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11話「秒晶~初陣に向けて~

SCARLET11:秒晶~初陣に向けて~


・あれから、俺たちはうちの道場が経営している特別病院に運ばれた。

「お前さんはあれか?特大の馬鹿か?

いや、聞くまでもなく特大以上の馬鹿だよなぁ!?」

俺の主治医の牧島さんだ。

俺が無茶してまた右足にひびを入れてしまったことに対して憤慨している。

「なら俺に殺されろというんですか?」

「殺されたら俺の仕事が減るからな。

その間にハワイにでも行かせてもらう。」

「あんたは冨樫か。・・・で、足は?」

今俺の右足は黒い樽のようなギプスをはめられていて立つこともできない。

「絶対安静・・・とまではいかないが安静だな。

とりあえず三日間の入院だ。」

「・・・そうか。・・・彼女は?」

「美咲ちゃんか?隣の部屋だ。矢岸先生が診ている。」

矢岸先生か。おそらく彼女の主治医になる女医さんだな。

この牧島さんと同じく実戦経験者だろう。

もちろん本職の医者もいるがここの病院にいる医者の多くは

俺と同じく実戦を生業としていた格闘家が

実戦ができなくなって行き着く先である。

いわば俺たちの墓場だ。

それから数時間が過ぎた。

俺は彼女と面会した。本来は彼女は望んでいなかったそうだ。

だが俺は来た。

「・・・すみません。私のせいで。」

「気にするな。・・・まあ、初陣の機会はしばらく待ってくれ。」

「・・・まだ・・・・まだ私の師匠でいてくれるんですか・・・?」

「当たり前だ。やめろという辞令は出ていない。

それに俺はまだ君に何もしていない。」

「・・・それだけ傷ついてもですか・・・・?」

「どんなに傷つこうが俺は君を育てると決めた。

俺は君に期待している。幸い君のけがは一週間程度で治るものだ。

俺は今日から三日間入院だから稽古を

2回ほど休んでしまうことになる。許してくれ。」

「・・・・ありがとうございます。」

「・・・それから立ち入ったことを聞いていいか?」

「はい・・・・?」

「君の家族についてだ。今日襲ってきたのは君の兄・赤羽剛人だ。

彼とは一緒に暮らしていたのか?もしそうだとしたら日々の暮らしは・・・・」

「・・・兄とは別居しています。

私は一人で暮らしていたんです。赤羽家で。」

「・・・・そうか。」

かなり複雑そうだな。

ひょっとして家族関係が事前に知らされていなかったのもこういうことか?

