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時空の守者  作者: るー。
第四章 機械人形の恋
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第四章 機械人形の恋①

 魅かれる事。

 たった一人だった。

 その人は、ただ懸命に生きていて。

 己が出来る事に全力を尽くす。

 痛みに耐え、批判に耐え、

 出来る最善を尽くす。

 私はひたむきに生きる彼を支えたいと願った。

 己を顧みない彼が傷付かないように。

 いつだって笑顔を絶やさず、

 大切なものを抱えて続けて、

 守り続けていこうとする彼が、

 笑顔であり続けられるように。


 彼の傍で、

 彼の健やかな生を願うだけ。

   1

 カランカラン。

 ドアベルの音がとあるアパートの一室に響いた。

「では先生、行ってきますね」

 腰まで長く伸びる髪を軽く結った肌の白い若い女性が声を掛ける。

 女性に先生と呼ばれた男性は顔を上げる。

 女性と同じ年の位で、髭を生やした黒髪のややがっしりした体格をしており、少し大きな黒い瞳は彼の優しい人柄を表していた。

「行ってらっしゃい。カラシャ」

 彼は優しく微笑む。

 カラシャと呼ばれた女性は彼の微笑みに応える様に笑みを浮かべ、部屋を出た。

 彼女はアパートの中央階段を降り、外に出ると、今自分がいたアパートを振り返る。

 築何十年経っているか分からない建物。

 レンガの敷き詰められた壁は端からボロボロと崩れかけている。

 二階の窓を見上げれば、窓枠にプレートが据え付けられており、風に揺れ、キコキコと鈍い音をたてる。

 『コールセル診療所』

 それが彼女が働いている職場の名前。

 そして先程の医師と彼女の二人だけで経営している。

 どんなに崩れかけた建物でも、どんなに従業員が少なくても、彼女にはそこが何よりも大切な場所だ。

 カラシャは視線を下ろすと、歩き始める。

 目に入るのはいつもと変わらぬ光景だ。

 建物の階段や路地に座り込み、暗い瞳でこちらを見る者や、生気も失ったような虚ろな瞳で何処と無く見つめている者が多く見られる。

 彼らの風体は一様に薄汚れていて、日に日にやせ衰えていく。

 その多くは家を失った者や、追い出された者たちだ。

 この数年、この街の治安は極端に悪い。

 弱者と見られてしまう女性、子どもは一人で道を歩くのも危険になりつつある。

 それでも働かなければ明日の生活さえままならなくなってしまう為、家にじっと籠もることも出来ず、ただ何事も無くやり過ごせるように祈りながら、子ども大人関係無く出稼ぎの為に外を出歩く人の数が減る事は無かった。

 職がある者はまだましだ。

 職も家も何もかも失った者たちは刻々と増え、あぶれ出し、結果、ただ路地で座り込みはたまた寝転がるしかない。

 ほんの数年前までは穏やかな笑顔が溢れ、人が賑わい、他のどの街よりも過ごしやすい街と言われていた。

 気が付いたら彼らの住むアパートの住人の顔も変わり始め、仕舞いには居つく者もまばらになってしまっていた。

 毎日挨拶を交わしていた近所の奥様や子どもたちも何処へ引っ越したのか、別れの言葉も無くいなくなり、今では言葉を交わすものもいない。

 時折以前顔見知りだった者と道端で出会うが、すっかり顔つきが変わり、人格も変わっていて、脅かされた事もあった。

 その時の衝撃は今でも忘れられない。

 こんな風に変わってしまった理由は――。

 ドォン!

 考えていた瞬間、遠くから爆音が響いてきた。

 数百メートル先で起きた爆発のはずなのに、通りの向こう側で発生した煙は、左右隙間無く埋める背の高い建物を通路にし、彼女まで降りかかる程に一気に流れ込んでくる。

 爆発の衝撃は空気を伝わり、周囲の建物の窓の軋む音が鳴り響き、地響きが体を揺らす。

 人は起こった爆発に、ある者は心配そうに、ある者はその現場まで駆け出し、ある者は脅えるように踵を返すとその場から逃げ出す。

 しかし彼らの大半はやや視線を上げ、爆発の起こった先を見上げると、関心なさそうにまた視線を下ろした。

 カラシャは一瞬振り返り、診療所へ戻ろうかと考えたが、爆発尾起こった通りに向き直ると駆け出した。

 途中爆発から逃れてくる人波に流されそうになりながら、彼女は現場へ向かう。

 その爆発の起こった中心地に近付くにつれ、人の数は多くなっていった。

 何事かあったかと窓から覗き見る人、店から外に出てくる客、店員、現場の調巣を遠めで眺めながら言葉を交わす通行人。現場から非難してくる人。

 彼女はその中をすり抜け、爆発のあった場所まで辿り着いた。

 元々はアパートだったのだろう建物の大半が半壊しており、元々何階まであったか分からないが既に一階部分は押し潰され、最上階だった部分だけがどうにか形を留めていた。

 その周囲も同様で、両隣の建物も爆発に巻き込まれ二階以上が半壊、道路を挟んで対面してい建物も飛んできた瓦礫の被害を受け、窓は割れ、壁のあちこちがボロボロと穴が開き、崩れていた。

