12話「焦熱」
SCARLET12:焦熱
・試合が始まった。
同時に彼女が白虎を仕掛ける。
1秒と掛からずに遠山の目前まで距離を詰めて
超高速の後ろ蹴りが遠山の腰目がけて空を斬る。
「!?」
が、その一撃は遠山に防がれた。
「・・・・っ!」
彼女の右足の一撃を遠山は左手で受け止めた。
「・・・・っ!!!!」
遠山の体が蹴られた方向に傾いていく。
だが奴は倒れなかった。
遠山が手を放すと彼女は着地し、距離を取る。
ここまでまだ1秒もたっていない。
「・・・・初見で防がれたか。」
「・・・・・ぐっ、」
遠山が苦い表情をする。
どうやら今の一撃を受け止めた左手の手首を痛めたようだ。
が、次の瞬間には彼女の目前まで距離を詰めて右こぶしで腹を穿つ。
「っ!」
彼女の小柄な体がわずかに宙に浮かぶ。
そして一歩踏み込み、
遠山の左の飛回し蹴りが宙の彼女の右わき腹にたたきこまれた。
「ぁっ・・・!!」
彼女の体が床にたたきつけられる。
幸いすぐに立ったから厳しい判定にはならなかったが
間違いなくマイナスポイントだ。
それに、それ以上に彼女に深刻なダメージが与えられている。
すぐさま遠山が距離を詰める。
彼女も反撃にパンチを繰り出すもその拳を受け止められ関節を極められる。
非実戦ルールでは相手の体に1秒触れたら反則となる。
だが、1秒以内に離脱するのであれば関節技をかけても反則にはならない。
遠山は0,1秒の関節技を1秒おきに行う。
無理に関節技から抜けようとすれば
素早く右こぶしが彼女の鳩尾に突き刺さる。
逆に彼女の攻撃は全く遠山には当たらない。
そもそも攻撃動作すら与えられずに一方的に攻撃を受けている。
「っ!!」
彼女が距離を取る。・・・まさか白虎をもう一発使うのか・・・!?
「それはまずい。」
察したのか遠山は距離を詰め、彼女の足に攻撃を重ねていく。
まずいな。思った以上に遠山の戦術が慎重だ。
冷静に彼女の手をつぶしている。
「あと60秒!」
ジャッジが残り時間を宣言する。
このままではどう考えても判定で彼女の敗北が決定している。
幸い彼女に焦燥はなくいつも通りだ。
「このラウンドで終わらせる。」
遠山が踏込から目にもとまらぬほどの速度でパンチを繰り出した。
その一撃が彼女の鳩尾に迫る。
「っ!」
奇跡的に彼女は打点をずらして鳩尾からやや左に攻撃をずらした。
胴衣が破けるほどの一撃。
幸いというかバストのおかげで衝撃は心臓には届いていない。
そしてダメージが緩和されたことで彼女に反撃のチャンスが生まれた。
「せっ!!」
彼女の素早い飛び右後ろ回し蹴りが遠山の左側頭部に命中した。
「う、」
一瞬遠山の意識が遠退く。
だがその一瞬に遠山は無意識で彼女の右足をつかんで
足首の関節を外した。
「っ!」
彼女の口から痛声が漏れる。
関節を外され、彼女は着地に失敗する。
しかし、遠山も側頭部のダメージが来たのかその場でひざまずく。
「そこまで!」
そして時間が来て第一ラウンドが終了した。
30秒のインターバル時間が発生する。そのあと判定だ。
「大丈夫か?」
「はあ、はあ、は、はい。」
素早く彼女の傍に寄り、タオルを渡す。
「足は?」「痛みますがこれくらいなら・・・・。」
30秒間彼女を休ませる。そして判定フェイズ。
「判定は、引き分け!よって延長戦を開始する!」判定が下った。
延長戦が始まる。彼女のダメージは決して少なくない。
一方、遠山も最後の一撃が響くのか顔色がよくない。
「遠山、寝てもいいぞ。」
「冗談言わないでくださいよ、
俺が明らかに格下の相手におねんねさせられたなんて
