1話 退屈な日常には美少女を添えて
まるで囚人だ。
毎日同じ時間に起き、同じ学校に行き、似たような事をさせられる。半強制的な生活を余儀なくされる現状に対し、退屈という名の牢獄に閉じ込められてしまったかのような感覚に陥ってしまうのも無理はない。
もちろん、それなりの学生生活を送っているからには、多少の楽しみや人間関係のアレコレ、文化祭等のイベント事は体験してきた。
それでも小中学校という義務教育を終えて、高校生になってはみたものの、何の変わり映えのない日常には退屈していた。
「早く家に帰りたいな……」
俺は何かを諦めるように下校のホームルームをぼんやりと過ごす。
「眠いし、腰も痛い……」
じいちゃんの口癖が、思わず口から出てしまった自分に呆れつつも、腰かけた椅子をずらして楽な体勢へと移行する。
上半身を机にだらしなくつっぷし、顔だけ窓の方へと向けた。
冬の空気は澄んでいる。
西日が輝く夕空は綺麗で、俺の眼には酷く眩しく映った。その美しい紅は、呆ける俺を置いてけぼりにするかのようにゆっくりと沈んでいく。
なんの変哲もない、いつもの風景に思わず寂寥感がこみ上げてくる。
普段以上に無気力で、やる気が起きない原因が何から起因するモノなのかはわかっている。
何を感傷的になっているのやら。
たかがゲームのサービス終了日ってだけだろうに。
「きりーつ、ちゅうもーく、れい」
日直の号令に合わせて、俺は弛緩した身体に鞭を打ち習慣化した動作をする。
そんな慣例行事を終えた俺は、のろのろとした動きでスクールバックを担ぐ。
誰かが暖房の効いている教室のドアを開けたからなのか、肌寒い外気温が俺の頬をなでて、思わず身震いをしてしまう。
「あぁ、寒い……あったかい緑茶でも飲みたい」
「おい、鈴木。ジジ臭い事言ってないで帰ろうぜ」
テンションの低い独り言を打ち消すように話しかけてきたのは、いつも通りの様子な友人だった。
ハキハキと喋り表情は常に明るく、クラス内での印象もかなり良い部類に属する人種。彼の名は雄河賢護という。
スラッとした長身で、爽やかな短髪はイケメンの彼に良く似合っている。剣道部で活動しており、一年生にして団体戦のレギュラー入りも果たしている。さらに成績は上の下という高スペックの持ち主で、神に愛されし男子高校生とでも言えばいいだろうか。
そんな賢護が学校で話しかけてくるのは珍しい。
普段、俺とイケメンの賢護では所属するグループが違うから。
「おまえ、だるそうだな。やっぱ、『クラン・クラン』が今日でサービス終了するとか、納得できないからか?」
特に何か取り柄があるというわけでもない俺が、そんなクラス内ヒエラルキー上位者と会話をしているには訳がある。
「あぁ……」
小学校からの腐れ縁っていうのもあるが、こいつとは中学三年の二学期終わりから同じVRオンラインゲームにハマり、一緒に冒険してきた仲でもあるからだ。周りは受験期真っ只中のシーズンだったが、俺と賢護は推薦入試で同じ高校への進学が決まっていたので、他の連中より一足先に進路が決まった者同士、一緒にゲームに熱中してしまったのだ。
それから約1年半。
「あんなに頑張ってプレイしてきたのに……いきなりサービス終了って……そもそもオンラインゲーム史上、空前の大ブームを引き起こしたんだから、莫大な収益を上げてるはずだろ? にも関わらずサービス終了とかおかしい」
燻っていた内心の火が、再び燃え盛る勢いで俺は愚痴を吐いた。
「そりゃあお前、誰もが思ってる疑問だろーが」
賢護は肩をすくめて、軽い溜息をつく。
クラン・クラン。それこそが、俺達がどっぷりとハマっているVRMMOゲームだ。
世界観はよくあるファンタジーな感じで、剣と魔法を駆使してモンスターやプレイヤーと戦っていくのが主軸となっている。このゲームではプレイヤーが傭兵となり、傭兵団を結成し、都市や町を支配したりできる。PvP、いわゆるプレイヤーVSプレイヤーを推奨している節があり、多種多様なスキル群を背景に、かなり自由度の高い歯ごたえのある骨太なゲームとなっていた。更にVRゲーム史上初の、嗅覚、味覚エンジンを搭載していたこともあり、画期的なゲームでもあった。
