14話「天才少女フェイズ」
SCARLET14:天才少女フェイズ
・里桜を連れて病院へ行く。
ちょうど彼女の診察が終わったところらしい。
「どうだった?」
「はい。問題ないそうです。」
「ならいい。」
「ところでどうしてここに?」
「気になっただけだ。」
「そうですか。」
「いやいや、あんたらねぇ・・・。」
俺と彼女の会話を聞いて里桜がなぜか呆れた表情をする。
「来月の試合には問題なく参加できそうです。」
「ならいい。そうだ、まだ君は大倉道場所属の扱いじゃないらしいから
入属テストがあるそうだ。」
俺は彼女の日程を伝える。
「・・・・了解です。」
「いいのか?君は一応三船道場のものだ。
完全に大倉道場に変わるんだぞ?」
「もうあそこに未練などありません。」
彼女は視線を険しくしてそうつぶやいた。
「先輩もたま~に鈍いところありますよね。」
「・・・・うるさい。」
とりあえず里桜の背中をたたく。
「ん?」
病院の外に出ると何やら騒がしい雰囲気と出会った。
見れば、高校生くらいの男が5人いて何かを囲んでいた。
この病院の近くにいるということは全員大倉道場のものか?
「あら、死神さん。」
「この声、馬場久遠寺!?」
5人に囲まれていたのはさっきであったばかりの
10歳の少女・馬場久遠寺だ。
「よそ見してんじゃねえぞ、小娘め!」
怒号とともに5人の男たちが久遠寺に向かう。
が、久遠寺はすべての動きを見切っているかのように
5人の攻撃をいともたやすく回避する。
「あの動き、制空圏か!?」
「せい・・・くうけん?」
「ああ。完全に自分の領域を見切っている。
あの歳であそこまで完璧に制空圏をマスターしているとは・・・。」
驚きだ。5人の男は動きを見ても実戦レベルではないにせよ素人ではない。
そんな奴が5人もいてその攻撃を完全に見切って回避している。
「その子が赤羽美咲ちゃんだね。」
久遠寺は回避しながらこちらに近づいてくる。
「私は馬場久遠寺。10歳。久遠って呼んでよ。」
「・・・・・私に何か?」
「うん。昨日の試合見たよ。死神さんの弟子だけあってすごかった。
だからさ、今度は私とデートしない?
もっとも、さ・ん・ぷ・ん・でねっ!」
「ぐっ!!」
言葉のリズムに合わせた攻撃が5人の急所に的確に叩き込まれた。
この子・・・・かなり強い・・・・!
「・・・・私と試合をするのですか・・・!?」
「うん。まあ、交流試合来月だからそんな厳しくなくてもいいけどね。」
久遠寺はそういうと俺の方に顔を向けた。
どこにでもいそうな小学生の顔。
息一つ切らしていないのに5人の男子高校生を昏倒させるとは・・・・。
「死神さん?この後あいてる?
私ちょっとこのことスパーリングしたいんだけどいいかな?」
「俺は構わない。」
「・・・私も構いません。」
「そ?なら道場に案内してよ。」
久遠寺が先頭に立つ。
「・・・里桜、」
「はい?」
「お前ちょっとあの子に後ろから不意打ちしてみろ。」
「え!?」
「・・・・予想が正しければ大事にはならないはずだ。」
「・・・・・気が進まないな。」
そう言いつつも里桜は気配を殺して久遠寺の背後に回り、忍び寄る。
「何してるの?おにーちゃん?」
瞬間。久遠寺の後ろ蹴りが里桜の顔面にぶち込まれた。
「な・・・・!?」「・・・っ!」
里桜も彼女ももちろん俺も驚いた。
里桜は完全に気配を殺していた。
なのに彼女には余裕で勘づかれ、その上後ろを見ないで
後ろの里桜の急所を的確に攻撃した。
「死神さん、人が悪いね。私の制空圏完璧だって知ってるのに。」
「・・・・まいったな。」
俺の足元で鼻を折られて悶絶している里桜。
馬場久遠寺、遠山よりも強い・・・・!
