利便性の高いアビリティだ。使用者の物理防御力を一時的に上昇させつつ、指定した敵一体の注意をひきつけるタンク役にはもってこいの技。俺達を守る騎士は全身に赤いオーラをまとい、〈古竜ナグルス〉の敵意を自身へと集中させた。
『ガンツさん、たのむ!』
『……〈不屈の祈り盾〉』
堅護に乞われたガンツさんは、俺達の団長さまの前で大盾を構え直し、アビリティを発動させた。彼の大盾を中心に反透明なもやが広がったかと思えば、それは巨大な盾を象った形に変化した。
そんな防御一徹な二人に、〈古竜ナグルス〉の鋭く太い爪が襲いかかる。
ギャリッっと耳をつんざくような破砕音が何度も響いてくるが、俺達を守ってくれる防護壁はそう簡単には根をあげなかった。
『そろそろ、まずいわよね。あのトカゲを壊しにいく?』
『うちらが攻勢に出ないと、ケンゴーたち危ない気がする』
ウサミとセッカが攻撃魔法を放とうと準備をするが、猛攻撃を凌いでいる賢護が一瞬だけ振り向き、それを制止した。
『ダメだ! お前らに奴の敵意が向いたら、やられる!』
『っでも!』
反抗気味のウサミに、賢護は首を激しく振った。
『待ってろ! 俺がお前らを守ってやる!』
爪による攻撃が効かないと悟ったのか、〈古竜ナグルス〉は苛立ったようにその頭を一瞬持ち上げ、天へと吠えた。
あれは、ドラゴンの最大火力となる息吹攻撃を放つ直前に見せる動作、もしくは古竜特有の魔法攻撃を発動する前触れのどちらかだ。
そんな敵の習性を見逃さなかった賢護は、俺達から離れるように右斜め前方へと駆け出した。
『ケンゴーさんとガンツさん以外の方が、竜の攻撃を受けたら一撃でキルされちゃいますよね……』
何度も守備前衛二人に保護魔法をかけ続けているカナタちゃんが、賢護とガンツさんを必死に目で追いながら分析を口にする。
『俺が、お前らを守るのは当たり前だろ』
竜の攻撃すらも防ぐ我らがリーダーは、いつもの口癖をニヤリと笑って放ってくる。
『団長って地獄耳っす』
『団長ってかっこつけってやつですよね?』
ピエロくんや光の意見には賛同するが、いかんせん巨大な敵を相手に一歩も引かない賢護の姿は間違いなくカッコイイ。
『クカカカッ! 今はアイツらに任せるがぁ、この後が俺達の本番だぞぉ!』
クロードさんが太く長い両手剣を大上段に構え、豪快に笑ってみんなを奮い立たせた。
『おっおっ? ブレスってやつですかね?』
『魔法に100円』
『じゃあーブレスに100円賭けちゃい』
対して、後方待機している光と逢瀬、俺の三人は明日のジュース代を賭けていたりする。先に言い訳をしておくが、これは決して後方にいるからといって、遊んでいる訳ではない。近接戦に弱いヒーラーや魔法使いを守って戦っていたりするのだ。
というのも、〈古竜ナグルス〉は常に数体から数十体の〈竜化病〉という魔物と行動を共にしているのだ。奴らは人間に鱗が生え、口や頭、腕など、個体によるが部分的に竜化してしまったモンスターであり、俺達の役割はこいつらと交戦すること。もし、〈竜化病〉にカナタちゃんが襲われて、前衛への支援を切らせてしまったら大惨事になるので気は抜けない。
だけど、必死で竜の攻撃を受けて止める賢護達ほど大変な役割ではないため、こうした軽口を言える余裕があったりするのは事実だったりもする。
『そのうるさい口を叩き壊されたいの?』
そんな空気に苦言したのは、もちろん討佐だ。
『脅しってやつですかね?』
双剣を振り回し、華麗に〈竜化病〉の尻尾攻撃をいなしては切り込みを入れる光が討佐に向かって微笑する。
『すみません』
対する俺は光のような態度を貫く勇気はなかったため、敵の中途半端に変化した鉤爪によるひっかきをしゃがんでかわし、モンスターの腹部に拳を叩き込みながら謝っておく。
『ご、ごめんなさい……』
同じく、隣にいた逢瀬も小盾を上手につかい、噛みつこうとしてくる竜顔の牙を受け止め、氷を纏った片手剣をお返しとばかりに振りかざしながら、討佐に謝罪していた。