開発元が『カグヤ』という無名のゲーム会社だったのだが、製造販売が大手のゲームメーカーに委託されてからは一気にVRゲーム界で話題となった作品。
誰もがそのリアルさに惹かれ、また現実ではできないような自由さに魅了され、多くの傭兵たちが暴力うずまく幻想郷を冒険している。
そのうちの一人が、俺でもあった。
「だから……やっぱり、どうしても納得できない」
「まぁそうだよなぁ。でもよ、俺達には俺達のできる事をする。それがゲームでも現実でも、変わる事のない俺らの方針だろ?」
屈託のない笑みを向けてくる賢護。
わかっているさ。いつまでもゲームに大量の時間を取られ、うつつを抜かしている場合じゃないってことは『時間は有限なんじゃ』と老い先短いじいちゃんが口をすっぱくして言ってくるからな。反論のしようもない。
だけど、やっぱり俺に向けた賢護の瞳にはわずかな暗い光が灯っていた。
彼もまた俺と同様の、いや、それ以上の未練や悔しさが、クラン・クランには残っているのだろう。
「賢護……」
クラン・クランというゲームは、正直に言えば対人戦に関しては鬼畜仕様だった。というのもサービス開始直後から始めてる傭兵に比べ、俺たち後発組にとってはレベル差によるステータス差がもろに反映される戦闘は厳しいものがあった。
そんな設定で、街中でも警察的な働きをする神兵というNPCに見つかりさえしなければ、PvPが可能といった始末。
上級者が初心者を『殺す』するメリットは少ない。
しかし、力を誇示したがる輩はどこにでもいる。
クラン・クランをプレイし始めた当初は、苦労に次ぐ苦労の連続だった。
貯め込んだ通貨を他の傭兵に奪われたり、執拗に初心者狩りに狙われたり。高値で売れるレアドロップ素材が、相手の手に渡ってしまった時は、枕を涙に濡らす思いだった。
そんな過酷な世界で、賢護は傭兵団を設立し、団長として団員たちをまとめ上げてきたのだ。
俺達のように後発で傭兵団を自ら立ちあげるのは珍しい。
なぜなら、傭兵同士で『戦争』というシステムが組み込まれている以上、大抵の初心者は既存の傭兵団の庇護下に入って活動するのが効率的でもあるからだ。
賢護や俺達、傭兵団『黄昏刻』のメンバーはそういったスタイルに迎合することはなく、良く言えば自分達で一から何かを創り上げていくのが好きな連中の集まり。悪く言えば、非効率的な変わり者の集団といったところだ。
そんな俺達も、今では中堅に喰い込むぐらいの強さを誇るに至ったのだが、そこまで辿り着くのに払った労力は人一倍だと思う。
そんな集団の先頭に立って導いてきてくれたのが、目の前のイケメン、賢護なのだ。
「ごめん。俺なんかより、賢護のほうがよっぽど……」
「よせよ。鈴木が、俺の代わりに憤ってくれるから、リーダーぶっていられる余裕ができるんだぜ」
イケメンスマイルで粋な事を言う友に、俺は軽くどついてやる。
「……おい、キモオタぁ。そこどけよ!」
賢護と互いにつつき合っていると、急に背後から棘のある声がかかった。
クラスでも幅を効かせていて、一年生でありながら野球部の二番手ピッチャーの座を勝ち取った、前田敦だ。
普段から威圧的な態度を取る場面が多い人物だが、ここ数日は特に、主に俺に向けて悪態をついてくる事が多くなった。そうなった理由は薄々、自覚はしている。
「おい、雄河ぁ。こんなキモい奴と絡んでじゃねえよ」
前田は賢護に向けて心底不機嫌そうに苦言する。賢護と前田は同じくらいの高身長であり、二人が居並ぶと少し迫力がある。
話しを振られた賢護はというと前田を正面から見据え、薄い笑みを浮かべた。
「なんだよ、前田。ゲームの話をしてるだけだぜ? ゲームぐらい、お前もした事あるだろうが」
「はっ。ゲームなんてしてるヒマがあるかよ。ただでさえ、ここんところ新記録の更新がバンバンされてるのによ。ってかお前、キモオタにずるずる引きずられて、現実が見えなくなっちまったりすんなよなぁ」
チラリと俺に目線を向けてくる前田。
