7話「強くなるために」
Scarlet7:強くなるために
・1月22日。今日は土曜日だ。
沖縄からほかの連中も帰ってきている。
だが俺にはこの土日にやるべきことがある。
それは。
「では、失礼します。」
あの道場での合宿だ。
会長からの許可も得られた。
俺は彼女とマンツーマン48時間の合宿となった。
食費などは会長から出してくれるそうだ。
もともと部下の教育がなっていない伏見司令のほうに問題があると見られて
今度の私闘にかかわる経費は払ってくれるそうだ。
ただし正規の道場のメンバーはちょうど次の私闘と同じ2月5日の土曜日に
試合があり今はその強化合宿をしている。
そのため彼女の組み手の相手をできるものがいない。
一応今日の今日では無理だが明日には来れるというのが一人いるがな。
しかし。
いくら弟子とは言え中学生の女の子と一つ屋根の下というのは
結構緊張するものだよな。
事実昨日もあんなことがあったわけだし。
互いに忘れようということにはなったが・・・
だから浮気ではないはず。
ともあれ道場へ到着した。
鍵はまだ開いていない。
俺が開ける。
すでにスタッフの方が食材などを運んでくれたのか、
冷蔵庫の中身がバリエーション豊かになっていた。
「さて。」
時刻は正午。
昼飯を作るべきか否か。
俺は空腹だが、彼女は果たして・・・。
そうだな、一応二人分作りだめしておいて
もし彼女が食べてきていたなら俺の晩飯にしよう。
「材料は・・・カレー?いたってシンプルだな。」
カレーの材料がそろっていた。
いつの間にか畳部屋の奥には台所が作られていた。
この道場もだいぶリフォームされたな。
そのうち人が住めるようになるんじゃないのか?
さて、さっさとカレーでも作るか。
・・・とはいえ今からカレー作ったんじゃ出来上がるのは数時間後だな。
「・・・どうするか。」
かぎを閉めてどこかコンビニでも行って
弁当か何かを買うか?
でもその間に彼女が来たらどうする?
そこであることに気付いた。
メールで聞けばいいんだな。
ということで彼女にメールを送る。
・・・初めてかもしれないな。
まあいい、返事が返ってくるまでの間に
準備でもしておくか。
数分後。メールが来た。
それによれば彼女がここへ来るまでに俺の分と一緒に
弁当を買ってきてくれるそうだ。
やはり、気を遣ってくれているのだろうか?
・それから20分くらい後。
道場のドアが開く。
「失礼します。」
「来てくれたか、ありがとう。
飯まで買わせてしまって済まない。」
「いえ、その足では負担がかかるでしょうから。」
そう言って机に弁当を置く彼女。
「いいのですか?道場で食事をしても。」
「まあ、本当はだめだろうが仕方ない。
せめて畳のないこの部分で食べよう。」
狭いが二人とテーブルが居座る面積はある。
弁当はすでに電子レンジで温められている。
適当に食事をしながら俺はパソコンを立ち上げた。
「何かするんですか?」
「ああ。対戦相手である遠山の試合の映像だ。
伏見司令から貸していただいている。」
戦うにはまず敵を知ること。
DVDをパソコンに入れる。
去年の清武会の試合映像だ。
さすがに虚勢を張るだけあって
最低限清武会に参加できるレベルか。
これはまずいかもしれないな。
今の彼女では清部会レベルには達していない。
だが、何とかして弱点を見抜けば何とかなるか。
試合が始まった。
遠山は黒帯か。線が一本しか入っていないから初段か。
とはいえ今の彼女では・・・。
試合の相手は彼と同じ黒帯・初段か。
試合開始と同時に彼は相手の懐に忍び寄り、
鳩尾にひざ蹴りを打ち込む。
なるほど。いい蹴りだ。おそらく2年や3年の修行ではないな。
相手もなかなかの実力でひざ蹴りをいなして逆にその足を極めに来た。
サブミッションか。最近の清武会は本格的だな。
遠山はそれを予測していたのか相手の首を両足で挟む。
・・まさか、首を折る気か!?
