16話「玄武鉄槌」
SCARLET16:玄武鉄槌
・彼女の飛蹴りが巧に命中した。
ちょうどそこで時間が来てしまった。
「・・・・くっ、ふっ、」
巧が息を整えて立ち上がる。
「判定は引き分けだ。延長戦をやってもらう。」
佐久間さんの判断。
まあ、今のだけじゃまだわからないしな。
「延長戦・始めっ!」
号令がかかる。
彼女はエンジンでもかかったのかあるいは
何か見えたのか攻撃態勢に入る。
巧の突撃に合わせて彼女も距離、態勢、重心を変える。
「くっ!」
巧が攻撃しづらい状況を的確に作っている。
まるで囲碁のように。
巧がブローをすれば軌道を逸らせる構えにして
わずかな力で巧のブローを逸らし、
素早く回し蹴りを打ち込む。
彼女の制空圏は形は悪いが効力は高い。
確実に逸らせる攻撃は一撃のみ。確実に当てられる攻撃も一撃のみ。
だが、その一撃は容易く破られないほど硬い。
そして一撃だけならばほぼ確実に当てられるということは、
「せっ!」
彼女の回し蹴りが巧の顔面をひっぱたき、
見事な一本を打ち取った。
そう、実戦ではないポイント制ならば
的確にポイントを奪うヒット&アウェイ戦法が有効だ。
さらに曲がりなりにも制空圏の使える彼女に
巧の攻撃はこれ以上通用しなかった。
おまけに巧はそれに気付いていないため
確実に攻撃を逸らされ確実に決定打を与えられてしまう。
「そこまで!」
「えっ!?」
驚く巧。
「一本が二つ入った。勝者は赤羽美咲。」
「・・・・勝った・・・・・」
呆気にとられる彼女。
そういえばまともな勝利を収めたのは初めてだったか・・・・?
「よかったな。」
「は、はい。」
彼女はまだ呆気にとられている。
「佐久間君、甲斐君。」
会長が口を開く。
「はい。」
「はい。」
「我々の疑念は砕かれたようだな。」
「ええ、そりゃもう。」
「ありがとうございました。」
頭を下げる。
これで赤羽美咲は交流試合への参加が認められたようなものだ。
「それじゃ稽古を始めるぞ。」
「あの、よかったのでしょうか・・・・」
「君が証明してくれたんだろう?君の戦いを。」
「・・・・・は、はい。」
「巧、稽古に付き合ってやれ。」
「わかったよ、兄貴。」
その後、巧も交えていつも通りの稽古をすることになった。
さて、交流試合は3月12日の土曜日。
来週の土曜だな。稽古ができるのは今日入れて6回だ。
「巧、お前は交流試合には出るのか?」
「はい、そのつもりです。」
なら、制空圏の秘密を知られるわけにはいかないか。
「け、けどこの稽古って結構きついっすね・・・・。」
巧が汗だくになってつぶやく。
対して彼女は特に息も切らしていない。
「まあ、この稽古は俺たちしかいないからな。稽古も独学だし。」
「赤羽さんはよく涼しい顔でいられますね。」
「・・・・もう慣れました。」
「・・・・・。」
まあ、あの日から何回も受けてるしな。
毎日少しずつ改良加えて行ってるし。
初めて受ける奴には少しきついかもな。
「わかった。なら今日は稽古はこれで終わりだ。巧は帰ってもいいぞ?」
「あ、了解っす。」巧が去って行く。
「さて、囲碁の時間だ。」
「了解です。」
こうして残り時間は十九路盤に集中することとなった。
わずかだが囲碁の実力も上がってる気がした。
・「すっかり忘れていた。」
2月も終わり3月に入った。
彼女の稽古も順調に進み、忘れていたことがある。
碁盤を返すのを忘れていたのだ。
あれから2週間。
「すまない。」
平謝りをする。
「・・・お前さん、空手がすごいって聞いたけど
それと同じように馬鹿だって聞いてるぞ。」
部長があきれながら碁盤を受け取る。
仕方ないとはいえすごい言われようだ。
「許す代わりに一戦交えたいな。」
「お前も空手をやるのか?」
「まあ空手もやるが、さすがに怪我人相手に殴り合いはきついだろう。
だから、あんたが使うのはその杖だ。
そして俺が使うのはこの棒だ。」
部長が手にしたのはモップ。
一瞬でモップ部分を踏み外して1メートルほどの棒を作る。
・・・確かにいい腕のようだ。
俺も杖を上手に上げる。
「杖術か。上手くはないだろうが、やるだけのことはやろう。」
「そう来なくちゃな。」互いに獲物を構えたまま間合いを作る。
俺も制空圏を作るが、部長も同じ範囲に制空圏を作っている。
一歩、また一歩。互いの制空圏を変形させていく。
そして互いの間合いがぶつかった時。
「ふんっ!」
「はあっ!」
空中で杖と棒が激突する。
「しゅっ!」
部長が素早く棒を突き出す。
それを杖の柄尻で防ぎ、部長の足を払いにかかる。
「っと!」
部長は回転して回避し、回転で威力をつけた棒を振るう。
俺は軸をずらして彼と平行に回転して回避。
間合いの衝突から2秒でこの応酬。
相手も只者ではない・・・・・。
モップ棒を自由自在に操っている。
スピードもかなりのものだが一撃一撃がかなり重い。
俺とほぼ互角の腕力の持ち主か・・・・!ならば・・・・!