そんな前田の気を引くように、賢護はスッと俺を隠しながら前に出ていく。
「おいおい、酷い言いようだな。あ、そうだ! 前田もクラン・クランをやってみればいいと思うぜ。って、今日でサービス終了だったか。せっかく逢世も一緒にやってるから楽しめると思ったのにな? 残念だ」
逢世という名前を言う時、妙に賢護が大きな声で前田に向けて発したのが俺にはわかった。
「っち。そんなゲームに興味はねえっつの」
前田は賢護の反応に苦虫をつぶしたような顔つきになり、俺を一睨みしてそそくさと教室を出て行った。
「全く困った奴だなぁ。前田はよ」
賢護は俺へと振り返り、呆れた笑顔を浮かべている。
「賢護……ありがとな」
ウチのリーダーはいつも。
ゲームでも現実でも敵のタゲを引き寄せ、守ってくれる。
まさに、PTメンバーの壁役になれるスキル『聖守騎士』の保持者らしい奴なのだ。
「なに言ってんだよ――」
そんな俺達の団長は、何でもない事のように笑う。
「俺が、お前らを守るのは当たり前だ」
そして、いつもの口癖を言う。
俺は苦笑して、賢護をののしってやる。
「この、かっこつけめ」
「お前らの団長様が恰好悪いとか嫌だろ?」
「ダサい団長も、支え甲斐があったよ?」
「ほざけ。俺がいつ――」
団長の無様な姿なら何度も見た。
それ以上に、たくさんのピンチを救われたけれど。
「剥製の雪姫ブルーホワイト戦で、ヒィヒィ言ってたのは誰だっけ?」
「おまえだって、獄獣王リンドブルム戦で悲鳴を上げてたじゃないか」
現実では、それほど接点があるわけでもない俺達だけど。
クラン・クランでは、戦友なのだから。
――――
――――
感じの悪い前田がいなくなってから、俺達はゲーム内での思い出話にしばらく花を咲かせていた。だが、互いがだんだんと感傷的になっていき、会話もポツリポツリと途絶え始めていく。
ふと賢護が呟いた。
「終わっちまうんだな……」
窓から差し込むオレンジが、賢護の顔にうっすらと影を作り出す。
暮れなずむ外へ目を向けた俺達のリーダーは、夜の帳に包まれようとしている空をジッと見つめている。
なんとなく、その顔には哀愁が漂っていて、俺も一緒に外を眺める。
どれだけ、二人で黙り込んでいたのだろうか。
クラスメイトはもう何人も残っていない。廊下から聞こえる話し声や、校庭で部活動に勤しんでいる生徒達の喧騒、それらが心地よいBGMとなって俺達を優しく包んでくれた。
「何を男同士、二人きりで黙っているの。変な友情劇みたいな空気を醸し出されると、ブチ壊したくなるわ」
そんな静寂な空気を壊したのは、少し冷たさを帯びた女子生徒の声。
続けて、男子生徒の何も考えていなそうなあっけらかんとした明るめの口調も続く。
「キミ達はそういう関係だったの? えっ、え、なに、ホモってやつですか?」
隣のクラス所属の二人が廊下から、俺達に絡んできたのだ。
女子生徒の名前は、討佐美沙。
周囲からは、その言動や態度から冷徹メガネなどと揶揄されている、常に成績優秀者上位に君臨する美人さん。長い漆黒の髪をポニーテールでまとめあげ、銀のフレームメガネの奥底から鋭利な視線をこちらに投げかけていた。
一方、そんな女子の横では、いかにも軽薄そうなロン毛の優男が口元をゆるめ、ニヤニヤとこちらをからかうような表情でおどけている。
彼は軽井触光といい、無類の女好きと噂されている変人だがイケメン。実際に本気で口説いている姿を見た事はない。
「おう、討佐に光か」
そんな二人に賢護は軽く笑いかけ、迷いのない足取りで近寄っていく。俺もそれに乗じて二人のツッコミどころ満載の絡みは、ひとまずスルーしておき集まっておく。この二人も傭兵団『黄昏刻』のメンバーだ。
いわゆる、ゲームでの仲間ってやつだ。
「貴方達、しんみりするのはまだ早いと思うけど?」
「えっ、え、なになに。ウサちゃんは、おいてけぼりをくらったのがご立腹ってやつですか?」
冷徹メガネこと、討佐をウサちゃん呼ばわりした光は顔を大きく傾けさせた。
討佐が光の耳たぶを唐突に下へとひっぱったのだ。