『そんなことより始まるッすよ、団長の十八番が』
そこへ短剣をひらめかせ、素早い身のこなしで〈竜化病〉に背後攻撃を決めるピエロくんが、賢護の方へと目を向けるように俺達を促してくる。
賢護は俺達から離れた場所で一人、〈古竜ナグルス〉に狙われていた。
太古から生きる竜の口から、猛り狂う蒼炎が膨張しそうになった刹那。俺達の団長は剣を地面へと突き刺し、声高らかに叫んだのだ。
「我が剣に宿れ、〈神代の護剣〉!」
全てを飲み込み、焼き尽くし、蹂躙し、破壊すると慄かれている竜の炎。
その中でも〈古竜ナグルス〉が吐き出すブレスは特殊なもので、木々やその他の遮蔽物を焼かない。そこは〈古き神々の森〉の守護者だけあって設定に忠実なのかもしれないが、つまるところあの蒼い火は貫通力を持っている。
例え、障害物に身を隠しても炎の手から逃れることはできないため、俺達、中堅クラスの傭兵PTじゃ攻略するのはかなり難しいと言われている。そんなモンスターを相手に、ここまで奮戦できているのは、賢護が保持する〈聖守騎士〉スキルの恩恵のおかげでもある。
奔流凄まじい業火が賢護へと迫る光景は、何の抵抗も許されずに一人の傭兵が燃え尽きる未来の姿を連想させる。だが、我らが団長はそれを覆すのだ。
あわや賢護の身体に炎が降り注ぐかに思えた、ほんの一瞬前にソレは地面へと突き落ちた。天空から光の剣が、白く輝く巨大な一振りが賢護の剣に宿るように突き立ったのだ。実体のない光の大剣の刀身はゆうに10メートルは超えている。その剣幅は広く分厚く、竜の炎を切り裂き、遮断するように阻んだ。
〈神代の護剣〉。
それは5秒間の間だけ、使用者のHPが全損するダメージを負ってもHPが1だけ残るという強力なアビリティ。
古竜が吹く熱に耐えきった賢護は、背後で待機していた俺達へ一斉攻撃の合図を送る。
『みんな! 次で仕留めてくれ! もう俺はさっきのでMP切れだ!』
〈古竜ナグルス〉というモンスターは攻撃力、防御力共に優れ、やつが吐き出す炎に至っては、俺達が浴びればひとたまりもない相手ではある。おまけに汎用性の高い魔法攻撃はこちらを翻弄するのにかなり有効かつ、強力な攻撃パターンを繰り出してくる。だが、そんな奴にも実は弱点がある。それは必殺の炎を吐いた直後は数秒間だけ、身体をうずくめるという仕草をするのだ。その、モンスター特有のアルゴリズムを利用し、俺達は〈竜化病〉の襲撃を凌ぎながら、賢護を中心にドラゴンの隙を誘発し、何度も一斉攻撃を仕掛けていたのだ。
今回で7度目である。
『うーっし! 少しの間、耐えきれよスズキぃ! カナタちゃんの事は任せたぜぃ!』
クロードさんを中心に、傍にいた仲間たちはカナタちゃんを残して全員が巨竜へと突撃をかましていった。
さっきまでの攻防は光と逢世、ピエロの三人でカナタちゃんの護衛を務めていたが、今回の集中アタックで〈古竜ナグルス〉のHPを全損させなければならないため、最後は俺以外の全員で仕掛けにいったのだ。
『任されました!』
数十秒、もてばいい。
『ま、守ってください、です』
カナタちゃんの声を背中で受けとめ、周りを取り囲む5体の〈竜化病〉を睨み据え、俺は拳を構える。
実を言うと、俺は傭兵団の中で最弱の攻撃力だったりする。だから、いつも決定的な場面ではカナタちゃんを守る役に徹する事が多い。いつからか、自然とこの組み合わせが定番となっていた。
『〈魔物喰らい〉〈解放〉〈要塞級のスライム〉!』
俺は自分のアビリティを解放しながら、背後にいるカナタちゃんへ『了解』と笑みを送る。
〈魔物喰らい〉というスキルは、モンスターが保有するスキルを奪い、自分で行使できる稀有なスキルなのだ。
〈要塞級のスライム〉というスライムの親玉から手に入れたこのスキルは、最も使い慣れている事もあって、発動と同時に順序良くアビリティを顕現させる事ができた。
『〈眷族の生成〉!』
そして、モンスター固有のアビリティを発動。
腹部から沸き上がる軽い嘔吐感に堪え、俺はスライムを口から吐き出した。