まあ、もともとプライバシー目的で

そういうのが他者に渡されることはほとんどないのだがな。

「三船っていうのはああいう連中が多いのか?」

「・・・いえ。ただ、三船総帥はある手段を使って稽古をしています。」

「ある手段?」

「はい。薬物です。」

「・・・・・え?」

「薬物で恐怖を殺し、痛覚をなくして勝利に飢えたけだものにするのです。

勝利のため勝利のためとただそれだけのために戦いの技術を学び、

実戦に投入するんです。

三船道場が曲がりなりにも強豪道場と言われるのは

こういう理由があるからです。」

「・・・・・」

絶句するしかないな・・・・。

まさか三船道場はそこまで危険な場所だったとは・・・・。

ん?その話からすると、

「君も・・・・薬物を?」

「・・・・はい。私の場合体も精神もあまり強くなかったので

薬物を乱用して精神と肉体が安定するのに2年間かかったんです。

私が今まで2年間空手をやりながら

一度も実戦経験がなかったのはこれが理由です。

そして去年末の三船道場の事件。

あれで私の体が薬物の症状でまみれていたことに気付いた

会長が私を引き取ってくれたんです・・・・。」

それが彼女の打ち明けた彼女自身の闇だった。

前に彼女の体を見た時には薬物を使った跡はなかった。

おそらく外目にはわからないものなのだろう。

それに俺に預けられた当時の彼女は非常に無口ではあったが

精神は安定していた。

だからたぶん三船でつかわれている薬物は

少しずつその心身を犯していく特別な麻薬。

考えてみれば彼女の動き。

あれは実戦を積んでいないものにしては異常なものだった。

三船の人目には触れたくない稽古というのは

当初肉体の限界を無視したハードトレーニングだと思っていた。

彼女のあの俊敏な動きもその一途だと。

だが、違った。

「その体、治るのか?」

「完治は無理だと言われました・・・・。

幸い中毒性はそこまで強くないので。」

三船道場のやっていることは空手協会がどうとかってレベルではない。

完全に違法だった。


・翌日のことだ。

意外なことに彼女がお見舞いに来てくれた。

「あれから三船は大丈夫か?」

「はい。スタッフの方々が警備してくださっているので。」

「そうか・・・。」

それはそれで窮屈かもしれないがあんなことがあった翌日だ。

当然ともいえる。

「・・・その、足は大丈夫ですか?」

「君はいつも俺の脚を気にしてくれるな。」

「・・・御迷惑でしたか?」

「そんなわけあるか。まあ今回無茶したのは事実だ。俺の退院は明後日だ。

明日の稽古は里桜にやってもらう。こき使って構わないからすまないな。」

「・・・いえ。」

やはり彼女はかなり責任を感じているようだ。

彼女は無口で釣れないところもあるが基本的に真面目だ。

自分の傷も軽いわけではないのにこうして俺のお見舞いに来てくれている。

その時、病室のドアがノックされた。

「はい、いいですよ。」

返事をし、開かれたドア。

そこにいたのは会長だった。

「会長!?」

「あ、いいよ甲斐君。そのままで。

今回のことで君には深く無理をさせてしまったようだね。」

「いえ・・・・。私は平気です。」

「・・・三船のことは聞いたかね?」

「はい。夕べ彼女から。」

「そうか・・・。

賢い君のことだ。どうして警察を使わないのかと考えているだろう。」

「・・・・それは・・・」

「そしてやさしい君のことだ。彼女を気遣っているのだろう。」

「え・・・?」

「あのような場所でも彼女にとっては長い間育ってきた道場。仲間もいる。

あのように壊れてしまったとはいえ兄もいる。

そんな道場を壊したくないと思っているのではないのかね?」

「・・・・まったくと言えば嘘になります。

ですが私はやはり警察に報告したほうがいいと判断します。」

「・・・。」

「・・・何か問題があるのですね?」

「ああ。しかし言い兼ねるのでな。失礼させてもらうよ。」

「構いません。」

何やら裏がありそうだ。

「それと、本来明後日のはずの試合は

2週間後の2月19日に変更となった。」

「・・・19日・・・・」

「そう。大会とはずれたため正式なジャッジスタッフがつく予定だ。

すでに伏見君には伝えてある。何か質問はあるかね?」

「私は特に。」そう言って彼女の方に視線を泳がせる。

「私もありません。」

「そうか。では、甲斐君。自愛してくれ。私は失礼するよ。」

「あの、質問をいいですか?」

「何かね?」

「・・・赤羽剛人はどうなりましたか?」

「っ!」

「・・・彼か。彼は伏見所属の特別病院に搬送された。

四肢の神経を粉々に破壊されていたのでね。

死ぬことはないだろうが以降の人生は車いす生活は免れないな。

処罰については検討中だ。」

「・・・ありがとうございます。」

「では、失礼するよ。」

そして会長が去った後俺は彼女に対して頭を下げたのだった。

「・・・・すまないことをした。ぜひ憎んでくれて構わない。」

「・・・大丈夫、です。兄は罪を犯したのですから・・・。」

しかし彼女の紅蓮の瞳は潤っていた。だから俺は、

「試合、無理はするなよ。」

「・・・全力で期待に応えます。」

そう挨拶したのだった。


・退院した俺は速攻で里桜を呼び出して成果を聞いた。

「どうだ?彼女は。手出してないだろうな?」

「いきなりそれですか?