「朱雀!」
「ぬに!?」
朱雀が幻を作りながら大空を翔るように
無数のフェイントを作りながらわずかな隙を狙撃する。
本来は拳で行うものだが杖でもなかなか行ける。
が、部長は回し蹴りで杖を弾き飛ばす。
「終わりだ!」
部長が踏み込んでから棒を突き出す。
俺はその棒の先端を掌で受け止める。
「なに!?」
「反し椿!!」
完全に威力を殺すと瞬時に手首のスナップと
踏み込みを加えて棒を押し戻して反対方向の先端を部長の胸に打ち込む。
「・・・くっ、椿の花は柔らかな見た目以上に弾力が強い・・・か。」
「碁盤、確かに返したぞ。椿の花とともに。」
俺は杖を拾い、部室を後にした。
「ふう、」
まさか学校で思わぬ強敵と戦うことになったな。
あの部長、名前は知らないが俺によく似た顔だったな。
制空圏の作り方も侵略の仕方もそっくりだ。
朱雀も初見で破られるとは思わなかった。
朱雀は制空圏持ち相手には不利だな。
反し椿も自分と似たような超接近戦タイプじゃないと通じないし。
「・・・そうだな。」
彼女には玄武を教えよう。
白虎、朱雀に並ぶ四神闘技の一つ・完全防御の型。
制空圏を未熟ながらも使える彼女なら玄武もものにできるはずだ。
とはいえ、それでもあの馬場久遠寺に勝てる保証はない。
・試合を今週に控えた今。
いつも通り彼女に技を教えることにした。
「玄武・・・ですか?」
「そうだ。白虎一蹴が神速による一撃必殺ならば
玄武鉄槌は絶対防御の極みだな。
制空圏が一部しか作れない君にはある意味うってつけかもしれないな。」
無理に全体を制空圏でカヴァーするくらいなら
一部だけでいいから徹底してカヴァーするのがいいだろう。
馬場久遠寺が面をカヴァーするなら彼女は点だ。
「まずは片手を目線と同じ高さまで上げてまっすぐ伸ばす。
同時に半身を切って腰を低くし、
もう片方の手は拳を作り膝を曲げた後ろ足と同位置に重ねる。
これが玄武の構えだ。」
「・・・こうですか?」
言われたとおりに彼女が構える。
「そう。そして前に出したての周辺だけでいい、制空圏を成型するんだ。
相手が軸をずらして横から攻撃しようとして来ても
自分も合わせて軸移動して
正面に制空圏を陣取る。
相手は正面からの攻撃を強いられる。
しかし制空圏がある以上その攻撃も完全防御できる。
そして防御したところで後ろ手に構えた拳と
足で攻撃をするカウンタータイプの型だ。」
「・・・・すごい技ですが、聞いたことありません。」
「そりゃそうだ。俺が現役時代に自ら編み出した技だからな。」
「・・・もしかして白虎も?」
「ああ。白虎一蹴、玄武鉄槌、朱雀幻翔、青龍一撃。四神闘技だ。
里桜以外には教えたことがないからあまり安全ではないがな。」
里桜に教えた時は実戦で体で覚えさせたからなぁ・・・・。
冗談抜きで首とか取れかかってたし。
「この技は制空圏さえ身に付けておけば
そこまで訓練を重ねなくとも出来る技だから
今日と明後日の稽古でものにしてくれ。」
「了解です。」
相変わらず彼女の制空圏はごく一部の空間しか形成できていない。
囲碁を学ばせたのがよかったのかかなり堅牢な制空圏だ。
正面から破るのはかなり苦労するだろう。
それをやろうとすれば後ろ手の鉄槌を下せる。
玄武は白虎と違ってそれほど破壊力があるわけではないから
相手を病院送りにしてしまうことも少ないだろう。
ただ、彼女の本来の持ち味であるスピードは全く活かされない。
それどころか逆にスピードタイプの相手には不利だ。
制空圏を形成する前に間合いに入られてしまう。
玄武は愚鈍な亀のイメージとは違って中距離向けだ。
懐に入られると鉄壁の牙城は崩されてしまう。
ただ遠距離から中距離、
近距離に距離を詰めようとする相手に的確で痛烈な一手となる。
「・・・私はこの技で馬場久遠寺さんに勝てるのでしょうか・・・?」
ふと彼女が口にした。
・・・・やはり気になるわな。
「正直に言えば久遠寺は相手が悪すぎる。
奴の制空圏は完璧すぎる。
制空圏を破ろうとするだけでも全力を注ぐ必要があるだろう。
そして制空圏は防御だけではない。
相手の制空圏を破りあの超破壊力の一撃をたたきこむだろう。
・・・あと、奴は君と戦った場合二度と
立てなくなるまで徹底的に叩き潰すと言っていた。
はっきり言おう。奴と当ったら棄権しろ。
冗談なく未来まで叩き潰されてしまう。」
「・・・・そうですか・・・。」
彼女がうつむく。
・・・・まったく。棄権しろというアドバイスしかできないとはな。
情けない限りだ。だが、馬場久遠寺。奴は、怪物だ。
確実に兄を超える空手界の台風の目になるだろう。