それからどうした?
七月六日、息を引き取った少女がいた。
翌日の誕生日を目前にして大人になれなかった少女。
無茶苦茶な言動と共に、身近な誰かの為に優しさを示す少女だと、彼女と少しでも親しくした者はそれを知っていた。
渡良音子の訃報から半年が過ぎ、秋良は高校二年生、ついでに春香と夏希は高校三年生になった。
最初の数ヶ月は暗い雰囲気が漂う神代家と渡良家であったが、先日それを払拭するかのように奏都が夏希との正式な婚約を発表した。
同時に同棲する事も発表したが、両家の親達からは「なんでもっと早く同棲しなかったんだ!」と怒られて二人は困惑していた。
理解が良すぎる親達である。
尚、二人の結婚は夏希の高校卒業後の予定だ。
ちなみに奏都はこの春から社会人、それを機にした発表であった。
一番落ち込んでいた春香は、奏都達の婚約発表の後に介護学校へと進む事を決め勉強を始めた。
成績こそ優秀な春香ではあるが、彼女の病気に対して弱い体質とそれによる体力の無さが問題でもある。
そして夏に大きな事件に巻き込まれる事になるのだが、それはまた別のお話。
リユとルフは、近くのアパートに住むようになった。
更にルフもリユと同じように、普段は人間でありながら、アード使用時にはシキになる状態になった。
対外的には双子の弟として流二を名乗っている。
ルフ自身が青いのと、もじった名前を自身で考えたらしい。
ルフとも読めて、『寄り添う二つの流れ』と意味を持たせてリユも意識しているのがニクい。
ただ、初めての二足歩行で辛いのか、生まれたての子鹿のようにプルプル歩く姿を今だ見かける。
それに関連して秋良を驚愕させたのは、リユがしれっと車の運転免許を取得していた事だろう。
そして神代秋良は、奏都達の婚約発表後に金の鍵は必要ないからとワンに渡した。
どうにもならない銀の鍵はそのままにするつもりだ。
決して、ナニが捗る訳ではない。
余程の集中がないとアード化はできなくなり、何故かそれに合わせるかのように他の姿に変身する事もなくなった。
アード化出来なくて困る事はないからである。
訂正。
困る事だらけだ。
なぜなら…
「なぁんで逃げるの?」
「当たり前だろ?!そんなの持ってたら普通逃げるさ!」
町を縦横無尽に全力疾走するアード化した秋良を追うのは、その手に包丁を持ちながら薄笑いを浮かべるイアだ。
ヤンデレとかではない。
薄笑いを浮かべながら、包丁を持ってにじり寄って来るワラビーがいたら誰だって怖い。
全力疾走する秋良を追いかけられるのは、小柄故に小回りが利くからだろう。
イアに家バレしてないのが救いか。
「くっそ、直線なら勝てんのに!」
愚痴ってはいるものの、イアが秋良をどうこうしようとしてない事は分かっている。
分かってはいるが、包丁を手に薄笑いを浮かべるイアが怖いのだ。
「うおっと!」
直線に走り続けたせいで海岸に出てしまい、つい足を止める秋良。
そのまま海に入ろうとして気合いを入れると、突然海が盛り上がりワンが現れた。
「フー◯田くぅん。」
「ア、ア◯ゴくん!?って、二度目だよ!!」
ワンのボケについ乗ってしまったところで、
「捕まえたの。」
追い付いたイアに捕まった事にビクッと身を震わせるが、何かする気配は無いどころか包丁を持っていない。
それと同時に秋良はピンとくる。
「ワンの仕業か?」
イアとワンはコクリと頷く。
それを見て秋良は溜息を吐きつつ、その場に座り込む。
「という事は、分かったんだな?」
「うむ、我も想像以上の事にぃ、驚きはぁ隠せんん。」
「マジか…」
「マジなの。」
そう、以前に月で『ある事』を聞いた時、ワンは「少し時間が欲しい」と言ったのだ。
その理由はあれだけの巨体でありながら、知識も力も不安定な幼体であり『大人』ではなかったのだ。
そしてワンの持つ知識も力も成体になる事で、安定し完全なものとなる。
これは『知識』の能力を持つシキ特有のものである。
払拭と空想の能力を持つシキもまた、『成体』になる事で安定する、発揮されるものがある。
「で、成体になって外見の方は何がどう変わったんだ?」
ワンの外見を見る限り、変わったようには見えない。
「分からんかぁ?見よ、この美しいぃまつ毛を!
以前はなかったのだぞぉ?」
「凄くどうでもいい変化だった!」
ワンは指先をビシッと目元へ指すが、元々黒い身体に黒い毛のまつ毛なので見えないのに等しい。
「漫才してないで早く進めるの。」
至極真っ当な事を言うとイアは秋良から離れ、秋良とワンに対して三角形になる所で腰を下ろす。
それを確認してワンが頷くと、秋良が口を開いた。
「じゃあ、聞かせて貰おうかな。
願いを叶える為に、『別の方法』があるかどうか、を。」
そう、秋良が月で思い出したのは『叶えんな。』と言った音子の言葉と、銀の鍵から伝わった『人間も願いを叶えていた』事実と、願いにも『出来る事と出来ない事』があるのでは?と。
そして、『見た事も無い女性が秋良の名を知っていた』事。
「ではぁ、語ろうかぁ。」
そしてワンから、驚愕とも言える方法を知る。