笑いものにもほどがある。」
向こうの会話が聞こえる。
とはいえ奴のダメージも侮れないかもしれない。
「無理はするな。」
「了解。全力で期待に応えます。」
「両者、前に。」
レフリーに呼ばれて二人が前に出る。
「では、延長戦を始める・開始!!」
開始の合図と同時に遠山が距離を詰める。
「らぁっ!!」遠山の膝蹴りが彼女の左胸に命中する。
そこはさっき胴衣が破けた場所だ。
つまり胴衣の防御力がない場所。
「っ!」
一撃で彼女の体が浮かび、膝から床に着地する。
打ち所が悪いな。あの着地じゃ左右の膝にダメージが・・・・。
「ぬん!」
休まず遠山の右回し蹴りが彼女の顔面をひっぱたく。
「技あり・一本!!」
レフリーがポイント入手の宣言をする。
これでこのラウンド、
彼女があいつから一本奪わない限り判定で敗北が決定した。
いや、それよりも彼女が3分持つかどうか・・・・。
「君、まだやれるかい?」
レフリーが倒れてる彼女に声をかける。
「は、はい・・・・。」
彼女は口からこぼれた血をふいて立ち上がる。
恐らく今の回し蹴りで口の中が切れたのだろう。
ヘッドギアの上からなのにこの威力。舐めたものではないな。
「続行!」宣言がされて試合が続行される。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
遠山の猛攻が彼女を襲う。「くっ!」
激しい猛攻に彼女は再びダウンしてしまった。
「・・・・遠山の奴おかしくないか?」
「ああ、様子が変だ。」
ギャラリーがざわつく。確かに変だ。奴はカウンタータイプ。
だがこのラウンド、一度もカウンターをしていない。
むしろ自分から攻めている。
自分の定型を崩してまで攻めないと
いけないほどの相手ではないはずなのに。
「はあ、はあ、ううっ!!」
そこで遠山が膝をついた。
「ごぼぉぉぉぉっ!!」
いきなり嘔吐した。
見たくないものが床の上にぶちまけられる。
「と、遠山!?」
あわてて向こうのセコンドが遠山に駆け寄る。
「があぁっ、・・・・はあ、はあ、ううっ!!」
「し、試合中断!!」
レフリーが宣言し、周りの注意が遠山に集中する。
「・・・・前ラウンド最後の回し蹴り。
あれが原因の脳震盪のようですね。」
医療スタッフが判断する。
「だ、だいじょうぶ・・・です。」
遠山が立ち上がる。
だが、顔は真っ青で痙攣している。
どう見ても大丈夫ではない。
「・・・・おい、死神!」
「ん、何だ?」
「・・・見てやれ。」
「え?」
遠山の声に従い、彼女の方を見る。
「・・・・・・・・・・・」
彼女はさっきのダウンから目覚めていなかった。
「おい!大丈夫か!?」
あわてて彼女に駆け寄る。
ヘッドギアを外し、冷たいタオルを用意して額に置く。
「どいてください!」
医療スタッフが来る。
「・・・・・・遠山君の猛攻を受けて
ダメージで気絶しているだけのようです。」
「・・・そう、ですか。」
「・・・・だ、だいじょうぶ・・・・です。」
彼女が目を覚ます。
「し、しあいを・・・・。まだ、私は期待に応えていません・・・・・。」
「・・・・君は・・・・」
「・・・・・いいんだな?」
「満身創痍は互いの身の上です。」
フィールドの中央で二人が構える。
互いに満身創痍で戦える状態ではない二人が戦場の中央で構えた。
「君たち!試合は中断している!続行指示は出していない!」
レフリーが間に入る。
「・・・・ドクター、あの二人はやれる状況で?」
「え?遠山君の方はともかく赤羽さんはまだ・・・・。」
「なら、レフリースタッフさん。続行指示をお願いします。」
「甲斐君・・・!?」
