蛇足的な話、送り物!
お待たせしました。
今のところは物語のその後と、以前を綴っております。
蛇足的な物語は後三話を予定していますので、最後までよろしくお願いします。
渡良家、音子の部屋。
いや、音子の部屋だった場所。
その部屋で彼女の衣類などを片付け、整理しているのは神代春香とその弟である秋良だ。
二人の表情は暗いのは、音子が亡くなってからまだ一週間しか過ぎていないせいか。
なぜ二人が音子の部屋で片付けをしているのか?
それは、音子の遺言…というより、お願いの手紙が二人に届いたからだ。
その手紙は、封筒の色も褪せていて、新品ではなく大分前に書かれたものと分かる。
手紙の内容はどちらも同じで、以下の事が書かれていた。
『あたしの私物は、神代春香と神代秋良に全て譲渡しましま。
んで、二人が欲しい物持ってったら、後はダディとママ上とお兄ちゃまの自由にしてえーよん?
あ、追記で、秋良はあたしのパンツ全部持ってけドロボー!』
最後の一文は余計だ、と秋良はツッコまなかった。
それほどショックが大きかったのだ。
「これ…」
春香がポツリと呟くと、秋良も視線を送る。
彼女の手にあるのは高級感のある黒い箱で、大きさはA4サイズと同じくらい、高さは20センチメートルほどか。
その黒い箱、二人には見覚えがあった。
それはまだ活発で元気だった頃、音子が最後に買ったものそのままだったから。
それを思い出した春香の目には涙が溢れ、その涙が零れ落ちる前にハンカチで拭った。
この時、音子は一八歳。
誕生日を迎えてすぐの頃だ。
◆◇◆
夏休み、という事で突然音子が神代家へ泊まりにやって来た。
翌日には彼女が半ば強引に春香と秋良を連れ出し、電車に揺られて隣町のショッピングモールまでやって来た。
ちなみに音子も春香も受験の季節だ。
夏希は受験勉強の為に遊びに行く余裕がほとんどない。
春香と同じ高校に行きたいが、今の彼女の学力では厳しいという事で奏都に家庭教師を頼みこんで猛勉強をしている。
この時点で二人はまだ付き合っていない。
なお、春香にとっては一ランク上の高校でも問題ない学力はある。
そして音子も高校三年生であり、受験の季節なのだが…あらゆる有名大学や大企業からの推薦やアプローチを受けながら全て蹴ったのだ。
彼女は進学も就職もしないようだ。
「いえーい、今日は散財するぜぃ!」
「無駄遣いは控えたほうが…」
ショッピングモールの広場で両手を上げて無駄遣い宣言した音子に、春香が至極当然の事を困ったような笑顔でツッコんだ。
ちなみに秋良は、女の子二人と一緒にいるのが恥ずかしいのか少し離れて他人の振りをしている。
「えーー、だって夏だよ?
かーいー服とかエロエロな服とか着てみたいじゃん?
ねえ、そこのお猿さん?」
そんな事を言ってから体をグリンッと捻って秋良の方に向き、答えに困る同意を求めた。
秋良は顔を赤くしてツイとそっぽを向く。
音子が言う『お猿さん』とは秋良の事であるが、何故なのか男性諸君は察してあげて下さい。
秋良が『誰』でシていたのかを『本人』に見られた挙句、その本人はスカートをギリギリまで持ち上げてみせるとニヤリと笑って『見たい?』と言った所で、意図せず果ててしまったのだ。
その後は未成年お断りな展開も無く、音子の『あれま、つまらん』とひと言だけで終わってしまった。
ナニもカモも見られた一夜。
昨夜のお話だ。
まだ中学生である秋良にとって、この状況はただの羞恥プレイでしかない。
対する音子は黙っていれば良家のお嬢様風な容姿なので、普段の言動を知らない人からすれば人気は高い。
胸は控えめだが。
そして秋良にとってはその言動に慣れている事を含めて、音子は家族以外の身近で年上の異性である為より魅力的で、アレする行為に及んだ訳だが運が悪すぎた。
その一連の事を音子は話題には出さないのだが、朝からずっと「お猿さん」と呼ばれている。
しかしこの事に誰も疑問も追及もないのは、普段から秋良に対して音子が色々な呼び名を付けるからである。
まあいいや、と音子が向き直ると春香の方をジーっと見つめる。
「お、音子ちゃんどうかした?」
なんとなく嫌な予感はしていた春香だが、スルー出来ずに聞き返してしまう。
その言葉を待ってました、と言わんばかりに音子がニヤリと笑う。
「春ちゃ」
「なになに?可愛い子はっけーん。」
「ねえ俺達と遊びにいごっ?!」
「えゔえ!」
春香にイタズラしようとして二人組の男にナンパされた瞬間、音子は無言で腹パンを決めて二人組を気絶させた。
まともな出番すら許さず、一撃必殺である。酷い。
「邪!魔!すんな!!」
それでも怒りの収まらない音子は、気絶した二人組の男の象徴を躊躇いもなく全体重を乗せて勢いよく踏みつけた。
見ていた野次馬、特に男はその痛みを知っている為「ヒ!」と小さな悲鳴を上げて自分の股間を押さえた。
女性からはなぜか拍手が送られた。
そして…
「こほん、今日はこんくれーで勘弁してやらー。」
手を叩く音子は棒読みで『このくらい』というが、普通の感性の持ち主であれば「もうお婿に行けない!」と言い出しそうな仕打ちをしている。
それを見ていた秋良と春香は青い顔をして絶句。
「んじゃ、行こっかー?」
何事もなかったかのように二人の腕をとり、音子は買い物へと繰り出した。
それから一時間後。
三人はお昼を食べる為、モール内にあるフードコートまでやって来て、それぞれ注文を済ませた。
春香の好む本屋や文房具、秋良が好むゲームショップを回っただけだが、音子もいつの間にか買い物を済ませていた。
大きな手提げ袋の中に、大きめの黒い箱が見える。
「音子ちゃん、いつの間に…」
「にひひー」
「笑って誤魔化した。」
この頃の秋良にツッコミのスキルはまだまだ低い。
「そのスキルは鍛えんとね。」
語りに話しかける音子に対し、二人にハテナマークが浮かぶ。
と、音子は視線を二人の頼んだ料理を見る。
「ところで春ちゃんや、今は中華にハマり中かえ?
