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90 背後に敵が

「いやー、ご両人。秀英祭を満喫しとるかねー」

 結局、詩織の隣の席までやってきた綾香が、かけ慣れていない眼鏡のフレームをクイと持ち上げながら言った。それから、詩織の肩をポンポンと叩く。「君たちの仲睦まじさを見ていると、仲人役を務めた私も嬉しくなってくるよー」

「なんであんたが仲人役なのよ?」

 綾香を見ずに詩織は言った。「え?」と心外そうな表情を浮かべる綾香。その様子を見て今度は詩織が目を丸める。そこに田之上が割って入ってきた。

「い、いや」

 苦笑する田之上。「詩織ちゃんに告白する前さ、実は綾香ちゃんにも相談に乗ってもらってたんだよ」

「え? そうなの?」

 詩織は純粋に驚いた。それは全くの初耳である。左右に首を回し、田之上と綾香の顔を交互に見やる。

「そうなんよ」

 誇らしげに大きく頷く綾香。「私がおらんかったら君たちが付き合うなんてことはなかったやろうね」

「何を偉そうに……」

 冷めた目で綾香を見つめる詩織。綾香はニマッと笑顔を見せた。



「ところで綾香」

 会場を見渡しながら詩織は言った。「ゲームのほうはもう大丈夫なの? 随分とリラックスしちゃってるけど」

 「今何分?」と綾香が尋ね、田之上が腕時計を見て「五十分」と答えた。

「あっはっは、あと十分やん」

 高笑いする綾香。「もうさすがにちえ美の逆転は不可能ばい。もしここに辿り着いたとしても私を発見することはできんかろ」

 と、その矢先のことであった。

《ちえ美さんに朗報でーす》

 みなみの学内放送である。《チロリさんはミスコン会場に潜伏中、亜佐美さんは大講堂前の広場から北へ移動中でーす》

「い、言うなー! 馬鹿みなみ!」

 上空に向かって綾香が叫ぶ。

《しかたないのでーす。このまま何のヤマもないまま終了ってのはつまらなすぎるからでーす》

「聞こえとるんかい!」

「ま、大丈夫でしょ」

 詩織はそう言ってポップコーンを口に含んだ。もぐもぐとあごを動かし、飲み込んでから続ける。「いくらなんでもあと十分じゃ逆転はありえないよ。のんびりミスコンでも観てなさい」

 ステージ上を見上げる詩織。綾香と田之上もそれにならう。ステージ上ではもう全ての参加者のアピールタイムを終え(結局エントリーナンバー何番まであったのかはよく分からない)予選通過を果たした参加者の名前を司会者がひたすら読み上げていた。名前を読み上げられた参加者がステージ上で横一列に並んでいる。その中には先ほど綾香に眼鏡を手渡していた女性の姿もあった。

「あ、あの子」

 そのことに田之上も気がついたらしい。「やっぱり予選通過したんだね」

「早苗ちゃんって言うんよ」

 顔をほころばせ綾香が言う。「彼女、死ぬほどサバイバルゲームを観に行きたかったらしいっちゃけど、ミスコンがあるけん行けんかったんやって。やけん、私がここに来た時嬉しくてしかたがなかったらしくてさ、何か力になりたいってこの変装道具を貸してくれたんよ」

 両手で眼鏡のテンプルをつまむ。詩織は「ふーん」とつまらなさそうに言った。



「綾香ちゃん」

 田之上が小声で綾香に話しかけた。綾香と同時に詩織も田之上の顔を見る。「ちえ美ちゃんが来た」

「え?」

 後ろを振り向き、『あっ!』という表情を見せる綾香。詩織も背後を見る。確かに後方で客席を縫って歩くちえ美の姿が確認できる。風も冷たくなってきたというのに、学内放送で言っていたとおりビキニのみを身に着けており、手にはしっかりと水鉄砲を装備している。彼女の更に後方で、大勢の観客が息を潜めるようにして立っているのも見える。ただ、彼らもちえ美も、綾香がどこに座っているのかまでは見当がついていない様子である。

「見つかるからあんまり見ないほうがいいよ」

 そう言ってからステージに目を向ける田之上。「さっきから司会者の様子が変だなーって思ったんだ。意味もなく頷いたり……。そんで、なんとなく後ろを見てみたらちえ美ちゃんを見つけた。多分、ちえ美ちゃんがシーッてやって」

 口元で人差し指を立てる。「司会者を黙らせてたんだよ」

「くそー」

 司会者を睨みつける綾香。「あいつ、ちえ美派やったんか」

「とりあえず、綾香ちゃんはこのまま知らんぷりしてたほうがいいと思うな」

 田之上が言う。「会場にいた人たちが、裏切って綾香ちゃんの居場所を教えさえしなければ、さすがにもう逃げ切れるよ」

 そしてまた腕時計を見やる彼。「あと五分だし」

「すでに司会者に裏切られとるやん」

 唇をとがらせる綾香。

「あんたなら裏切られる可能性もあるかもねー」

 そう言いながら、詩織はなんとなく例のミスコン参加者、早苗に注目していた。少なくとも変装道具を貸してくれた彼女なら裏切ることはないだろうなと思う。しかしその時、早苗の手が小さく動いた。人差し指でこちらを指差したのだ。

 あれ、今のって……。ちえ美に綾香の場所を教えたわけじゃないよね?

 ちえ美の様子を確認しようとする詩織。しかし、後方にちえ美の姿はない。

「みーつけた」

 その声は突然、綾香のいる方向から聞こえた。「え?」とそちらを見る詩織。すると、綾香のすぐ横でちえ美が水鉄砲をかまえて立っているのが目に入った。次の瞬間、詩織の目元を水が触った。

「ぶはっ!」

 顔を押さえて立ち上がったのは綾香である。どうやら攻撃を食らったらしい。そのまま猛スピードでその場から逃げ出す。彼女の後ろを「待てー!」とちえ美がビキニに包まれたお尻を揺らしながら追いかけていく。詩織と田之上は呆気に取られたように、二人の後ろ姿をぼうっと見つめていた。

「見つかっちゃったね」

 田之上が言う。詩織は「うん」と答え、またポップコーンを口に入れた。

《えー、アイドルのお二方。ここでのバトルはけっこうですが、ステージには上がらないようお願いします》

 司会者がそう注意を促したところで、それまで少しずつざわつき始めていた観客たちが一気に沸きかえった。サバイバルゲーム、最後のバトルの幕開けである。


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