10話「2月2日」
SCARLET10:2月2日
・稽古の日々は続いていた。
俺も学校を終わり次第すぐに稽古へと向かった。
そして決戦の日を明々後日に控えた今日水曜日。
彼女も緊張している。
あれから何度も里桜と練習試合をした彼女は
初めて会ったときに比べて見違えるほど強くなった。
この調子でいけば遠山相手にも惨敗はしないだろう。
だが今日は違った。
道場に彼女は来なかった。
「・・・一体どうしたんだ?メールもない。」
彼女のことだから無断欠席はないだろう。
強いて考えるならば何かあったとしか思えない。
急病か、家の用事か、それとも・・・。
「・・・いやな予感がする。」
俺はスタッフを呼ぶ。
「甲斐さん、何かありましたか?」
「俺はここを留守にして彼女を探します。その間ここを頼みます。」
「それでしたら私たちが赤羽さんを探します。車もありますし。」
「心遣い感謝します。ですが、行かせてください。
俺は彼女を任された身ですから。」
「・・わかりました。ここはお任せください。」
スタッフに留守番を頼み、俺は制服に着替えて
冬の空の下を歩いていく。
コツン・・・・コツン・・・・コツン・・・・。
時計の音よりもなじんできた地面を杖で突く音。
まだ雪の残る地面を杖をついて歩くのはなかなかの重労働だ。
それでも前に進む。
進んだ先に赤い影。
「どうした!?」
雪の中に彼女は倒れていた。
「・・・うう、」体中に殴られた跡がある。しかも拳ではない。
とりあえず彼女を抱き起す。・・・意識はある。だが・・・。
車にでもはねられたのか・・・?しかし出血はそこまでひどくない。
「・・・うう、」「しっかりしろ!何があったんだ!?」
「・・・・兄・・・さ・・・ん・・・・」
兄さん?兄か?俺を兄と勘違いしているのかそれとも・・・・・?
「Mr.甲斐!」
スタッフの方が来た。おそらく心配で一人だけついてきたのだろう。
「この子の手当てを!」
「はい!」
彼女の体を預ける。
よく見れば制服も所々破けていた。不良にでも襲われた・・・・?
しかし衣服が脱がされたような形跡はない。
「この子について質問をしても?」
「なんでしょうか?」
「この子はさっき兄のことを言った。この子の兄は何か特別な?」
「・・・彼女の兄・赤羽剛人さんは三船道場の幹部です。」
・・・三船の・・・?そういえばこの子は三船出身だったな。
そういえば彼女は前に三船に連れ戻されるとか言っていたな。
まさかその剛人さんに襲われたのか?
・・・考えすぎだといいが・・・・。
「みすた・・・・ぐがっ!!」
「ん!?」
突如悲鳴が聞こえた。
振り向けばスタッフが倒されていた。
そしてその後ろに一人。
「くくく・・・・。誰かと思えば拳の死神・甲斐廉か。」
彼女と同じ深紅の胴着・・・・
しかし比べ物にならないほど筋骨隆々。
「・・・あんたが赤羽剛人か・・・・!」
「そうだ。記憶にないか?俺は数年前に貴様を破っている。」
「・・・・なるほど。4年前の関東大会で・・・・。
しかしあの時俺はあんたの左拳を砕いて
二度と空手をできなくしたはずだ。」
「ああ。されたよ。だから義手に変えたんだ、見ろ。」
彼の左手。手首から先が鈍色に光っていた。
ただの義手ではない。微妙なところから血筋が見えている。
・・・暗器か・・・・!
「さあ!また死神を地獄へ帰してやろう。今度は完ぺきにな。」
「死神か・・・。」俺は拳を握った。
空手でもどんな格闘技でも精神が弱いものが急激に力を手に入れてしまうと
その身を破滅に導く。
目の前の男・赤羽剛人は破滅していた。
「ほらほらっ!どうした!?死神様ぁ!」
「・・・くっ、」
レベルが違った。
互いに四肢の一つが死んだ状態だが向こうは左腕、俺は右足。
言い訳をするわけではないが俺の拳を
届かせるために接近するには速度が足りなかった。
だから殴ろうとするとあいつの暗器がちょうど俺を裂くのだった。
「・・・お前は、復讐のために妹を・・・・・」
「妹?美咲は関係ない。
まあ、別の道場のものになった裏切り者の妹を
始末しろってのは言われてたがな。」
別の道場所属になっただけで始末しろだと・・・・!?
ゲームのつもりか・・・・!?
「ほう、怒るか。」
「この際、正義だとか悪だとかはもう言わない。
所詮戦いは力が決するもの・・・・。」
「その通りだ。死なばもろともかかってこい。」
「・・・・殺生は起きない。」
俺は持てる力のすべてを使ってこの男を倒さなくてはならない。
だからリミッターを解除して敵の認識よりも早く敵の懐に飛び込んだ。
「!?」
「死神の姿を見られるのは死んだ直後だけだ。」
「・・・左手が・・・・見えない・・・!?」
俺の左拳は音を超え、死神の鎌となる。
あの時と同じように。俺の左拳は奴の左腕を砕いた。
「ぎゃああああああああああ!!!」
「今度はもう義手でも動かせないくらいに神経を破壊した。
拳の死神が奪うのはお前の命ではない。・・・・お前の魂だ。」
つまり殺さず生かさずに。
俺は奴の両手足の根元を拳で打ち砕いたのだった。
「Mr.甲斐!」
車の音。同時に黒服のスタッフが10人ほどやってきた。
そのうち4人でダルマにされた奴を回収した。
俺は・・・。無理をしすぎた。
怪我とかはほとんどない。
だが・・・・、右足に無理をかけてしまった。
壊れた足に追い打ちをかけてしまった。
そんな後悔を持ち始めていると俺は車に運ばれた。
そしておかれていたベッドに二人。彼女もいた。
「・・・大丈夫か・・・・?」
「・・・・どうして・・・・」
「ん?」
「どうして・・・・あれほどの無茶を・・・?
あの動きは、私の目から見ても危険でした。
未来を諦めかれないほどに・・・。
どうして私なんかのために・・・・」
「・・・師匠が弟子を守るために尽力しない道理があるか。」
「・・・ですが、この怪我では明々後日の試合は・・・・」
「それがどうした・・・・。
明々後日の試合に出なければ俺たちが死ぬという局面でもない。
たった試合一つのために無理をかける方がよほど馬鹿なことだ。」
「その試合のことですがMr.甲斐、」
スタッフの声がする。
「伏見司令に今日のことを報告した結果、
三船道場を制裁する方針が決まりました。
そのためその裁判も合わせてまだしばらくは試合ができないという状況に変わりました。」
「・・・・三船を制裁・・・・」
「・・・っ!」
隣からかすかな声。
・・・・いくら厳しいとはいえあそこは彼女の・・・・。
「ご安心を。そこまで罰が重くなるとは思いません。
ただ赤羽剛人さんに関しましては・・・・。」
「・・・・あの人のしたことがどういうことかはわかっています・・・・。私は、平気です。」
強く、弱い声が響き俺たちを乗せた車は病院へと向かった。