3話 傭兵団『黄昏刻』
「さっむ……」
学校を出て逢世に連れられたのは、女神公園と呼ばれている所だった。公園中央に女神像らしきものが置いてあることから、自然とそう呼ばれている。わりと小高い場所にあって、街を一望できるため景観はいいのだけど、いかんせん冬の冷たい風がもろに身体を吹きつけてくるのが汚点だ。
「逢世、ここに何か用があるのか?」
「んーん。ブランコ」
用があるのか、ないのか。良く分からない答えではあったが、ブランコを指差した逢世は俺の返事を待たずに、ててててっとブランコへと近寄り、ぺたんっと腰をおろした。
そして、子供のようにブランコをこぎ始める。
「えぇー……なにそれ……」
正直、みかんでも食べながらコタツにもぐりたい気分でもある。
というか、早くも賢護たちと合流したくなってきた。
「にゃんくぅ」
しかしながら、逢世がブランコをこぐたびに、制服のプリーツスカートがひらめき、そこから覗く黒タイツの根元に視線が吸い寄せられそうになってしまうのもやぶさかでもない。
見ても、見えるわけではない。
ただ、見えそうになるだけだ。
それでも、気になってしまうのが男子高校生の悲しい性かな。
「すずきも、ブランコ」
「はいはい……」
良く分からないけど逢世はこの寒い公園で、ブランコがしたかったようだ。
この調子だと、みんなとの集合場所に行くには時間がかかりそうだ。
下手をしたら、ここでクラン・クランにインするって事にもなりかねないだろう。
俺はスクールバックからマフラーを取り出し、首にまきつけて顔をうずめる。
嬉しそうにブランコをこぐ逢世を横目に、彼女に習ってブランコをこぎ始める。ブランコに乗るなんていつぶりだろうか。
「はぁ……」
小さな溜息が寒空の下、こぼれたのだった。
――――
――――
『今日はね~狩りがいい』
気の緩みそうな口調とは正反対に、物騒な内容を口にした逢世こと『アイ』と表記されたキャラ名のアバターの言葉に、傭兵団『黄昏刻』の面々は曖昧な表情になった。
結局、俺の予想通り現実で公園に居続けた俺と逢世は、そのままクラン・クランにインするハメになってしまった。
あと3時間でクラン・クランが終わる中、最期をどうやって過ごすかと賢護が傭兵団メンバーに問い掛けたところ、普段はこういった場面でほとんど意見しない『アイ』がモンスター狩りに行こうと言いだしたのだ。
『お~? アイちゃんはド派手に暴れたい感じですか? まっ、俺は何でもいいよ』
『わたしは別にそれでもいいわ。最期まで壊し尽くして過ごすのも楽しいわね』
光こと『ミツ』と討佐こと『ウサミ』の同じ高校メンバーは賛成の意を示す。
ちなみにだが、アイ以外のキャラアバターは現実の姿とは違い、自分達の理想が反映されている見た目になっていたりする。どのゲームにもあるけど、キャラクタークリエイション機能というモノを使い、ゲーム内で操る自分のキャラを作成した結果の産物だ。ごく一部の傭兵は、現実の身体データをスキャンさせ、現実とほぼ同じ外見でキャラを作るリアルモジュールという機能を使用している人もいると聞くが、俺の知る限りそんな傭兵は逢瀬以外に数人としか会った事がない。
『ゆっくりしたいって気分もあるけど、うちもそれでいいよ』
ミツやウサミに続いて賛同したのは、セッカだ。
小柄な彼女だが、冷徹メガネと呼ばれている討佐に負けないぐらい気は強い。傭兵団内では遊撃ポジションを担っている。
長い漆黒の髪を二つに分けて結い上げている彼女は、自身のツインテールを指でいじりながら、率直な意見を述べた。
『わたしは……みなさんと会えるのも最期になるだろうし、その……おしゃべりとか、してたいなって』
おずおずと遠慮がちに、チラリと俺の方を見ながら、反対意見を述べるのはトワノカナタちゃん。
