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93 笑顔の裏に

 秀英大学大講堂の控え室。あと四十分ほどでいよいよトークショーが始まる。

「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」

 そう言って深々と頭を下げるのは、見事ミスコンで予選突破を果たした秀英祭ツアー実行委員長の早苗である。彼女の目の前にはふて腐れたように唇をとがらせ、腕を組むチロリの姿があった。上に秀英祭公式のティーシャツを着ており、下は元のままのホットパンツである。先ほどまでかけていた眼鏡は早苗の顔に移動している。「ま、まさか秀英祭ツアー実行委員に協力してもらったら反則だなんてルールがあったとは……」

 力なくうなだれる早苗。ソファに座る亜佐美が「気にしないでいいですよ」と早苗を慰める。チロリと同じように秀英祭公式ティーシャツを被っている。下はビキニのみだ。

「早苗さんは知らなかったんだからしかたがないよ。チロリがむやみやたらに協力を仰ぐのが悪い」

 キッと亜佐美を睨みつけるチロリ。

「でも、眼鏡貸してくれるって言い出したのは早苗ちゃんばい!」

「チロリさんが来てテンションが上がってしまって」

 早苗はテヘへと鼻をかいた。「何かお役に立てればなーと思ったんです」

「でも」 

 ビシッと早苗を指差すチロリ。「ミスコン会場に私が潜伏しとった時、あんた、私の居場所をちえ美ちゃんにこっそり教えたらしいやん! 友達が教えてくれたんよ」

「せっかくだからバトルも観たかったんで……」

 やはり、悪びれる様子もなく早苗がそう言ってのけると、その場の空気はシーンと静まり返ってしまうのだった。



「でも、どうなんでしょう」

 疑問を投げかけたのはちえ美である。やはり公式ティーシャツとビキニパンティという姿。「ある意味チロリちゃんは被害者ですよね。今回のケースはペナルティに該当しないんじゃ……」

 男らしい態度である。そうなれば罰ゲームは自分に降りかかってしまうのだ。ちえ美は、答えを壁際に立つみなみに求めた。うーん、と眉間にしわを寄せるみなみ。

「該当すると思いますね」

 そう断定したのはみなみはみなみでも、チロリのマネージャーだというスキンヘッドのグラサン黒スーツ男、南であった。顔に似合わずやけに高い声で話す。橘川は正直、彼のそんな喋り方が苦手であった。「今回の罰ゲームはサバイバルゲームと合わせてテレビでも放送する予定です。となると視聴者が最も納得する答えを出さなくてはならない。みなみさんはルール説明の時、『パートナー以外の秀英祭実行委員の協力してもらうのは反則』とはっきり言っていますので、たとえチロリの意思ではないにせよ、早苗さんに協力してもらったのは事実ですから、反則は反則だと思います」

 テレビか……。

 思えばゲームの途中から全くカメラの存在など気にしてはいなかった。自分はどのように映されているのだろうと橘川は想像する。後日のテレビ放送が半分楽しみであり、半分不安である。

「分かったよ! やればいいっちゃろ」

 ヤケを起こしたようにチロリは手に持っていたハットを床に叩きつけた。「結局陰謀やったんよ。最初から私が罰ゲームになるって決まっとったっちゃん! 早苗ちゃんも実は知っててわざと私に協力したっちゃないと!?」

「そ、それは違います」

 慌てて首を振る早苗。「あ、でも誰の罰ゲームが見たいかって言われたら、やっぱ一番はチロリさんかも……」

 言葉をなくしてしまうチロリ。また辺りの空気がおかしくなる。ひょっとしたら早苗はいわゆるKYなのかもしれないなと橘川はようやく気がついた。



「橘川さん」

 近くに立っていた藤岡に声をかけられる。濡れたスーツをそのまま身にまとっている橘川に対し、彼はスーツを脱ぎ捨て、これまた秀英祭公式ティーシャツとスウェットのハーフパンツに着替えていた。「プリンセス雅のマジックショーが始まったみたいです」

 携帯の液晶に目を落としながら彼は言う。「セットを破壊するなど大がかりなマジックで大盛り上がりだそうですよ。このままじゃヤバイですね」

「そう……」

 その大がかりなマジックショーを想像してみる。なるほど、盛り上がらないわけがない。「まあ、俺たちの役目はサバイバルゲームまでなんだから、あとはトークショーの実行委員に任せるしかないよ。やることはやったんじゃない?」

「でも、黙って指くわえて見てるだけっていうのも……」

 腕を組み、しばし唸った後、藤岡は「あっ!」と顔を輝かせた。「アイドルたちのビキニにこっそり切れ目を入れておくってのはどうでしょう。しりとり野球拳の最中にポロリハプニングで観客たちもヒートアップですよ」

「そんなことしたらあの人に殺されるかもしれないよ」

 そう言いながら橘川は南に視線を向けた。すると……。「ん?」

 部屋の隅で南が何やら女性と話し込んでいるではないか。そして、すぐにその女性が控え目女子生徒の貴美だということに気がつく。

「あれ? あいつ、何話してるんでしょうね」

 藤岡も気がついたらしい。橘川は「さあ」とだけ答えた。



 やがて、南との会話が終わったのを見計らい、二人で貴美に話しかけてみた。

「橘川さん、藤岡くん、お疲れさまでした」

 ニコリと笑う貴美。彼女は笑うと本当に魅力的だなと橘川は思う。「トークショーでは最前列の席が用意されていますので、存分に楽しみましょうね」

「ああ、ところで」

 代表して気になっていたことを尋ねる藤岡。「今、あのマネージャーの人となんか話してたよな。なんの話してたんだ?」

「ああ」

 無表情で頷いてから、貴美は言った。「スカウトを受けてたんだ。アイドルとしてデビューしてみないかって」

「えっ!?」

 同時に声を上げる橘川と藤岡。橘川は意外に思った。確かに貴美も美人と言えなくはないが、アイドルとしては華に欠けるような気がしたからだ。どちらかといえばそう、早苗のほうがアイドルに向いているのではないか。

「な、なんでお前なんかが!?」

 失礼なことをストレートに口にする藤岡。しかし、貴美は特になんとも思っていないらしく、平然と「さあ」と答えた。

「私も同じ質問を南さんにしてみたんだけど、『君は内に大いなる魅力を秘めている』だって。一度は断ったんだけど、もう少し考えてくれって言うから」

「じ、じゃあ、受けたの?」

 今度は橘川が尋ねる。貴美はふるふると首を振った。

「保留です。でも、私はそんな華やかな舞台に立つより、ひっそりと読書でもしながら生きていくほうが自分でも合ってると思いますので、おそらく断ると思います」

 そしてまた笑う彼女。少なくともこの笑顔の裏には大いなる魅力を感じてしまう橘川であった。


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