体重をかけた両足で相手の首を挟み、締めていく。
「・・・カウンタータイプか。」
スピードタイプの彼女とは一番相性が悪いタイプだ。
おまけに動きを制限させるサブミッションタイプ。
彼女がどんなに早く攻撃を繰り出しても
一撃さえ受け止めれば手足をつかまれてそのまま折られてしまう。
実戦慣れしていないものが手足を一本でも破壊されれば
間違いなく試合続行は不可能だ。
映像ではジャッジが止めている。
まあ、手足ならともかく首を折るのは止めるだろう。
下手をしなくても死ぬだろうからな。
遠山はこんな感じでその清武会を勝ち進み、優勝した。
「・・・感想は?」
「・・・強いですね。こんな人と私が戦うのですか?」
「ああ。今のままでは君に勝ち目はないだろう。
はっきりいってこの勝負辞退した方がいい。」
「・・・いえ、やります。喧嘩を売ったのでしょう?今更断ったら・・・」
「気にするな、今更プライドが傷つけれられるくらい。
それよりも君の方が心配だ。このまま戦ったら十中八九
手足を折られて二度と戦えない体になる。
・・・それでもいいのか?」
「・・・覚悟はできています。特訓をお願いします。」
・・・・仕方ないか。しかし、カウンターサブミッションタイプか。
・・・ならば。
「よし、ならば始めよう。奴に勝つにはこれしかない。」
メニューを決める。
「何か策があるのですか?」
「なきゃ辞退してるさ。」
そう、奴に勝つ方法は一撃必殺しかない。
・早速特訓が始まった。
カウンターでサブミッションなタイプを倒すには
やはり一撃必殺しかない。
とはいえ実戦慣れしていない彼女にそれだけのパワーはないだろう。
それでもやってもらわねば困る。
幸い彼女には高度な身体能力がある。
遠山の背丈はおよそ170センチ。
彼女は145センチ程度。
彼女の武器はスピードと身体能力の高さ。
カウンターでサブミッションな奴は基本的に受け身だ。
だから最初の一撃はまず間違いなく当たる。
その一撃で倒さなければカウンターを受けて確実に負ける。
・・・ならば。
「済まない!ちょっといいか!?」
「はい、なんでしょう?」
させておいたジャンピングをやめてこちらを向く。
「ジャンピングは中止だ。ランニングに移ってくれ。」
「ランニングですか?」
「ああ。瞬発力と速度を鍛えたい。シャトルランで頼む。」
そう言ってストップウォッチを渡す。
「・・・信じていいんですね?」
「信じてくれようという気持ちがあるのならそれを信じてくれ。」
「わかりました。」
そう言って彼女はシャトルランにかかる。
・・・不安だろうな。
どう考えたって彼女の方が不利だ。
この特訓に成功しても勝率はほぼ博打のようなもの。
だが、この勝負に勝てればとても大きな経験値になる。
「・・・さて、こんなものか。」
CGで今できる対策の技を見る。
彼女のスピードをフル活用して必殺の一撃を叩き込む。
相手は油断をしているだろう。
とはいえそんな油断をするわけにもいかない。
もしかしたら相手もこちらの出方を予測して
手を打ってくるかもしれない。
いやそれどころかスタイルを崩して向こうから攻めてくるかもしれない。
格下を完全に潰すには相手の出方を待つよりも
何かされる前に速攻すればいい。
おそらく初段、清武会優勝レベルにもなれば
本来のカウンターサブミッションスタイルでなくとも
彼女をねじ伏せることくらい余裕だろう。
というか俺があいつだったら間違いなくそうするだろうな。
・・・やはり勝てないか?
しかし俺を信じてくれている彼女を信じないわけにもいかない。
だから俺はそんな彼女を信じる。
・夜。
4時くらいからカレーを作り始めた甲斐あって
7時には作り終えた。
「・・・こんなことまでできるんですね。」
「ん、まあな。自炊くらいはできなきゃな。」
二人分のカレーを作って皿によそぐ。
今俺たちは私服だ。
さすがに飯時くらいは胴衣は着ない。
「いいですか?」
「何だ?」
「今度の試合、どういう戦術を使うのですか?」
「・・・ああ。カウンターでサブミッションなタイプを倒すには
一撃で倒すしかない。
今君には脚力を可能な限り鍛えてもらっている。
試合開始と同時に相手に超スピードで接近。
相手が気づき、構える前に必殺の一撃を打ち込む。
俺が得意な技の一つ・白虎一蹴を使うんだ。」
「白虎一蹴・・・?」
「ああ。すばやく敵の懐に入り、飛後ろ回し蹴りを繰り出し
相手の後頭部を蹴り砕く。」
「・・・蹴り砕く・・・」
「・・・もちろん実戦とはいえ殺し合いじゃない。
だから後頭部ではなく、腰を蹴ってもらう。」
「腰ですか?」
「ああ。腰も穿てば人体破壊にはなるが、
後頭部ほどの損傷はない。
よほど強い一撃でなければせいぜいヘルニアくらいにしかならない。
それに威力だけなら腰にやった方が高い。
・・・できるか?」
「・・・やってみます。」
「よし、今日は稽古はここまでだ。
後は自由なわけだ。
シャワー浴びるなり、友達とメールをするなり自由だが
勝手に外には出ないこと。以上。」
「・・・了解です。」
夜に稽古をやってもあまり伸びないからな。
・・・・さて、考えていなかったことが一つ。
どこで寝るか、だ。
当然布団を敷くほどのできるスペースはこの道場には
この畳部屋しかない。
なので俺が左下のほうに布団を敷き、彼女は右上のほうに布団を敷いた。
「・・・悪いな。敷いてもらって。」
「いえ、足、大変そうですから。
それに、お金も払わずに稽古をつけてくれているんですからこれくらい。」
やはり気を遣ってくれていたのか。
「明日の朝は何時起きですか?」
「そうだな。」
時計を見る。時刻は午後10時30分。
十分な睡眠をとるには8時間だ。
「6時半だ。目覚ましでもセットしておいてくれ。」
「了解です。
では、私はもう眠りますので。おやすみなさい。」
「ああ、おやすみ。」
彼女が布団に入る。
その間、俺はパソコンに向かっていた。
メールが来ていた。
・・・・そうか、あいつは明日の昼頃来てくれるのか。
よし、できるところまで彼女には頑張ってもらうぞ。