 壊れた建物を囲むようにして人々は座り込んでいた。

 ある者は血を流し、己の服の上から出血部を押さえ込んで項垂れている。ある者は道路に倒れ込み、ピクリとも動かない。ある者はまだ起こった出来事を頭の中で整理できずにいるのかおろおろと歩き回っていた。

 介抱しようと駆け寄る人々もいたが、殆どの人間は腫れ物でも触るかのように目を反らし、見て見ぬ振りをして通り過ぎていった。

 カラシャはそれに対して何を言う事も、求める事もせず、体がありえない方向に曲がり拉げ、呻きを上げる犠牲者に駆け寄ると、テキパキと処置を始めた。

「大丈夫ですからね」

 そんな言葉は気休めにしかならない。気休めにもならないかも知れない。そう分かっていても彼女は苦しみ、助けを求める彼らに声を掛けた。

 まだ意識のある者は顔を上げ、驚いたように彼女を見ると、痛みからなのか、それとも助けようとしてくれる彼女に救いを感じたのか、皆一様に顔を歪ませ、涙を零す。

 一人一人に声を掛けるが、それでも満足な処置が出来る程道具も薬も無い。

 カラシャは助けを求める声に言葉を返し、自分の服の裾を握り締める手を握り返す。

 いつもの事であるのは分かっている。

 爆発が起こるのも、逸れによって沢山の命が失われていく事も。

 けれど彼女は無力な自分にいつも絶望する。

 やはり自分一人で来ても仕方が無かったか。先生を呼びに一度戻った方がいいのか。

 それとも自分はここにいて誰かに先生を呼んできてもらえるようにお願いした方がいいのか。

 迷っていると、殺伐とした場にそぐわない、間延びした声が聞こえてきた。

「あーびっくりした」

 全壊した爆発場所の瓦礫の下からゆっくりと小さなシルエットが現れる。

 小さな体の少女はシャツとショートパンツの姿に、髪を後頭部で一つに括っており、あまりにもラフなその姿はとてもその場にそぐわなかった。

 瓦礫の埃でやや煤けていた彼女は叩いてそれらをほろいながらカラシャに近付いてくる。

「突然家が崩れてくるんだもん。びっくりしたー。って?あれ?何してんの?」

 とても今爆発に巻き込まれたとは思えないくらい程間延びした口調にカラシャは唖然としてしまう。

「あ…あの…貴方は平気?何処も痛くない?」

「ん?ああ。平気」

 恐る恐る尋ねるカラシャに少女はカラカラ笑って答える。

 周囲からは未だ傷を負った人の呻き声が聞こえてくる。カラシャが今手を握り締めている人だって、痛みに涙を零している。

 その中でカラカラと明るく笑う少女にカラシャは自然と安堵の息が零れる。

「そいつを助けるのか?ほら。手伝うよ」

 少女はカラシャの横で彼女にしがみ付く男に目を留めると、手を差し出す。

「あ」

 カラシャが声をかけるよりも先に彼女はカラシャから男を引き離すと、上向きに寝かせ、潰れてしまった足を見遣ると、崩れた建物の瓦礫の中から添え木になりそうな木を探し、また近くから同じように探し出した布を足に巻きつけ、固定する。

