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96 一足先に勝利宣言

 会場は静まり返っていた。雅の指示もあり、観客全員が背景のなくなったステージの奥、広くポッカリ開いた夜空に注目している。真一と的場も例外ではない。

《それじゃあ、準備はいい?》

 雅がステージから降りて、観客に混じる。観客と同じ視点から彼女も空を眺めるつもりなのであろう。《それじゃあ、よーい……。スタート!》

 彼女の合図と共に、ヒュウと音を響かせながら、夜空のキャンパスに一つの線が下から上へと引かれていく。やがてその線が衝撃的で、それでいて心地よくも感じる爆発音と共に上空で八方に弾けた。そう打ち上げ花火である。

「すげえ!」

「うわ、当たってる!」

 観客たちから次々と驚喜の声が上がる。パラパラと星が飛散した後、夜空にぼんやりと煙でできた文字が浮かび上がったのだ。文字が記すのはアルファベットの『A』。エースのAである。

 ちょこまかと素早い動作で再びステージに上がる雅。煙の文字はまだ薄らと残っている。

《見えるかな?》

 自身の後方を指し示す雅。《どう見ても『A』だね。つまり、君たちが想像した数字は『1』だ。どう? 図星でしょ?》

「う、うわー!」

 近くで誰かが突然大声を上げたため、真一は驚きビクッと震えた。この野郎、とその人物を睨みつけた途端、はあと溜息を吐く。的場であった。「やべえよ! 当たってるよー! 俺、思いっきり『1』想像しちまったもん! あいつ、魔女だよ絶対」

「お前はマジシャンに優しい客だな」

 真一は呆れた表情でポリポリと頭をかいた。「トリックがあるに決まってんだろ。全員が『1』って想像できるような……」

「どんなトリックだよ」

 今にも泣き出してしまいそうな顔で的場が尋ねる。どんなトリックかと聞かれても、真一も明確には理解していない。

「とにかく……。トリックなんだよ!」



《皆も知っているとおり、昭和院大学の学園祭は毎年、お隣の秀英大学の学園祭とどっちが盛り上がったかなんて競い合っているわけだけど》

 ステージ上には雅と司会者の男性(もちろん無傷で救出された)。マイクを手に簡素なトークを繰り広げている。すでに全マジックを終え、ショーの締めに入っているということは、二人の立ち振る舞いから見ても安易に想像できる。《少なくとも、今ここにいる君たちは、どっちが盛り上がったか、答えは決まっているだろうね》

 歓声が上がる。それには真一と的場のものも混じっている。

《いやー、俺も実行委員として雅さんを呼んで本当に良かったと思います》

 しみじみと話す司会者。明日も明後日も両学園祭は続くというのに、すっかり勝った気でいるようだ。

「おい、お前この後どうするよ」

 的場が真一に尋ねる。

「どうって……」

 真一は眉をひそめ、考え込んだ。「綾香たちのトークショーを観に行こうにもチケットねえし、帰るしかねえじゃん。あ、どっかで飯食ってくか?」

「バカ野郎」

 真一の胸元をひじで小突く的場。「このまま帰ってどうするんだよ。せっかくだから『ミュージックホール』に行こうぜ」

「ええ?」

 うんざりとした顔を見せる真一。「嫌だよ。ヒップホップなんて興味ねえもん」

 すっかり忘れていた。的場はヒップホップのフリースタイルの大会が行われている『ミュージックホール』という場所に行きたがっていたのであった。

 頭に被ったニット帽を脱ぎ、坊主頭をボリボリとかいてから、的場は再びニット帽を被り直した。

「ったく、分かったよ」

 チッと舌を打つ。「俺一人で行ってくるから、お前は先に帰ってろよ」

「お前、飯はどうすんだ?」

「飯?」

 視線を宙に泳がせる的場。「大学の中でまたなんか買えばいいだろ?」

 真一はあごをしゃくらせ、ステージに立つ雅を示しながら言った。

「ゴミはちゃんと片付けろよ。また魔女に注意されるぜ」



 ショーは午後七時を前に終演となった。的場と別れ、一人でキャンパス内を正門に向かって歩く真一。このまま大学を出て、どこかの飲食店で夕食をとる予定である。その後はやはり、帰宅するしかない。

 周りを歩く人々の中にもショー帰りがたくさんいるようで、友達同士、親子同士でショーの感想を言い合っている姿が多く見られた。感想の大半は好意的なもので、ひねくれて酷評する人物も、表情は裏腹に満足そうに見えた。当然ながら真一も満足していた。

 最初のステージの半壊や、ラストを飾った打ち上げ花火、他にも一般の客を使った人体消失マジック、瞬間移動マジックなど、全体的に派手でエンターテーメント性の強い演出が多かった。かなり金がかかってるだろうなと真一は予想する。そして、ますます綾香たちに勝ち目はないだろうなと自虐的な笑みを浮かべた。

「あ、お兄さん。ちょっとすみません」

 ん、と振り返る真一。そこには上下ジャージの地味な服装をした女性の姿が。後ろに大きなテレビカメラをかまえたカメラマン他、撮影クルーを引き連れている。真一は緊張の面持ちで「な、なんすか?」と返事をした。

「プリンセス雅のマジックショーを観て来られたんですよね?」

 真一は頷いた。「それでは、マジックショーの感想をカメラに向かって一言どうぞ」

 そういえば、昭和院大学、秀英大学の学園祭対決を、あるテレビ番組が特集するらしいと綾香が言っていた。その番組のクルーなのかもしれない。女性はおそらく服装から、リポーターなどではなくADか何かであろうと想像がつく。

 まあ、断るのもなんだしな……。

 「コホン」と咳払いをし、真一は精一杯男前な顔を作った。そしてひじを曲げ、親指を立てる。

「雅、愛してるぜ!」

 ……。

 「ありがとうございましたー」と去っていくクルーの後ろ姿を見送った後、真一は再び正門へ向け歩き始めた。


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