叶えるべきは?
神代家、秋良の部屋。
「願いの鍵、ねぇ?」
音子から「いらん」と言われて、金の鍵と呼ばれるものを押し付けられた秋良。
秋良の魂と同化してる銀の鍵があれば、願いが叶えられる…らしい。
渡良家から帰ってきてからずっと金の鍵を持ち、顔をしかめて眺めている。
見れば見るほど鍵と言うより、趣味の悪い定規にしか見えない。
「まあ、実際揃えて叶えたシキは僕らの世代じゃいないかなー?」
「リユが鍵を集めようとしたのは、人間になってみたかったって訳か。」
「おお、当たりー。音子が言ったように聞こえるの?」
心を読まれたというのに、リユは素直に感動し、金の鍵の能力を尋ねる。
「なんつぅか、無線?みたいな感じに聞こえるな。
人が近い程うるさく感じるし、音姉ちゃんがうっさいって言ったのが分かるわ。
ってリユは無線知らないか?」
「うん。」
「何か代わりが……あ、こんな感じだ。」
秋良は手近にあったビニール袋を軽く口元に当てて、リユの耳元で喋りだした。
「こんな感じにこもったような、響くような声が耳元で聞こえるんだよ。」
「くわ!?」
思わず仰け反り、秋良から離れたリユは耳を押さえて項垂れた。
「うあ、耳がおかしくなりそう…」
「一人でも嫌になるのが、同時に何十人も聞こえるんだぞ?」
「やだなー、それ。」
よほど嫌だったのか、リユは耳を押さえながら顔を横に振っていた。
はは、と苦笑した秋良は金の鍵を机に置く。
「それはそれとして、ちょっと相談だ。
俺としては銀の鍵を取り出すよりも、音姉ちゃんの病気を治したい、んだが…」
願いが叶うと知った上で、音子は「つまらん。いらん。叶えんな。」と言ってのけた。
「音子は病気なの?」
事情を知らないリユの言葉に、秋良は何かを思い出したのか悲痛な表情をして顔を横に振った。
彼の脳裏に音子の倒れた瞬間がフラッシュバックする。
「アレは…なんて言うんだろうな…」
括りとして「病気」と称しているが、音子自身は全く異常はない上に健康そのもの。
発揮された能力に脳と身体がついていけない、例えば火事場の馬鹿力のようなものを常に発揮してるといえばいいだろうか?
その負担が二年前にやってきたのだ。
直前まで一緒に買い物をしていた秋良と春香の目の前で。
「…まあ、それはともかく、鍵が二つ揃った訳だし、どうやって願いを叶えるんだ?
どの程度の願いを聞いてくれるのか、とか。
そもそも、本当に願いが叶えられるのか?ってのもあるな。
あと、他に何か条件とかあるのか?とか、それに…」
ここまで言って、秋良は音子が「つまらん」と言った「その意味」を理解した。
疑いだしたらキリがないのだ。
「あー、やめだ。
音姉ちゃんが「つまらん」とか「いらん」って言った意味が分かったわ。」
「うん?」
無条件で叶えられた願いの虚しさ。
「音姉ちゃん、欲しいものは自分の努力で手に入れる人だから、誕生日とかで「何欲しい?」って聞くと「何選びたい?」って聞き返すんだよ。
要は、「その人が選んだものが欲しい」って事なんだけどさ。」
「へー、珍しい願い方だねー。」
「分かりにくいしな。」
自分の為に悩んで、選んでくれた事の嬉しさを音子は知っている。
言動が滅茶苦茶で突拍子のない音子だが、自分の感情だけは素直に表現するので家族や神代家の面々に慕われている。
「金銀の鍵で願いが叶う、けどそれは音姉ちゃんの望まないところだし。
なら、俺と同化してる銀の鍵を取り出す為に使う…訳にはいかねーし…」
「まあ、さっき秋良が言ったよーに、僕の願いは叶ってるからね。
好きに願っていいよー。」
「悪い。マジ助かる。」
音子が「つまらん」といった理由はもう一つあった。
安易に自分の願いが叶えば、その為の努力をする事を止めてしまう。
そして、より効率的で効果的な願いは無いか?と考え始めてしまえば、その時効率的で効果的な願いを考え出しても、もっとよい願い方があるのでは?と再び迷いだす。
迷いが迷いを産むのだ。
「あ、そーだ。」
何かを思い出したかのように、リユが声を上げて言葉を続ける。
「ルフが色んな事知ってるから、話を聞いてみたいなら呼ぼうか?」
「るふ…?」
「うん、僕と『生まれが近いシキ』でー、えーと、僕に鍵を揃えると願いが叶うーって、教えてくれてね?」
小柄な少女の姿で身振り手振りを交えて一生懸命説明するリユ。
可愛いもの好きであれば、抱きしめずにはいられないだろう愛らしさを醸し出していた。
「つまり、ルフなら鍵の事も含めて色々知ってるだろう、という事か。」
「うん。」
根が真面目故に「ツッコミと説明を聞く」以外の感情を持てない秋良であった。
一生懸命長々と説明して、一言で済まされても気にしないリユは健気である。
「呼ぶって言っても、どれくらいで来るんだ?」
「うーん?多分十日くらいで来るんじゃない?」
「十日…って、ちょっと思ったけど、どうやって連絡…そもそも何処にいるんだ?」
素朴な疑問であるが、リユはイタズラっぽい笑みを浮かべて「今度ルフに聞いてみよー」と言ってしまい、それ以降聞く事が出来なかった。
◆
渡良家では、音子が珍しく鼻歌を歌っていた。
季節はもうすぐ夏であり、音子の誕生日である日も間近だ。
「お、なんだなんだ?音子、何かいい事でもあったのかい?」
夕飯の為に自室から出てきた父が娘の鼻歌を聞いて問いかけてきた。
「後で知ったら、驚くだろーなーと。」
「まーたイタズラでもしたのかい?」
また、というあたり音子はイタズラの常習犯なのだろう。
父がイタズラっぽい顔で笑っているので、この父もイタズラ好きなのだろう。
「うんにゃ、ちゃうよーん。」
「違うのか?なんだろうな、父さんにだけこっそり教えてくれないかい?」
音子は「うーん」と言いつつ、リビングを見渡す。
夕飯を作る母、食器を出したりと手伝う奏都もいる。
そしてニヤリと顔を作ると
「当日を乞うご期待!にゃははは。」
ただそれだけ言って、笑って誤魔化した。