 その慣れた手つきにカラシャは少し驚いた。

「オレは医者じゃないから、取り敢えず応急処置しかできねぇ」

 彼女の視線を気にした様子無く少女はそう言って立ち上がると、周囲を見渡す。

「相当酷いな。かなりハデに崩れたな…」

 溜息混じりに呟くと、少女は何処と無く歩き出す。

 カラシャは今まで出会ったどの人たちとも異なった雰囲気を持つ少女をつい目で追ってしまい、彼女の行動を見守っていた。

 まるで道を尋ねるように少女は通り過ぎる人に声をかける。助けを求めているのだろうと思ったと同時に、それが無意味である行動である事もカラシャは理解していた。

 彼女の予測通り声をかけられた男性は二、三言言葉を交わすとそのまま無視し、歩き出そうとする。

 いつも同じだ。

 この街の人たちは日常茶飯事に起こる出来事に気を留めていられない。ただその被害が自分の身に降りかからないよう祈り、自分を守り、生かすのに精一杯だ。

 それを決して非難してはいけない。彼だだってそれだけで限界だ。

 少女の行動の結末が分かっていたので、カラシャは視線を逸らし、自分が今少しでも出来る事をする為に立ち上がろうとした。その時、声がかかる。

「おーい。こいつも手伝ってくれるってよ」

 のんびりとした声が響く。

 驚いて振り返ると、少女に声をかけられていた男性が面倒くさそうに、それでもこちらに向かって歩いてきていた。

 少女は男性の後ろ姿を見つめ、カラシャの前まで行くのを確認すると、また別の人間に声をかけ始める。

 カラシャと言えば、暫し声を出す事も忘れて唖然としてその一連の光景を見つめていた。

 彼女は自分に近付いてきた男に視線を向けると、彼はやや面倒くさそうに彼女を見て、それからまだ瓦礫の下にいる人を探しに歩き始めた。

 その間にも少女に声をかけられた人間がぽつりぽつりと集まり、救助は格段に早くなり始めた。

 助けられる。

 そう思ったら、カラシャは力が湧くようだった。

 少女の声かけにより集まり始めた人々は要領は悪いが少女の指示の元、ゆっくりとではあるが治療の流れが出来始める。

 カラシャはそれを見定めると、指示を出す少女に声をかける。

「あの。私、カイル先生を呼びに行ってきます」

 そう告げると、少女は片眉を上げ、何を思ったのか不思議そうにしながら問い掛ける。

「先生…って医者?」

「はい」

 カラシャには彼女が何に引っかかったのか分からないが、ただ頷いて呼びに行こうと踵を返すと、呼び止められた。

「まともに応急処置できんのあんたぐらいだから、あんたは残って。代わりにそこの使えない男。お前行って来い」

 少女が近場にいた男に声をかけると男は驚いて声を上げる。

「俺が!?」

「そう。お前。ちびちびと小せぇ瓦礫しかどけてなくて、やる気ねーだろ。ちったぁ使えてみろや」

「何だよ!それ!」

 嘲笑う少女に男は反論しようとするが、次の言葉を発する前にピシリと固まる。

「何だ?もう一発くらいてぇのか?」

 ベキベキと指を鳴らし威嚇する少女。

 その空気はカラシャと話す時とは打って変わり、少しでも反論すれば取って食われそうな一発触発の威圧感を放っていた。

「あっあの…やっぱり私が!」

「いっいい!いいよ!俺が行ってくる!」

 男は歩き出そうとするカラシャを制止し、逃げ出すように駆け出した。

「そのまま逃げんなよ!」

 男の背中にダメ押しすると、少女はくるりと振り返りにっかりと笑う。

「オレは真澄。あんたは?」

「…カラシャ」

 戸惑いながらおずおずと答える。

「よろしくな!カラシャ!」

 少女は屈託の無い笑みで、彼女の名を呼んだ。


   2

 元々は住居だったのを改装し、間取りを広く取ったその部屋は薬品の匂いが充満していた。

 設置してある棚は殆どスカスカで何点かラベルの付いている薬品の瓶が置いてあったが、その中の容量も僅かなものだった。

 他にある物は机と椅子、そして一人分のベッドのみ。

 机の上には備え付けられた棚に無造作に差し込まれたカルテの束。そして僅かばかりの診療器具と治療器具が置いてあるだけだった。

 真澄は勧められた診察用の椅子に座り、ぐるりと周囲を見渡すと、興味深そうに繁々とそれらを眺める。

「何か、カツカツだなぁ」

「すみません。閑散としていて」

 続き部屋で奥は住居スペースにしているのだろう、戸口から一人の青年が現れる。

 ぼさぼさの髪に、無造作に伸ばした髭。よれよれの白衣を纏い、仮にも綺麗な格好とはいえない彼は真澄の前の椅子に座った。

 愛想よく笑う彼は風貌からすると年長者を思わせるが、その笑みが年相応の若さを感じさせる。

 真澄は笑みを返した。

「別に。ここまで薬がまわって来ないのか?」

「ええ。今日みたいな事は日常茶飯事なので。数ヶ月に一度程度ですが配給される僅かな資源もすぐに底を尽いてしまうんです」

 真澄はそれに言葉を返す事はせずに頷いた。

「ありがとうございます。この街の人間に代わってお礼を言わせてください。僕を医者を呼んでくれて。爆発した瓦礫の下に埋まっていた人たちを助けてくれて」

 そう言って彼は深々と頭を下げ、そして顔を上げるとにっこりと笑う。

 よく笑う奴だと思いながら、真澄ははたはたと手を振る。

「大した事じゃない。生きてる人間が埋まってんだ。助けるのが当たり前だろう。まだ生きてる可能性があるんだからな」

「そう言って働いてくれる人はもう少なくなってしまったんですよ。この街では」

 彼は悲しげに笑うと、窓の外に視線を移した。

 暫く沈黙が続いたが、突然男はばっと振り返る。

「そうだ。自己紹介がまだでした!爆発現場に呼ばれてすぐに救助に当たっていたからゆっくり挨拶する暇も無しに失礼しました。僕はマルク・コールセルと言います。そしてあちらがカラシャ」