自分より圧倒的に格上の相手にも100%通用している制空圏。
そして的確に急所を見抜き、
一撃で相手を粉砕する外見に似合わぬほどの破壊力。
なるほど、一度も負けたことがないのも当たり前だ。
これほどの実力、初心者レベルどころか
実戦でも上位に食い込むほどの脅威だ。
「死神さんは私の兄弟知ってるよね?」
「ああ。」
「ついこないだそー君が実戦であなたに倒されたようだけど、
私は絶対に倒されない。私は誰にも負けないよ。」
彼女の声と顔は自信にあふれていた。
・道場。久遠寺の要望通りスパーリングをさせることになった。
「へえ、ここが死神さんと美咲ちゃんの道場か。」
「・・・・・。」目の前で久遠寺の圧倒的な力を目にしたからか彼女はどうも緊張しているようだ。
「ん?」彼女の胴衣、まだ昨日の戦いで破れた場所が破れたままだ。
左胸の生地が破けてアンダーシャツが見えている。
「・・・あまり見ないでください。」
「あ、いや、悪い。」
「死神さんもエッチだね。さて、はじめようか。美咲ちゃん。」
久遠寺の胴衣は大倉道場で流通している通常の胴衣だ。
帯はオレンジ。外見は彼女と並んでみても幼さがわかるほど。
だが、実力は・・・・・。
「3分だ。スパーリングだから互いにけがをさせないように。
では、はじめ!」
俺の合図と同時に彼女が走る。
おそらく、狙うのは昨日と同じ白虎一蹴。
けど、それは・・・・。
「っと、」
簡単に防がれてしまった。
しかも昨日とは違い威力を完全に殺されているため
全く手傷を与えられていない。
遠山でさえ捻挫したというのに・・・・!
「っ!」「ふふ・・・・」
久遠寺の手刀が宙を斬る。
彼女は回避行動すらとれず後方に吹っ飛んでしまう。
「はあ、はあ・・・・」
息を切らす彼女。
見ればアンダーシャツまで破けて肌が露出していた。
「どう?死神さん。美咲ちゃんの素肌に発情した?」
「スパーリング中だ。私語は慎んでもらおう。」
「ちぇっ、厳しいな。」
「・・・くっ、」
彼女が立ち上がり、久遠寺に接近する。
しかし、踏み出した一歩を的確に容赦なく
足払いされバランスを崩してそのまま倒れてしまう。
「これで2本、かな。」
「スパーリングだから判定はしない。」
彼女が立ち上がり、戦闘態勢を取るが彼女の攻撃はすべて回避され、
逆に久遠寺の攻撃は彼女のガードをすり抜けて的確に命中していく。
久遠寺の手足はとても小さい。
だから余計にガードし辛い。
「せぇのっ!」
久遠寺の飛蹴りが彼女の額に打ち込まれる。
「ぁっ!!」
彼女の体が後方に吹き飛ばされてそのまま彼女は気絶してしまった。
「久遠ちゃんの勝ち~!」
胴衣姿でピョンピョン跳ねながらVサインをする久遠寺。
判定はしない。だが、それでも彼女の完全敗北は明白だ。
「一応手加減したからどこも怪我してないはずだよ。」
「お前、いったい目的はなんだ?」
「気付いてるでしょ?」
「・・・自分の制空圏がどこまで通用するかを試したい・・・・。」
「正解。まあ、とりあえずすでにりゅー君には通用してたけどね。」
りゅー君。おそらく彼女の兄で三男の馬場龍雲寺のことか。
会ったことはないが確か素人ではなかったはずだ。
「馬場早龍寺はどうだ?」
「死神さんの右足を砕いた私のおにーちゃん?
そー君はね、どこかの死神さんに
顎を殴り砕かれてほーしん状態でにゅーいん中なの。」
「・・・・・やけにうれしそうだな。」
「べっつに~?そー君はせーかく悪いから
うるさいのがいなくてせーせーしてるの。」
「・・・・・。」
「対戦相手が気になるの?」
「まあ一応な。」
「・・・・・ううっ、」
彼女が目を覚ます。
「私は・・・・・。」
「君は負けた。更衣室で着替えてこい。」
「・・・・はい。」
「そんなきびしー言い方しなくてもいいんじゃない?」
「別に厳しくはない。お前も着替えてこい。」
「はーい。」
二人が更衣室に向かっていく。
「・・・・・。」
実質馬場久遠寺の実力はかなり異質でとても強い。
確か道場に入ってまだ半年と言っていたな。
馬場久遠寺は間違いなく天才だな。さすがは馬場家と言ったところか。
「制空圏か。今後のメニューにも入れるかな。」
・・・とはいえ制空圏なぞ教えて出来るものでもない。
実戦で活躍しているプロであっても
要領をつかめなければ会得できない技術だ。
それを10歳でできる久遠寺は全くどうしようもないほどの天才だな。
しかし、馬場家の女性はそういえば見たことないかもな。
もしかしたら本来馬場家の女性は空手に参加しないが
久遠寺だけは制空圏の才能を見込まれて参加しているのかもしれない。
「・・・・初陣相手が久遠寺じゃなくて本気でよかった。」
遠山ではなく久遠寺だったら俺は彼女を諦めていただろうな。