『ゲホッ、ゴホッ、オエエエッ』
襲い来る〈竜化病〉三体に、ゲボをまき散らすように、弾力に富んだ丸い最弱のモンスター、スライムを勢い良くぶつけていく。
どうしても、見た目はよろしくないかもしれない。でも、俺にできることはこんな事しかないのだ。
面喰らった〈竜化病〉だったが、大した攻撃力のないスライムたちはすぐにひっぺがされてしまい、そのまま即座にキルされた。さらに背後から頭が竜化したニ匹の〈竜化病〉が、カナタちゃんに狙いを定めて噛みつこうと接近していた。
『さ、させるか!』
今の状態では敵の攻撃を受け止めるために、カナタちゃんの後ろに回り込んでいる猶予は微塵もない。
『〈びよよんぽよよんボディ〉!』
すかさず、俺は〈スライムキングス〉のアビリティを発動。
俺の上半身と下半身の間、つまりお腹の部分がびよーんっと伸び、そのまま身体をカナタちゃんの背後へと回していく。伸びきった俺の上半身は見事に〈竜化病〉の噛み砕きを受け止め、ブニブニっと気色の悪い音と共にバチンッと元に戻った。その勢いに弾かれ、二体の〈竜化病〉はたたらをふむ。
この〈びよよんぽよよんボディ〉はかなりダメージ吸収率があるため、たいして俺のHPは減らなかった。だがいかんせん、見た目がかっこよくない。
『だ、大丈夫ですか!?』
それでもカナタちゃんは駆け寄ってきて、回復魔法を俺へとかける素振りをしてくれるから優しい子なのだろう。とにかく俺は、彼女の申し出に素早く首を横に振っておく。
『俺じゃなくて、前衛のみんなにしてあげてくれ!』
すこしだけ、逡巡したカナタちゃんだが、古竜へと猛攻撃を敢行する仲間たちへと視線を戻していき、回復魔法の詠唱へと入っていった。俺はそれを見届けたあと、必死に敵の攻撃を受け、かわし、反撃していく。
ときにスライムというゲロを吐き出し、ときに自身の身体をスライムのように伸ばし、膨らまし、応戦し続けた。
時間にしてわずか数十秒。
しかし、戦闘中の数十秒は本当に長くしんどいものだ。
特に守るべき者が後ろにいるのを意識しながらの戦いは、精神のすり減る速度がいつもより3割増しに思える。ましてや守る対象が回復役で、団内最年少の異性であるならば、なおさらかっこ悪いところは見せられない。
〈魔物喰らい〉という変なスキルを行使しているおかげで、そんなところを気にかけるのは今更な感じはするけども、そこは俺にとっての最低限の線引きだ。
『やったぞ!』
ようやく賢護の歓喜に踊る勝利の声が響き渡る。
俺のHPはレッドゾーンに差し掛かっていたため、かなりギリギリだったといえよう。「ほぅっ」と内心で安堵の息を吐き、俺はニコっとカナタちゃんに笑いかけながら、〈古竜ナグルス〉が倒れゆくさまを見る。
同時に周囲ではびこっていた〈竜化病〉たちも倒れ、その身をキルの証でもあるポリゴンエフェクトと変化させ、光の粒を爆散させていく。
どういうわけか〈竜化病〉のアルゴリズムとして、付き従う竜が死ねば竜化病も死に絶えるのだ。
竜の消滅と共に、竜化病たちが一斉に消え失せ、彼らの結晶たちが煌めき宙空を漂う中、俺とカナタちゃんの二人は、前衛のみんなに笑顔を送っていた。
『スズキさん……いつも守ってくれて、その……ありがとうございます』
不意にカナタちゃんが、お礼を言ってきた。
『これぐらいしか、俺にはできることがないから。大したことじゃないよ』
年下の女の子に真摯な感謝の気持ちをぶつけられ、少しの照れと動揺を隠すように軽く自分の頭をかいた。
『何度見ても、綺麗ですね』
白き衣をまとう我らが最年少のヒーラー少女は、霧散しつつあるポリゴンエフェクトを指して呟く。
まるで、キラキラと舞う星屑のような光景に最初の方は見惚れたなーっと、懐かしい気分を思い出し『そうだね』と微笑む。
『こうやってスズキさんと一緒に戦えるの、最後なんですね……』
