98 祭りのあと
「それでは皆さん」
ビールの入ったジョッキをかかげ、早苗が改まった調子で言った。皆の顔を順番に見渡していく。「秀英祭、そして秀英祭ツアーの成功を祝しまして、乾杯ー!」
その合図と同時に六つのジョッキがチンとぶつかり合う音。他の五人全てとジョッキを合わせてから、今度はジョッキを口元に持っていき、橘川はビールを思いっきり口の中へと流し込んだ。
「プハァ!」
そう息を吐いた頃にはジョッキの中のビールは半分以下にまで減っていた。あまり酒を飲まない彼は、自分でも少々驚いてしまうのであった。
秀英祭四日目、最終日の夜である。もう夜の十一時を回っている。秀英祭ツアー実行委員の六人は、大学からほど近い場所の居酒屋にて打ち上げを行っていた。座敷タイプではなく一人に一つの椅子があてがわれている。全員が申し合わせたように秀英祭公式のティーシャツを着ており(橘川はみなみに言われるがままその格好をしたため、実際申し合わせたのかもしれない)、入り口から最も奥のテーブルをぐるりと囲んでいる。テーブルの上にはから揚げやサラダ、焼き鳥などの軽食も並んでいた。
「橘川さん、ナイスな飲みっぷりですねー!」
向かいに座る赤い顔をした藤岡が橘川をはやし立てる。彼はここに来る前、大学にいた時から缶チューハイを何杯か空けていたため、もうすっかりでき上がっている様子である。「昼間のガイドと同じぐらいキレがありますねー」
「いやそんな、キレだなんて……」
橘川は照れて頭をかいた。結局早苗がミスコンで最終審査まで勝ち上がったため、最終日も彼がガイドを務め上げたのだ。しかしながら、早苗は最終審査で惜しくも破れ、第五位という中途半端な結果に終わってしまった。
「いや、本当に橘川さんのおかげですよー」
悩ましげに首を振りながら右隣に座る早苗が言った。彼女もかすかに顔が赤い。「橘川さんがいなかったら本当にどうなっていたことか、初日のサバイバルゲームも、その後の秀英祭ツアーもぜーんぶ橘川さんのおかげです」
「ど、どうかな」
あまり褒められすぎて、なんとなく不安になってしまう橘川。「確かに秀英祭ツアーはそれなりに繁盛したけど、果たして秀英祭の盛り上がりにちょっとでも貢献できたのだろうかって考えちゃうよ」
「二日目以降の盛り上がりは昭和院大学より、うちのほうが上だったという噂です」
時の人、貴美。秀英祭期間中、何度も何度もサインや握手を求められたそうである。とはいえ、芸能界入りしないという意志は変わっていない様子だ。「きっとサバイバルゲームで有名になった橘川さんたちが良い宣伝材料になったんだと思いますよ。やっぱり橘川さんのおかげですね」
ニコリと笑う。『妖精スタイル』でなくともその笑顔はやはり一級品である。
「そうかー」
もう一度ジョッキに手をつける橘川。ビールを飲み干してまた息を吐く。「俺もちょっとは貢献できたんだなー」
そして彼は思った。
こんなに楽しい気分になれるなら来年も参加したいな。できればまたチロリちゃんたちをゲストに呼んで……。
「はああー」
みなみがつくね串を手に、溜息混じりに声を上げた。彼女のジョッキだけ、ビールではなくジンジャーエールが入っている。「アイドルさんたちと一緒に打ち上げやりたかったなー。この勝利を一緒に分かち合いたいよー」
「馬鹿言ってんじゃないの! アイドルさんたちがこんなところに来てくれるわけないでしょうが」
みなみの頭をコツンと叩く早苗。みなみが頭を押さえてジタバタとのた打ち回る。クリーンヒットだったらしい。
「一応チロリにはメールしといたんだけどさ」
携帯を手に取りながら、藤岡が言った。携帯の液晶を開く。なぬ? と橘川は彼を睨みつける。「今日は地方でロケやってるから無理だってさ」
「藤岡くん、チロリさんのメルアド聞いたの?」
橘川が最も気になっていたことを、代わりに早苗が質問してくれた。
「おう」
カシャッと携帯を閉じながら頷く藤岡。「まあ、最初はワガママだし、胸もでかくないしでいけすかねえヤツだったけど、話してるうちに意気投合しちまったわ」
「キャー」
両手を頬に当てるみなみ。頭の痛みからはもう復活したらしい。「スキャンダルじゃないですか! 秀英祭がキッカケとなって燃え上がる恋……。藤岡さんってばいけないんだー」
「別にそんなんじゃねえよ!」
そう否定しながらも。「ま、向こうがどうしてもって言うなら付き合ってやってもいいけどな」
藤岡は鼻を鳴らした。
「くそー」
くやしそうに拳を握るのは橘川の右隣に座る皆岡である。「俺も亜佐美ちゃんともっと仲良くなりたかったー。ねえ、橘川さん……! ん? 橘川さん……?」
橘川は力いっぱいから揚げを頬張り、ひたすらこの場を耐えていた。
「なあ、テレビ放送っていつやるんだ?」
皆岡が貴美に尋ねた。貴美は何かを口に含んでいるらしく、あごを動かしながら、ほんの少し考え込んだ後に答えた。
「多分すぐだと思うよ。明日か明後日ぐらいの夕方。プリンセス雅のマジックショーがどのぐらい盛り上がったのか直に観てみたいね」
「俺はトークショーの時の貴美をもう一度観たい」
皆岡のその言葉にプッと吹き出してしまう貴美。テーブルの上にから揚げの残骸が飛び、すぐさまポケットティッシュで掃除する。
「あれも放送されるのかな……」
頬を赤らめながら彼女は言った。珍しく動揺しているようだ。
「当たり前ですよー!」
みなみが大きく頷いた。「アイドルさんたちが空気を白けさせる中、貴美さんの登場で見事に会場を沸き上がらせたんですからねー。もう、貴美さん可愛かったなー。本当に妖精みたいでしたよー」
「そんなことないよ」
貴美は苦笑する。「あれは南さんの化粧の腕前のおかげだよ」
チロリのマネージャーである。なるほど、あれは彼の手腕によるものだったのかと橘川は感心した。
「もったいなかったよなー。デビューすればトップアイドルにだってなれたぜ」
そう言って最後のから揚げを口に入れる皆岡。「うんうん」と早苗が同調する。
「私なんて一瞬、松尾和葉が来たのかなって思っちゃったもん」
橘川でもその名前は薄らと聞いたことがある。確か、アイドルの名前だ。
「全然似てねえじゃん」
笑いながら眉間にしわを寄せる藤岡。それから橘川に目を向ける。「ね、橘川さん。貴美と松尾和葉じゃ、またタイプが違いますよねー」
松尾和葉の顔を想像しながら、橘川は「そ、そうだよねー」と適当に返事をした。