(フェイズ:久遠)
・よいしょっと。美咲ちゃんとのスパーリングを追えて一緒に更衣室。
「死神さんっていつもああなの?」
「・・・・・・。」
もう、美咲ちゃんは冷たいなぁ。
ボロボロの胴衣から見えるお胸とかはまだ火照ってるのに。
「美咲ちゃん、人間と喋れるよね?」
「私も人間です。ちゃんと喋れます。」
「よかった。やっと口きいてくれた。」「
・・・・あなたはとても強いです・・・・。」
「これでもまだ半年しか空手やってないんだけどね。
平安どころか太極もまだできないし。」
「・・・・・余計にすごいですよ。」
笑わない美咲ちゃん。
う~ん、私に負けて悔しいのかなぁ?なら。
「ひょい、」
「あ、何するんですか・・・・」
「美咲ちゃん、パンツを返してほしかったら私を捕まえてみてよ。」「くっ、」
「鬼ごっこだよん。」
と言っても私は逃げる気はないけど。
「っ!」
美咲ちゃんが放つ回し蹴り。
私よりちょっと成長してるあそこが丸見え~ん。
でも、その軌道はもう一瞬で見切ってるよ。
美咲ちゃんの制空圏は・・・・・無に等しいね。だから。
「えい。」
「あっ!」
気を込めた指一本で鳩尾を簡単に突かせてくれる。
「くっ!」
美咲ちゃんって体軽いんだね。
指一本でも1メートルくらい後ろに吹っ飛ぶなんて。
「はあ、はあ・・・・・くっ、」
「あ、ごめん。気管支に気を流しちゃったかな?」
手加減したつもりだったんだけどついほじくっちゃったみたい。
「けほっ!けほっ!・・・ううっごほっ!ごほっ!!」
「わわっ!美咲ちゃん大丈夫!?」
膝をついて咳き込んじゃった。
「おい!何かあったのか!?」
更衣室の外から死神さんの声。
・・・ちょっといたずらしよっかな?
「死神さん、美咲ちゃんが・・・・!」
「何かあったのか!?」
あわててドアを開けて入ってくる死神さん。
「な・・・・」
「・・・・っ!!!」
「あ、ごめん。パンツ返すの忘れてた。はい、美咲ちゃん。」
「・・・・・・・・さい。」
「え?」
「出て行ってください!!!」
「あ、おい!!」
美咲ちゃんの一撃。死神さんは外にはじき出されちゃった。
・・・・まあ、男の人に大切な部分見せちゃったからね、美咲ちゃん。
「・・・・馬場久遠寺さん。」
「久遠って呼んでよ。」
「・・・・・来月の交流試合。私はあなたに勝ちます。」
「無理だと思うよ。今の美咲ちゃんじゃ私の制空圏は突破できない。」
「・・・・かもしれません。ですが・・・・!」
「う~ん、怒らせちゃった?ごめんね、美咲ちゃん。」
「・・・・。」
相当怒ってるのか何も言わずにパンツをはいて
服を着込んで出て行っちゃった。
う~ん、ちょっとやりすぎちゃったかな?
「いてて・・・・。」
全く。いったいなんだったんだ?
久遠寺の声を聴いてきてみればあの子の・・・その、
下半身の、あれが・・・・・。
「・・・・・。」
と、そこへ氷のように冷たい視線の彼女がやってきた。
「あ、えっと、その、なんだ・・・・・。」
「・・・・・・・・さい。」
「う!」
また、出て行ってくださいか?
「・・・・私に制空圏の破り方を教えてください。」
「・・・・制空圏の破り方?」
「私はあの子に、馬場久遠寺さんに勝ちたい。お願いします!」
「・・・・。」
驚いたな。彼女の方からここまで真剣に頼みごとをするとは・・・・。
「元よりそのつもりだ。明日から稽古では制空圏について始める。
ただ、制空圏は相性が悪ければプロクラスであっても
習得できないこともある。
それを破る方法はもっと難しい。
あまつさえそれをたったの一か月で習得するのは
どこぞの金髪の無敵超人でもなければほぼ不可能と言ってもいい。
・・・それでもいいな?」
「・・・・はい。」
そして彼女は家に帰って行った。
「・・・・で、どういうつもりだ?馬場久遠寺。」
更衣室向けて声をかける。
「別に入っていいよ?
シャワー浴びてるけど小学生に興味なんてないでしょ?」
「誤解されるのは面倒だからこのままでいい。
お前、あの子にちょっかい出しすぎじゃないのか?」
「美咲ちゃんのこと?私は純粋に興味があっただけなんだけどね。
初陣で実戦空手界において重鎮である伏見のとーやまを
相手にあそこまで善戦した女の子。
私と結構かぶってると思ってね。
美咲ちゃん萎縮しちゃって本来の実力出せてなかったもん。」
「だからちょっかい出してきたのか?」
「まあね。そーそー。あの子に制空圏教えるんだって?」
「まあな。」
「じゃあさ、あらかじめ言っておくけど
交流試合であの子とバッティングしたら
私はあの子を二度と立てないようになるまで徹底的に壊すよ。」
「・・・・やってみろ。」
物騒な小学生だ。理性が戦意に追いついていない。
けど、だからこそこいつは危険だな。