 隣室にいたカラシャは名を呼ばれると同時にトレイを持って彼らのいる部屋へ入ってきた。

「ハジメマシテ。オレは真澄」

 既に会ってから結構な時間が経っているのだが、改めて挨拶をするマルクの生真面目さとくすぐったさに真澄は苦笑する。

 カラシャはトレイに乗せていたカップをマルクと真澄に手渡した。

「どうぞ。といっても、嗜好品の配給は殆ど無いので、ただのお湯ですけれど」

「んにゃ。ありがとう」

 真澄は気にする様子無く笑うと、カップに口をつける。

「ところで真澄さんは何故ここへ?見たところこの辺りに住んでいる方じゃないですよね?」

 同じように白湯を飲むマルクもカラシャに小さく礼を言い、尋ねた。

「まーな。何となく?色んな所をブラブラしてるのが好きだから立ち寄っただけ」

「こんな危険な地域に?わざわざ?女の子一人で?」

 信じられないというように、マルクは目を丸くする。

「危険だって知らなかったし。そうそう、聞きたかったんだよな。ここは今何が起こってんの?」

 爆発に巻き込まれ、沢山の死傷者を見て、救助までして、少しは動揺してもいいはずなのに全く動じた様子無く、冷静に状況を尋ねてくる真澄にマルクは驚いた。

「…凄いね。冷静だね」

「まぁな。慣れてるし」

「…慣れてるんだ。世界って意外とこんな事日常茶飯事な街が多いのかな」

「いや。どうだろう。多いかも知んないけど」

 しれっと答える真澄の様子に、マルクはただただ感嘆した。

「じゃあ。これが当たり前なのかな。――この街は国境の街なんだ。この街の東側、ここから歩いて少し行った所、そこが国境で、最近この国は隣国との関係が良くない。まだ大きな戦争にはなっていないけど、何かの際にぶつかり合う。それがさっきの爆発だ」

「でも、オレがこの街に入ってから兵士らしい格好した奴見た事ねーけど」

「まだ国と国同士として戦争として始めてはいないからね。だから大ぴらな行動はできない。お互いの国にスパイを送り合ってる状態。互いのアジトらしい所を見つけると建物自体を破壊する過激な事もする。そして、ある区域で激しい戦闘が始まる。その時になって初めて両国の兵士たちが現れて戦いを始めるんだ」

「てことは今の対策は疑わしきは消しとけ。ということで民間人も巻き込まれる訳だ」

 色んな所をブラブラするのが好きだというだけあって、俯瞰的な状況把握が早い。マルクはつい真澄をまじまじと見てしまう。

「この街に暮らす住人としては、国境向こうの町の人たちとも仲良くしていたから――というより、私たちに国境はあまり関係なかった。昔からここに暮らしていて、そこに国なんてものが勝手に決めた国境なんてものがある。っていう程度だったからね。それが突然憎しみあえといわれても戸惑うし、実際国の中央から来たらしい人が殺しあう姿を見せられてもどうすればいいのか分からない」

 真澄は話を促すように、相槌を打ちながら、カップの湯をコクリと飲む。

「この街を捨てて逃げればいいんだろうけど、何十年も馴染んだ街を捨てる事も、離れて暮らす事も勇気がいるよ。しかも戦争だって始まらないかもしれない。このまま収束するかもしれない。そんな期待も捨てられないし」

 マルクは座っていた椅子から立ち上がると、窓から街を見つめる。

「ただ街の機能は停止してしまい、物流は殆ど動かない。配給は数ヶ月に一度。国としてはここの住人を少しでも早く追い出して、ここに前線を引いて隣国と戦いたいみたいだ」

「成程」

 真澄はもう一口白湯をすすると、カップを机の上に置く。

「ごっそさん。ところで、あんた随分国事情に詳しいんだな。普通そこまでの状況、ある程度の段階になったら一切民間に流さなくなると思うんだが。しかもこんな戦場になるかもしれない現地なら尚更」