・・・先輩から言われたとおりに基礎稽古を積んでおきましたよ。

けど、俺はどうにも無理だと思うんですけどね。

そりゃ熟練者相手に勝つには一撃必殺しかないでしょうけれど・・・・。」

「それでもやるんだ。・・・彼女を勝たせるために。」

「・・・・先輩そんなに面倒見よかったでしたっけ?」

「うるさい。」

午後。道場。胴衣に着替えて待っていると彼女が来た。

「もうよろしいのですか?」

「ああ。心配ない。」

「けど、その・・・・。」

まっすぐ彼女の目が俺の右足を見る。

牧島さんが最後まで譲らなかったもの。

それはこの樽みたいなギプスだった。

おかげで着替えるのにも四苦八苦だ。

まあ、こいつのおかげで杖をつく必要がなくなったんだがな。

「気にするな。ヤブ医者のお節介だ。

・・・稽古を始める。着替えてこい。」

「・・・・はい。」

彼女は道場向けて礼をし、更衣室に向かった。

そして数分後にいつもの真紅の胴衣をまとって彼女は来た。

「白虎を見せてみろ。」

「・・・・はい。」

サンドバック向けて彼女が放つ。

病み上がりというのもあったが

前よりは幾分か速く重くなったように感じる。

とはいえやはり心もとない。散々里桜に言われたとおり博打かもしれない。

それどころか賭けにすらなっていないかもしれない。

「・・・・考えていること分かります。」「ん?」

「今の私では勝機がないって。

たとえこの技をマスターしても勝機のぞみは少ないって・・・・。」

「・・・・確かにな。だけど、諦めたらそこで終わりだ。」

「・・・よく聞きます。」

「ならもっとよく聞け。俺も昔試合を諦めたことがあった。

もう、この辺でいいだろう。

自分はよく頑張った。そう自分に言い訳をして諦めた。

あとから聞けば相手の方がダメージを負っていたというのに。

・・・だから最後まであきらめるな。

今はまだ最後どころか最初にもなっていない。」

「・・・・はい。」

「・・・全力を尽くせ。」

「了解。全力を尽くします。」

「よし。」

そして今日も稽古を始めた。

稽古が終わるころには白虎のキレも中々いいものになっていた。

勝てる見込みはない。だけど俺は彼女を信じる。

俺は諦めない。彼女にも諦めてほしくはない。

ただ、全力を尽くすのみ。


・そして今日は2月18日。明日は遠山との試合だ。

「緊張はしていないか?」

「私、緊張という機能を忘れられているみたいです。」

「そうか。」

虚勢だ。

だが、それでいい。下手に弱気でいられるよりかは安定している証拠だ。

この子はおそらく本番だからと言って変に緊張はしないタイプだ。

火事場のくそ力はなくても練習通りに安定して戦えるタイプだ。

里桜と違ってやる気スイッチも常にオンだ。

それ故に一度でも負けてしまえばそのまま押され切ってしまう。

性格も戦術も融通が利かない子だ。

とはいえ三船の連中は皆そういう改造を受けているのかもしれない。

だから、ある仕掛けをしておいた。

「いいか?あれがあるからと言って油断はするな。

可能な限り素早く白虎を打ち込んで一撃で倒すんだ。」

「了解。」

「さて、今日の稽古はここまでで・・・・・ん?」

ドアの向こう。誰かがいた。

「・・・・お前・・・」

そこにいたのは遠山だった。

「よう、あいさつに来たぜ。死神さんよ。」

「・・・・・何か用か?敵情視察のつもりか?」

「まさか。俺はそんなせこい真似はしない。

・・・・そっちのが俺の相手か。」

「・・・・赤羽美咲です。」

「聞いている。しかし、結局逃げなかったな。」「なんだと?」

「あんたも知ってるだろう俺のこと。

そんな俺に実戦経験0の年下の女をぶつけてくるのは

正直冗談か何かだと今でも疑ってるぜ。」「あまり彼女をなめるなよ。」

「わかっているが、疑ってるのはあんたの頭の方だ。」「なに?」

「あんたほどの実力なら勝ち目がないってくらいわかってるはずだ。

それなのに弟子をぶつけてくるあんたが信じられない。」

「・・・・・。24時間後に同じセリフが言えるかどうか賭けてみるか?」

「・・・・・ちっ、どうなってもしらねぇからな。」

そういって遠山は去って行った。

「・・・・・私頑張ります。」

「・・・・ああ。」

俺にだってわかっていた。

勝ち目はないと。

だが自棄になっているわけではない。

信じている。それだけだ。

そしていよいよ当日。スタッフの方々に車で送ってもらい、

公式試合会場に来た。

「・・・本当に逃げずに来るとは。」

遠山はすでに会場にいた。

「よろしくお願いします。」

そして彼女も会場に姿を現した。

試合形式は3分1ラウンドの全3ラウンド。

ラウンド終了時毎に勝敗判定が行われ、

3人のジャッジが判決を下す。

1ラウンド目2ラウンド目の判定時は引き分けという判決を出せる。

引き分けが二人以上出された場合は次ラウンドに移行する形となる。

「死神が無茶な賭けをし始めたか。」

「足だけでなく頭も壊れたのか?」

ギャラリーで俺をからかう声が聞こえる。

「では、これより試合を始める。」

レフリースタッフが姿を現す。

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