白い衣をまとった彼女は、傭兵団最年少であり、癒し手の役割に就いている。カナタが人の意見に、遠まわしながらも反対するのはこれまた珍しい。
現実では中学1年生、もうすぐ中学2年になるというカナタだが、内向的な性格が拍車をかけているのか、周りのメンバーからは良く可愛がられている優しい子だ。
『任せる……』
ただ、一言。
重々しく口を開いたのはガンツさんだ。彼は俺達よりも少し年上で都内の大学に通う先輩だ。
全身鎧の重装備に加え、頭から顔まですっぽりと覆ったグレートヘルムは厳めしく神殿戦士っぽい出で立ちになっている。十字の切り込みが入っただけの円筒兜からは、感情を伺うことはできないけども、戦闘中は賢護と肩を並べてPTメンバーを守る盾役を買って出ているため、みんなの信頼も厚い。
『てか、平日でサービス終了とか鬼畜ッす。おかげで、うちの傭兵団、大人勢が全然インしてないッスよ』
軽薄そうな喋りで、話題を転換したのは『ピエロ』くんだ。
キャラ名ほど奇抜なファッションや見た目をしているわけではないが、ロン毛にヒョロっとした体格は道化師を少しだけ連想させる。短剣スキルを自在に扱い、主に罠感知やダンジョン内の捜索で活躍してくれる。
『そうだなピエロ。最後の日なのに、オージーさんやダンディズムマンさんと一緒にプレイできないのは寂しいよな』
賢護は今ここにいない社会人傭兵の名を数人、口に出しては残念そうにする。
『クカカカッ。そのうちインしてくるだろよぉ。サービス終了までに間に合うといいんだがなぁ……ところで賢護よぉ』
『はい、クロードさん』
この中では最年長の大学生であるクロードさんが、豪快な笑みを賢護に向ける。
幅広で長大な両手剣を背中に背負う、我らが傭兵団の花方高火力傭兵、クロードさん。彼は賢護と同じく、現実で剣道部に所属しており、大学の部でもそれなりの功績を叩きだしているため、賢護が慕っている先輩だ。
『俺はよぉ、〈銀の錬金姫〉が起こしてるっていう最後の〈戦争〉とやらに参加するのもありだと思っているんだがなぁ』
『え、え、けっこうな数の傭兵が集まってるって感じですかね?』
すかさず話題に乗ってきたのは、光だ。
『らしいな。最後に大きな戦に参加するっていうのも醍醐味だろうよ。どうだぁ賢護』
背中の大剣をガチャリとならし、交戦的に微笑むクロードさんはとても様になっていて同性の俺から見てもカッコイイと思う。
『銀の錬金姫か……』
賢護は少しだけ悩んでいるようだ。
銀の錬金姫。
たしか、キャラクター名はタロ。
一見、男の子のような名前だが、れっきとした美少女プレイヤーでありクラン・クラン内では有名人物の一人でもある。
誰もが目を奪われる長く綺麗な銀髪を揺らし、青い燐光と共に現れる稀代の小さな錬金術士。
それが銀の錬金姫、タロだ。
彼女については様々なあだ名がつけられ、傭兵間の間ではおもしろおかしく噂されている。
日本昔話にでてくる金太郎はクマを従えたというが、こっちの太郎は一味ちがう。
いわく。
二人の金髪少女、『神官』と『賊魔』と噂され、合反する『黄金』傭兵を付き従える錬金術士、銀太郎。
猿、犬、キジの忠実な三騎士トリオな傭兵たちに警護される桃太郎。などなど、彼女には様々な呼び名が存在していた。
なかには、悪口とも言える呼称もあり、元ネタとは逆で頭脳だけが老いていてしまい、身体だけが幼児体型として取り残されてしまった少女。不気味で可哀そうな存在、浦島太郎と囁く者もいたりする。
俺は一度だけ、彼女が戦場で舞っているのをこの眼で見た事がある。
あれは、俺達と立っている場所が別次元の傭兵だった。
ありとあらゆる攻撃と防御手段を用い、敵をあざ笑うかのように翻弄しては、こちらの予測と常識をいとも容易く覆す、小さな身体で巨大な戦果をあげるその姿を俺は目に焼き付けていた。
強さに加え、美しさすら他の追随を一切許さない。
それが銀の錬金姫と囁かれ、一部の熱狂的な信者には『天使ちゃん』と呼ばれているトップ傭兵だ。