 鋭いところを突かれ、マルクは苦笑する。

「一応この辺りにも情報ネットワークの回線が来てるんです。だから受信できる端末さえあればネット上から情報を得る事は可能なんだ」

 そう言って彼は二つ折りに出来る四角形で厚みの無い小さな画面とキーボードの付いた端末を見せる。

「と言っても一般ネットワークは既に遮断されていますけど。特殊ルートからちょっと情報を頂きました。――その回線もこの間の爆発で遮断されましたけど」

 彼の言葉に真澄は「ああ。成程。だからか」と納得する。

「カラシャが回線を繋いだのか」

その言葉に丸くは目を丸くするとまた笑みを深くする。

「ええ」

「カラシャは機械人形だろう?」

「はい」

 そう言ってマルクはカラシャを見る。

「元々は情報サービス系の機械人形として作られたらしく、情報収集の分野に明るかったんです。でもよく分かりましたね」

「よくできてるよな。動きも自然だもんなぁ」

 真澄は立ち上がると、彼女の横に立ち、二人のやり取りを見守っていたカラシャの周りをくるりと一周する。

「一瞬見ただけじゃカラシャを機械人形だと気付く人は少ないんですが」

「そうだな。会話もスムーズだし。でもなんつーか、匂いが無いからかな。生き物独特の」

 真澄の匂いを嗅ぐ仕草にカラシャも思わず自分も己の匂いを嗅ぐ仕草をする。マルクはそんな二人を見ながら「成程」と呟いた。

「後は、瓦礫を片付けてた時の人の反応。手助けてもらった奴ら、オレの話は聞くけど、カラシャの話は全く聞く気も無い。つーか最初から無いもののように、それこそ物のように扱うからさ。人として対等に見られてないから変だなと思って」

「マスミさん、さっきから凄い洞察力ですね」

 マルクは驚かされるばかりだ。

「じゃなきゃ、そうだなあんたらの言うところの生きていくことできねーんだよ」

「それだけ物事の状況把握するのに長けているのに、何故危険なこの街に?」

 マルクが再度疑問を口にすると、マスミは顔を上げ、きょとんとする。

「状況把握するのと、危険かどうか判断するのと、どう行動するのかは別物だろ?」

 あまりにも合理的で、それでいて常人には無い肝の据わり方。

「マスミさんは何処かの軍人だったりするんですか?」

「いや」

 常人であるマルク自身が納得できそうな答えを問うが、あっさり否定される。

 彼女は一体何者なんだ?

 普通の人が爆発に巻き込まれてこれ程落ち着いていられるはずがない。

 しかも応急処置も、瓦礫に埋まった人たちを救い出す為に人へ与える指示も素早く、正確だった。

 何より、今、この街がどんな状況かを伝えて、しっかりと状況把握も出来るほど頭の回転も速いのに。

 それでも何一つ動じず、彼女は焦る事もなければ逃げようとする様子も無い。

「別にそんなに睨まんでも。気が向くまでここにいて、気が向いたら出て行くから。あんたらよりもずっと自分の身を守れるから安心してくれ」

 いつの間にか疑問が不信に変わり、表情に出ていたのだろう。それまで何処か超然としていた真澄が困ったようにマルクを見返していた。

「す…すみません」

 マルクは慌てて謝る。

「ところで、オレは本当にここに泊まっていいのか?」

「あ。どうぞ。何も無いところですけど。それでよければ部屋は空いているので。僕はこの部屋で寝るので寝室を使ってください」

 爆発現場である程度の処置も終え、いざマルクとカラシャが診療所に戻ろうとしたところで、真澄にお礼と労いの言葉をかけたのだが、何処へ帰るのか聞いたところ泊まっていた建物が丁度瓦礫と化した事話をされ、泊まっていくように誘ったのだ。

「いいよ。オレがこっちの診療所で。何処でも寝れるし、外だって別に構わなかった…」

「それだけは止めてください!」

 真澄の言葉を途中で遮り、マルクが止める。

 そう、彼が無理やり連れてこなかったら、彼女は野宿をすると言い放ったのだ。

 どのくらい強いのか、自分の身を守る為の術を持っているのか分からないが、日々無法地帯へと変わっていく街の中に少女一人歩かせる事も、ましてや野宿させる事も倫理的にマルク自身が自分を許せない。