あき…げふんげふん、お猿さんはカレーうどんと。」
「ううん、お酢を使った料理かな。」
「あ、だーら酢豚なんね。あたしんとシェアせん?」
(まだ猿か…)
音子の頼んだ料理は、丼に並々と注がれたスープに中細縮れ麺、煮卵やチャーシューにメンマなどで彩られた、どこからどう見てもラーメン。
「ラーメン?」
春香がどうやってシェアするんだろう、と疑問を口にする前に音子が首を振る。
「うんにゃ、パンケーキ。」
「そんな訳あるか。」
秋良からのツッコミに「あはは…」と春香がそれに否定せず苦笑した。
和やかな雰囲気の中で昼食を終えた三人は、ゲームセンターで遊び、ブティックで音子プロデュース春香ファッションショーという名の盛大な冷やかしをし、春香が休憩を提案する頃には時計の針が三時を刺そうとしていた。
「ぐはっ!ごめーん、電話すんね?」
秋良と春香がベンチに座ったところで、音子がそう断りを入れた。
二人が頷くと音子は二人の間に袋を置き、スマホを取り出して電話帳からではなくダイヤルを直接プッシュした。
待つ事数秒、電話の相手が出ると音子はカッと目を見開き、珍しく真面目な口調で語り出した。
「〇〇市の〇〇駅近くのショッピングモール内中央広場で、高熱の症状と吐血している患者がいます。
至急、救急車の手配をお願いします。」
それを聞いた二人…いや、偶然それを聞いた周囲の人達もギョッとして見渡すものの、音子の言う人などおらず、秋良が悪質なイタズラだと注意しようと立ち上がった瞬間、音子が首に手を回して抱きついて来た。
「ちょ、い?あ?お、音ねーちゃん?」
突然の事に秋良はドキドキするが、音子からの反応はない。
数秒、もしかしたらもっと過ぎていたのかもしれないが、音子が秋良の肩に手を置き少し離れた。
「ごっめーん、間に合わんかった!
今からイヤんな思いさせっけろ、ごめんちょ。」
それが元気だった音子の最後の言葉だった。
激しい咳き込みの後に音子は多くの血を吐き、その血は秋良のシャツを濡らし、彼女はそのまま意識を失って力無く倒れる。
まるで時が止まったかのように、音が消えたかのような静寂があたりを包んだ。
やがて響き渡る悲鳴が静寂を破り、あたりが騒然と化す。
秋良と春香は呆然としたまま膝をつき、秋良が音子の肩を揺する。
「お、音ねーちゃん?なあ、ソレ、冗談でも悪質すぎるよ?音ねーちゃん!」
何度呼び掛けても音子は反応せず、救急車がやって来たのはそれから5分後の事だった。
そして半年後、二度と自らの力で立ち上がる事のできない身体となって音子は渡良家へと帰るのだった。
◆◇◆
黒い箱を見て涙ぐむ春香を心配そうに見ていた秋良は、箱から僅かに飛び出している白い紙に気づいた。
「春ねーちゃん、箱から紙が見えてるけど、取るよ?」
秋良は春香の返事を待たずに紙を抜き取ると、二つ折りにされたメモが出てくる。
メモを広げてみると、最近書かれたかのような新しい音子の字。
『桜色=春ちゃん、黄色=夏ちゃん、赤=秋良、緑=兄ちゃま、黒=ママン、紫=お父様、他=あたし』
そう書かれ、その意味が分からない秋良はメモを春香に渡した。
彼女もそのメモに目を通し、黒い箱を開けて中身を確認すると、直後春香は瞳を潤ませて大粒の涙をボロ ボロと零した。
「音、子…ちゃん…ぅぅ…」
「春ねーちゃん…」
背後で覗いていた秋良も、音子のメモの意味を理解した。
箱の中にはさらに小箱があり、小箱の中には腕時計が二つ、ペンダントが三つ、ブラックパールのようなネックレスがひとつ収められていた。
腕時計とペンダントにはキラリと光る石、それも決して安くはないであろう輝きと光沢を放ち、それが宝石であると理解させるのに十分な存在感。
メモにある色は、これのことだ。
「奏都さん達の所に行こう?」
少し落ち着いてきた春香にそう声を掛け、秋良は黒い箱を持って渡良家の面々がいるリビングへと向かっていった。
それぞれのアクセサリーはメモの通りの人物の手に渡っていく。
(音ねーちゃんが遺した手紙、もしかしたらこれの事だったのか…)
赤い宝石が文字盤についた腕時計を見て、秋良はそう思った。
隣で一緒に帰る春香もペンダントを手に嬉しそうな表情をしていた。
ちなみに。
次の休みの日、音子からの荷物が秋良宛てに届き、その中身が音子の下着だったのは言うまでもない。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。