そして、そのまま強引に耳を口元に近づけたかと思えば。
「壊されたいの?」
と、ドスの効いた声で囁く冷徹メガネさん。
今日も相変わらず破壊衝動に駆られていますね。怖いです。
「おおぉ~寂しがり屋の小動物は怖いね~」
光といえば、そんな討佐の縮み上がるような脅しにも屈せず、片手で軽く討佐の手を振り払い『おぉ~いったいなぁ~』などと、耳たぶをさすっている。
「光は怖いモノ知らずだ」
そんな二人を見て俺がクスリと笑えば、討佐が眼光だけで射殺しかねない形相でこちらを睨んできた。
「えっ、え、ナイスなタゲ取りってやつですか? やるね、鈴木ぃ!」
「うわっ、ちょ、やめろよ。別に俺はそんなつもりじゃ」
光は俺へと強引に腕を伸ばし、肩をがっしりと組み、討佐を相手に俺達で共闘しようというポーズを取ってくる。そんな俺達を見据える討佐の眼の温度がますます急低下していくので、思わず背筋がブルリと震えてしまう。
「おいおい、お前らわかってると思うが――」
今日の8時でクラン・クランはサービス終了だからな。これから、みんなで打ち上げをするんだぞ。と、賢護は対立深まる、俺達と討佐の間に入る。
「貴方に言われなくても、私達はそれを言いに来た側なのだけど」
「ウサちゃんと、俺でね~」
「慣れ慣れしくしないで、壊すわよ?」
「照れてるウサちゃん、可愛い~」
「警告はしたわ」
と、討佐が鋭利な瞳に静かな怒りを宿したのを俺は見逃さなかった。
彼女は日頃からやりなれているのか、一切の躊躇なく素早い動きで右足を振り上げた。
数瞬後、『うひゃあおう!?』っと教室の床に崩れ落ちる光。
股間を蹴り上げられた光の醜態を見て、俺と賢護は互いの顔を見合す。光には同情の念を抱くと共に、自分のモノがヒュンっとなったので腰が微妙に退けた。
「と、と、とにかく。この日のために部活、体調が悪いって嘘までついて休んだんだからよ」
賢護らしからぬ、ちょっと上ずった声で場を仕切り直すように、俺達のリーダーは両手を広げた。
「クラン・クランにインした後、現実でもみんなで集まり、打ち上げといこう。場所は――」
集合場所を告げようとしていた賢護は、なぜか俺の後ろに目線を移すと、開きかけた口を一旦閉じて、言い直すように俺へと向き直った。
「鈴木、40分後にクラン・クランでな。用が済んだら、最期ってことだしよ、駅前のカラオケで俺らは先に集合してるから、サービス終了後もそこでパーっとしようぜ」
「え? 俺も一緒に」
行く、と言おうとした言葉は、不意に背後から掛けられた声にかき消された。
「すずき! はっけんした」
「あ、え?」
良く聞き覚えのある声に自分の名字を呼ばれ、反射的に振り向く。
そこにはいつの間に俺達の教室に入り込んだのか、とある美少女がいて――
さらに俺を指さしていた。
穢れを知らなそうな純白の肌。それとは対照的に、艶やかに長く伸ばされた癖のない漆黒の髪。瞳は大きく、どの愛玩動物よりも可愛らしいと思わせる形。鼻はスッと通っており、薔薇色の唇はふっくらとして蠱惑的だ。さらに、頭が小さくて非常に見栄えのよい等身を誇っている。学年1の美少女とほのめかれている彼女の名は、逢世優希。
「すずき~」
彼女は何がそんなに嬉しいのか、ひどく上機嫌で俺に近寄ってくる。
甘いシャンプーの香りが、俺の鼻孔をくすぐる。
実は、彼女も傭兵団『黄昏刻』の団員だったりする。
「変なのが来たから私達は退散ね。壊したくなる前に」
「えっ、え、邪魔しちゃ悪いってやつですか?」
「じゃあ、鈴木。また後でな」
討佐、光、賢護の3人は、それぞれのコメントを残し、その身を素早く翻した。
まるで、腫れものから逃れるような空気を醸し出しながら。
「ちょ、みんな」
俺が止める前に、戦友達は教室をさっさと去って行ってしまう。
「すずきー?」
きょとんと首をかしげながら、俺を呼びかけ続ける彼女をしぶしぶと眺める。
野球部の準エース、前田の風当たりが俺に厳しい理由。
それは最近急変した逢世優希の、俺に対する態度に他ならない。
お読みいただき、ありがとうございます。