 自分の安心の為に好きなだけ泊まっていいから野宿だけは止めてくれと懇願して来てもらったのだ。

「僕は男ですからここで大丈夫。診療用のベッドがあるからそこで寝ますから」

「そうか…悪いな」

 真澄がマルクの勢いに圧され、やや困惑しながらそれでもにっこりと笑うと、彼も安心したようににっこりと微笑み返した。

「そうだ。一つだけ」

「?」

「カラシャにも心があると思うか?」

 真澄の問いに動揺したのは、マルクよりもカラシャ本人だった。

 マルクは少し考え込むと首を横に振り、悲しそうに、そして何処か割り切ったように笑う。

「カラシャに心があればいいなと思いますよ。確かにカラシャは見た目や仕草も人間らしく振舞う。けれど全てプログラムなんです。学習能力のあるプログラムを使用しているから、考えて行動しているように見えるだけなんです。それだけは科学では決して超えられない。カラシャの思考は0と1の羅列で成り立っているんです」

「そうか。--科学者らしい考え方だ」

 納得するようにこくこくと首を縦に振り、頷く真澄に、マルクは苦笑した。

 カラシャはただ悲しそうに俯いた。


 診療所の向こう、戸口の奥には小さな調理台とそして簡素なテーブルと椅子、タンスとベッドが追いたった。

 カーテンは付けられていなく、部屋の中全体を見渡しても元々持ち物自体が少ないせいか小ざっぱりとしていた。

「何か本当に必要最低限の物だけだなぁ」

 真澄はドアを閉めて呟いた。

 別にドアを閉めなくてもよかったのだが、マルク曰く『男女がいつでも行き来できる状態のまま寝るのは良くない』らしく、仕方が無くドアを閉めた。

そしてカラシャは調理台で簡単な夕食を取った後の片づけをしていた。

「すみません。大したものなくて」

「んにゃベッドがあるだけで十分」

 真澄は笑って答える。

 カラシャもこの部屋で一緒に休むよう指示されていた。真澄はそれも断ろうとしたが、マルク曰く『女性を一人で寝かして何かあったら大変だ。カラシャがいれば不審者に気付くから一緒の部屋にいさせてくれ』との事。

 何処までも紳士な男だ。

 真澄はそんな事を思う。

 といっても本当に何かあっても一人どうにかしてしまえるので逆にちょっと煩わしいと感じた事は内緒だ。

 一人用のベッドに座ると、そのままパタンと背中から倒れ込む。

 そして薄い毛布にくるまり、ごろごろしているとカラシャが覗き込んだ。

「あの…」

「ん?」

 何かを言い出し辛そうに尋ねてくるカラシャに真澄は顔を上げ、ベッドの上で胡坐をかいて座る。

 それでも次の言葉を言い出さないカラシャに焦れながら、真澄は彼女に自分の隣に座るように促す。

 カラシャは頷くと、ベッドに座った。そしてばっと顔を上げると、真澄に向き直る。

「マスミさんは機械人形ではないのですか!?」

「ぶっ」

 真澄は思わず噴出すと、ゲラゲラと笑い始めた。

「オレが機械人形~!?んな訳ナイナイ!」

 ベッドの上で腹を抱えて丸くなって笑う真澄にカラシャは戸惑いを見せる。

 一頻り笑い終えた真澄はそんなカラシャに気が付くと、まだ笑いの余韻を残しながら起き上がった。

「残念だけど、機械人形ではないよ」

「でも!あんな激しい爆発で壊れた建物の中から傷一つ無く出てきたじゃないですか!?」

「んー。まぁ、人より頑丈だから」

「そう…なんですか…?」

 そんな人間見た事無い。そう思いつつも、機械人形には情報をインプットされていない頑丈な体を持つ種類の人間だっているのかもしれない。カラシャはそう理解した。

「と言っても、オレほど頑丈な奴もいねーと思うけど」

 そう言って真澄はまたカラカラと笑う。

 カラシャは一緒に笑っていいのか分からず戸惑ってしまう。

「んで。どうしてまたそんな事を聞く?」

 笑い終えると、きょとんとして真澄はカラシャを見た。

 コロコロと表情と行動の変わる真澄にカラシャは気後れしながらも言い辛そうに話し始める。

「その…。コールセル先生と心の話をしていたじゃないですか。だから、その、マスミさんも機械人形だからそんな事聞くのかなと思ったんです」

「あー。成程」

「私は機械人形です。コールセル先生の仰る通り、私の全ては0と1で成り立っています。私という自我は学習能力のある回路で経験する情報を全て0と1の情報に分解して精度を上げています。精度を上げる事で直面する複雑な情報は更に緻密に分解し判断する精度を上げています。――だから機械人形に心と言うものは存在しないのだと思います」

 そこまで言ってカラシャは表情を暗くする。

「私には痛みがありません。今何処かが壊れたとしても痛覚の無い私には痛みが分かりません。私は先生の診療の補助をする為にいます。けれど私には先生の元へ来る患者の痛みを理解するする事が出来ない。どのように処置のお手伝いをすれば患者の痛みを軽減出来るのか分からない」