「手遅れにはさせません。無茶もさせません。
なので続行をお願いします。」
頭を下げる。
俺は、ようやく対等に渡り合える立場になったあの二人の決着を見たい。
「・・・・・わかった。ただし隣のフィールドで行う。
清掃スタッフはこのフィールドの掃除を。」
戦場が隣に移る。
「延長戦はあと138秒。互いに構え!!続行!!」
続行指示が出される。同時に二人が距離を詰める。
「ふっ!」
遠山のアッパーが彼女の顎を狙う。
「くっ!」
彼女はぎりぎりで躱すが、ヘッドギアにひびが入る。
刹那、二人の回し蹴りが空中で激突する。
「う、」
足をくじいていた彼女の方が情況的にもパワーでも負け、後退する。
その隙を逃さず遠山の飛蹴りが彼女の額を穿つ。
が、彼女は倒れず遠山が着地すると
同時に槍のように鋭い前蹴りを奴の腹にたたきこむ。
「ぐっ!」まだ体調がすぐれないのか遠山がやや長めにひるむ。
その隙を逃さずに彼女は右こぶしを遠山の腹に打ち込む。
「・・・・・あの型は・・・・・」
彼女に昨日教えたばかりのあの技か・・・・。
「・・・!拳を離さない!?・・・まさかこれは死神の・・・・・!!」
「うううううううううううう・・・・・・・・・・・!!!!!」
彼女の拳から熱が奴の体内に流れ込んでいく。
自分の気を熱気とともに拳から通して敵の体内に送り込む技・送熱。
もし奴に脱出不可能の関節技をかけられた時のために教えておいた技だ。
けど、彼女はまだ気の使い方には慣れていない。
敵に送り込む以上の熱気が彼女を襲っているはずだ。
現に室内とはいえ2月なのに湯気が出ている。
いま彼女の体温は40度を超えているだろう。
相手に与える以上のダメージを自分が受け続けている。
・・・・長くは持たないぞ・・・・。
「ち、血迷ったか・・・・!」
奴が動き始めた。
奴の素早い回し蹴りが彼女の右顔面を穿つ。
ヘッドギアがひびを通じて右部分だけ割れて
彼女のツインテールの右半分が露出する。
「・・・いい気持ちです。」
だがそれで通気性がよくなったのか
涼しい風が入り込み彼女の表情に爽快感が戻る。
「ここからは私のオリジナルです。」
再び拳を奴にたたきこみ、熱気を流し込む。
「つっ!!」
熱気に奴がひるんだ瞬間彼女が拳を離し、
同じ場所に飛蹴りを叩き込んだ。
同時にタイムアップとなる。
「・・・・・・すみません。」
彼女が俺向けて頭を下げた。
「試合はほぼ互角。与えたダメージもほぼ互角。だが、」
そう。遠山にはさっきの一本があった。
「勝者・遠山!」
この判決は覆らなかった。
「よくやった。」
中央に行き、彼女に声をかける。
「・・・・申し訳ありません。ご期待に答えられませんでした。」
「いや、期待以上だ。・・・・・・・お前も大丈夫か?」
遠山の方に声をかける。
「・・・・はっ、とんでもない隠し玉だ。
けど、俺に喧嘩を売るにはまだまだ早かったな。」
遠山が腹を押さえながらにやりと笑う。
「俺の勝手に付き合ってくれて感謝する。」
「・・・・いいってことさ。」
「二人とも素晴らしい試合だった。」
会長が来た。
「甲斐君、試合は残念だったね。」
「はい。ですが、私は満足です。今日はありがとうございました。」
「その子が例の子かい?」
「伏見司令・・・・。はい、私の弟子です。」
「いい試合だった。今日はゆっくりと休むといい。
・・・遠山、帰るぞ。」
「・・・・押忍。」
遠山は伏見司令とともに帰って行った。
「・・・俺たちも行くか。」
「・・・・・はい。」
「お送りします。」
俺たちは着替え、スタッフによって道場まで送ってもらった。