光輝く中でしょんぼり佇む彼女の姿は、神話に出てくる小さな乙女にも見えた。やっぱり寂しいのは俺も彼女も同じなんだなって思いつつも、先輩風を吹かすために俺はカナタちゃんの頭をぐりぐりとなでてやる。
『カナタちゃん、また新しいゲームが出たら一緒に遊ぼう』
『はい……』
さて、俺にはまだ肝心のやる事がある。
不遇スキルと揶揄される〈魔物喰らい〉として、最も醍醐味と言わざる瞬間を逃してはいけない。その思いに駆られ、みんながいる〈古竜ナグルス〉の亡骸へと歩を進めようとした。しかし、それは軽く、だが確固とした牽引力によって静止させられた。
『ん?』
振り向けば、カナタちゃんが俺の袖を引っ張っていた。
『あ、あの……』
彼女は目が左右へと泳ぎ、頬がほんのりと紅潮している。
中学一年生であるカナタちゃんだが、普段はあまりこんな感じで取り乱す姿を晒す事は少ない。そうでなければ冷静な判断力を必要する、ヒーラーの役割を果たし、俺達を支えることはできなかったはずだ。
そんな彼女の様子が少しだけおかしい。
『ん?』
消えゆくポリゴンエフェクトの中で、カナタちゃんは俺の疑問符に、それはもう小さな声で何かを言った。
『……き、』
どしたんだろう。
『…………ぅき、です』
今にも消え入りそうな声で、再度なにかを言ってくる彼女だが上手く聞き取れない。
俺はそんな彼女に『どうしたの?』と聞き返そうとするが、『早くドレインしないと、〈古竜ナグルス〉から出る魂の結晶が消えちまうぞー?』という賢護の呼び声が背後からかかり、俺はそちらへと振り向く。
『カナタちゃん、ちょっと待ってて。消える前に回収しておかないとだから』
『あっ……はい……そ、そうですよね。ど、どうぞ……』
もじもじする彼女から急いで離れ、巨大なドラゴンの消えゆくポリゴンエフェクトへ右手を伸ばす。
『おっおっ? 今日はやっぱり調子がいいってやつですか?』
『今更感が満載すぎて、スズキを破壊したいわ』
『すずき、しっかり吸うんだよー』
高校メンバーの茶化しをスルーし、俺は右手を眩い光のエフェクトへと向ける。
『〈魔物喰らい〉〈解放〉〈むさぼる〉』
これがスキル〈魔物喰らい〉の特性。
倒したモンスターが放つポリゴンエフェクトへ右手を掲げ、モンスターのスキルを超超超超低確率で奪い、自分のスキルとして保持できるというものだ。
正直に言えば、奇跡とも呼べるぐらいの入手率なため、モンスターのスキルを獲得するのはかなり苦労する。
何千何万と同じ敵を倒す作業を気の遠くなるほど繰り返し、やっと吸収できた、という事例はいくつもある。しかも、このスキルを使用すると二日間、自分が着けるありとあらゆる装備のステータスにマイナス補正がかかるという優れ物。さらに〈魔物喰らい〉が不遇と言われ、実用的でないと批判されている大きな原因がある。それは、一定期間、〈魔物喰らい〉を使用しないとスキル欄から消失してしまうという。
つまりは天文学的な確率を追い求め、モンスターのスキルをゲットしようとし続けるのであれば、全装備のステータスが何を付けても弱体化するという呪いと共にプレイしていかなければならない。しかも、その覚悟があったとしても、モンスタースキルの全てが使える能力であるわけでもないし、そもそも滅多に手に入ることがない。
かくゆう俺もこの茨の道を歩み続け、一年半で獲得できたモンスタースキルは、たったの七つだけ。しかも、どれも使えない代物ばかりで、唯一実戦的だったのは『要塞級のスライム』から喰らったもののみ。
そう言うわけで、〈魔物喰らい〉というスキルを使わなくなる者は多く、いつの間にか消えているといった傭兵が大半だ。というか、このスキルが実装されてから、未だに使っている奴って俺以外に見た事も聞いた事もなかったりする。
:スキル〈古竜ナグルス〉、スキル〈森の竜法〉、スキル〈下位竜化〉を獲得しました:
そんな使い勝手の悪いスキルのはずだが。
どういうわけだろう。
今日に限って、通算28個目のモンスタースキルの吸収成功のログが流れたのだ。
お読みいただき、ありがとうございます。