 カラシャはマスミの腕を持ち上げると、右手首をぎゅっと握る。

「腕を怪我して、血が流れてる患者に対して、どの程度の力を加えて握れば良いのかさえ分からなのです。骨が折れているのなら強く握れません。けれど大量出血しているのなら止血の為に強く握らなければなりません。それでも痛いと言われれば私は今までの情報を元にしての握力でしか握れません。患者に対して我慢をして欲しいと言うべきなのか緩めなければ良いのか判断出来ません。体格、性別、年齢、その要因一つで私の中の全ての情報は通用しなくなってしまう」

 言って、カラシャは真澄から手を離す。

「患者の中には死にたくない、生きたいと懇願する人がいます。けれど状態を見れば助かる助からないは一目で分かります。それをそのまま伝えるべきなのかどうか分かりません。人間は心一つで死を迎えたその瞬間の表情が変わります。私の言葉一つで同じ死を迎えるその瞬間表情が変わるのを見ました。私は望むなら死に向かう患者へ安らかな死をっして生きる人へ痛みを和らげるケアをしたいと思うのです。心が存在しない私でも可能にする方法がないかと思っていたので、もし貴方が機械人形なら何か情報が得られるかと思ったんです」

 そこまで呟いて俯くカラシャを見つめ、真澄はぽりぽりと頬を掻く。

「オレには心ってものがどういうものかは分からないよ。そんなの学者だって分かんねーんじゃないの?多分自分で自分の事を百パーセント知るのが不可能なように、人間が人間である限り百パーセント知るのは不可能だろ。だって痛みというものが痛みと言うものが機械人形がどれだけ判断に迷うものなのかさえ人間には分かんねーんだから」

 カラシャは顔を挙げ、真澄を見る。

「だからそう言う意味では機械人形も人間も一緒だよ。人間は機械人形より更に早い情報処理能力と学習能力を持っているだけだと思えばいい。人間だって子供の時に親や兄弟と遊んだり喧嘩したりして、どの位で人は痛いと感じるのか、傷を負わせるのか、致命傷を与えるのかを知っていくんだぞ」

 それはカラシャが始めて知る情報だった。

 通電し、動かされた時から、今の姿だったカラシャには無い貴重な時間だ。

 人間は赤子の姿で生まれ、子どもから大人になるものだという情報は勿論持っているが、その過程にどのような経験を積むのかまでは知らなかった。

「それはカラシャの言う0と1の情報を積み重ねと違うものなのか?オレにはお前の体が機械で出来ているという事以外、こうして話している内容の思考は人間と変わらないと思うが。人間の心というものが必要か?お前の中にはどうなるだろうという想像する力だって、お前がどうした言っていう意思だってあるじゃないか」

「それは多角的情報に基づいて計算された結果の確率と、人間の常識から導き出された最善策を出力しているに過ぎません」

「それでもいいんじゃねぇ?心はねーんだから無いもの強請りしても仕方ねぇ。機械人形である事は変えられないんだから、0と1で成り立つその回路を磨いて行けばいい。機械人形にしか出来無い治療方法を磨いていけばいい。逆にさっき言った通り人間同士じゃ気付けない、出来ない事だってできるさ」