『一人で近距離、中距離、遠距離、全てをこなしちまうからな……あれは化け物だよ』
『魔法長銃とか強すぎってやつですかね?』
『あんなに破壊をばらまける少女なんて、ほんと羨ましい限りだわ』
『ほぇーかっこいいよねー』
我らが同じ高校のメンバーは口をそろえて、銀の錬金姫に対する称賛や感想を述べていく。
『でも、今日はダメなのです。狩りがいいのです~』
だけども、逢世がぽんやりと錬金姫が起こしている大騒乱に参加することを否定すると、クロードさんは『ふむ』と唸った。
『アイ、どうしてダメなんだ?』
賢護の問いに逢世はキョトンとした顔で凝視し、それから数秒後、さも当然と言った風に返答した。
『だって、ここにいるみんなだけで楽しみたいから~』
大規模戦争は確かに、他の傭兵団との交戦にも発展するし、敵味方入り乱れての混戦になるだろう。そうなれば、おのずと最後の時を共にする傭兵の人数が増えるわけだ。
それはそれで楽しそうな気もするけど、トワノカナタちゃんが『みなさんと、ゆっくりおしゃべりをしたい』という意見も鑑みると、大戦争に参加するとそんな余裕はなくなりそうだ。
『クカカカッ。そう言われちゃあ、折れるしかねぇな』
『じゃあまったりと、最後の狩りをみんなで楽しもうか』
クロードさんが爽快に笑い、賢護がすぐに決定をみんなに下す。
それから、二人は現実の部活について軽く話し合いを始めた。
『ケンゴー、来月はいよいよ県大会だなぁ。準備の方は大丈夫なんか?』
『はい! 苦手だった下段からの小手狙いへの対応もバッチリです。ですけど面打ちで少し不安な部分が……やはりゲームと違って防具は重いんですよね』
賢護は常に、剣導部の先達でもあるクロードさんの話しを熱心に聞いてきた。今日が最後ということもあって、積もる話しや聞いておきたい技術などが山ほどあるのだろう。
そんな二人を放置して、〈黄昏時〉のみんなは行き先をどこにしようかと悩み始める。
『じゃあ、どこを破壊しようかしら?』
『うちは〈常闇塔〉とか〈月見かぐら〉がいいと思うんだけど』
『……〈古き神々の森〉』
『え、えと。私は〈地下遺跡ギルガメシュ〉がいいかと思います』
『え、え、それって古代帝国の遺産シリーズのやつですか?』
『…………』
『うぃーっす! 俺っちは初心に帰って〈氷雪城マウントシェリー〉がいいっス』
『あぅー……〈沈まぬ黄金船〉か、〈猫王の花園〉がいいんだよ~』
そう言うわけで、俺の意見を発言する間もなく方針は定まっていった。実はこれ、いつもの事で日常的な光景だったりする。
なぜなら俺がメインで取得しているスキル、『魔物喰らい』が非常に使えない残念なスキルのため、戦力としてあまり機能しないのだ。だからこそ、みんなの意向に沿うしかない。
別にこういう扱いに対して不満はないし、むしろこんな変わったスキルを極めてしまった俺なんかと一緒にプレイしてくれる喜びの方が断然強い。
『なぁスズキ、お前は何かしたいことはないのか?』
それでも。
クロードさんと翌月に開催される剣導大会の話しに区切りをつけた団長さま、賢護は律義に俺の意見を求めてくれる。
『俺は狩りでいいよ』
コクリと我らが団長様に頷けば、俺と同様にみんなのやり取りを終始無言で見守っていた少女の方へと賢護は視線を向けた。
『沈黙ちゃんも、それでいいのか?』
真っ黒なローブをすっぽりと頭からかぶり、沈黙ちゃんと名を呼ばれた少女はゆっくりと右手を袖からまくり上げ。
『…………』
人差し指と親指でわっかを作り、OKのサインをリーダーへと送る。
これで全員の了承を得た賢護は『おっし』と気合いを入れ、
『お前ら! さっき言った場所、全部いくぞ!』
と大声を張り上げたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。