 真澄は肩を竦め、そしてにっかりとカラシャに微笑む。

 その言葉にカラシャは目を見張り、一筋の道を見つけた気がした。

 真澄はそんな彼女に気付いた様子なく、ベッドを降りると窓から外を見る。

 背の高い建物が密接する路地が細く伸びている。しかし街灯に火を入られる事は無く、黒い闇に覆われてる。

 時折闇の中に影が蠢くが、恐らく寝床の確保が出来なかった浮浪者たちだろう。

 建物に目をやっても、窓から零れる光の数は少ない。

 今、この街では建物の中で眠れる事だけでも途轍もない贅沢なのだろう。

 真澄は目を細める。

 そして、ふと、カラシャを振り返り、尋ねた。

「そう言えば、この街の人はカラシャが機械人形だって知ってるんだな」

 カラシャは精巧に出来た機械人形だ。マルクも言っていたように、一見見ただけで彼女が機械人形だと気付く人間は少ないだろう。

 けれど人は皆、彼女は機械人形出だと知って、同等の者の扱いではなく、物として見て彼女と接していた。

「それは先生がこの街で開業されたときに、患者さんにお話しされていましたから」

「へぇ」

「皆さんが機械人形だと知っても優しくしてくださったんですよ。人間と変わらないって。先生も嬉しそうに自慢されていて」

 カラシャはその時の事を思い出しているのか嬉しそうに微笑みながら話す。

「でも今日は随分冷たくなかったか?口も利かず」

「--それは」

 豹変する街の人たちの態度。

 優しく接してくれたという彼らが真澄が今日であった人たちと同一人物だとは繋がらないだろう。

 しかしカラシャは答えるのに一瞬躊躇してしまう。

 真澄は本当に率直に思った事を口に出しただけなのだろう。問い詰める様子無く、ただ無邪気にこちらを見る。

「戦争の中心、兵士に機械人形が使われています」

「ああ。そういうことか」

 言い出し辛そうに答えたカラシャの言葉に、真澄はあっさり納得した。

 あまりにもあっさりとした真澄の態度にギャうにカラシャの方が拍子抜けしてしまった。

 そんな彼女を見て、真澄は笑う。

「カラシャくらい精度の高い機械人形を作れる技術があるなら、戦場の兵士くらい機械人形で賄えるだろう。それがこの街で使われて、そこらへんでドンパチ派手な喧嘩して被害を食らってるなら、そりゃ機械人形なんて嫌われる対象になるだろう。いくらそれまで仲良くしてたって信じられなくなるもんだろ」

「――」

「あれ、嫌だよなぁ。自分のせいじゃないのに同じ種類ってだけで同類に見られるの。そういう時って何言ってもムダだし」

 笑って言う真澄の前で、カラシャはふるふると首を横に振る。

「…何でそんなに分かるんですか…。まるで私と先生の事をずっと見てたみたいに…」

「あれ?当たっちまった?」

 真澄は笑顔を固め、そのまま拙かったかとばかりに顔を歪めた。

「私は元々街のインフォメーションセンターで働いていました。けれどその施設は、街が戦場になり兵士にに機械人形が使われている事が広く知れ渡るようになると、私たち一般業務や補助や医療で使用さていた機械人形に対して不信が高まるようになりました」

「全く目的が違って作ってるから機能だって違うのにな。人間ってそういうとこあるよな」

 真澄はカラカラと笑う。

「そして私たちは一台一台と廃棄されていきました。――捨てる場所も廃棄するお金も勿体無いと思った人間は裏路地に無造作に捨てていきました」

 電池が切れればもう起動する事は無い。

 カラシャたち機械人形にとっては人間で言う死と同じだ。

 風と雨に曝され、仲間は道端で錆びていくだけだ。まだ再起動できる者もそうやって動かなくなっていく。部品を売ればお金になると知った人たちが人形たちを分解していき、今では分解された後の残骸が落ちている光景を見ることの方が多くなっていった。

「私は捨てられていたところをコールセル先生に拾って頂いたんです」

 カラシャは嬉しそうに頬を染める。

「最初はこの近所の人たちも、私の境遇を知って同情してくれました。人間のように友人として扱ってくれました。けれど――目の前で実際人が機械人形によって殺されるのを見たら態度は豹変しました」

 起動した当初人間のように友人と扱ってくれた人たちはこの街が戦場になり始め、戦闘用の機械人形が街中で戦いを始める事で現実として実感が湧いたのだ。

そして態度が一新した。

 カラシャは戦う為に作られたのではないのに。

 そして何よりもどちらの人形を生み出したのも人間なのに。

 どうにかマルクと二人で街の人の意識を変えてもらおうとした。

 カラシャが作られた目的――話は少しも伝わらなかった。

 あろう事かカラシャを拾ったマルクが街の人間から糾弾された。

 理解して受け入れてくれていたと思っていた街の人たちは実は彼らを何も理解してくれていなかったのだ。

 それでも――人間を拒否できない。

 人間の感情で言う、嫌いに慣れない。

「先生は何度も私の為に泣いてくれました。私たち機械人形は戦うばかりが目的で作られた訳じゃないのに。兵士として作られた機械人形だって、殺したくて人を殺してる訳じゃないのに。君たちを作ったのは人間なのに、ごめん。って」

 それを見る度、カラシャは己が機械人形であることが申し訳なくて堪らなかった。

 幾度もマルクの元からいなくなろうとした。

 その度に彼は彼女を探し出すのだ。

 「きっといつか皆分かってくれるから。どうかいなくならないでほしい」と。

 私は確かに人間を必要とされている。人間が必要として作られたのだ。

 そうマルクは教えてくれた。

「――どんな事があったとしても、それでも私は人間が生きる事を助ける為に行動したい」

 真顔に変わりこちらをいる真澄をカラシャは見据える。

「私が今この街の人の為に出来る事がしたい。機械人形にしか出来ない事を」

「そうだな――」

 真澄は彼女の視線を真っ直ぐ受け止め、そしてまるで楽しい祭りでも始めるかのように好奇心一杯の顔でにっと笑った。

「やってみっか」

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