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87 撃ち合い勃発

《男性のお客さまに朗報です。綾川チロリさんの攻撃を受けた内藤ちえ美さんが、衣服を脱ぎ去り、上半身ビキニ一枚になりましたよー。ひょっとしてポロリもあるかも。昭和院大学にこの話を広めたいのなら広めていただいてもかまいませんよー。さあ、残り一時間、サバイバルゲームはいったいどんな決着を迎えるのか。このまま罰ゲームは内藤ちえ美さんに決まってしまうのかー。目を離せません!》

 安らぎの森広場にて、手をひざに付き、息を整えながら、綾香はその学内放送を聞いていた。変装状態のままであり、水鉄砲はスポーツバッグに仕舞っている。藤岡も同じ体勢でぜえぜえと荒い呼吸をしていた。先ほどまで偽綾香が被っていた白いハットを手に持っている。広場では露天食堂が開かれており、数人の客がテーブルに向かって黙々と食事をしている。周りをやはりサバイバルゲームのウォッチャーたちに囲まれている。

「あっちゃー」

 綾香が顔を上げ、渋い表情を浮かべながら言った。「ちえ美ちゃんに火をつけちゃったみたいやね。今頃私たちを追ってきとるとかいな」

「そうかもしれませんね」

 藤岡も身体を起こす。「とりあえず、ちえ美が一歩後退する状況となりましたが、どうしましょう。このままどっかに隠れときますか?」

「隠れるってどうするん?」

 眉間にしわを寄せ、綾香は尋ねた。「こんだけ人に見られとうっちゃけん、隠れてもすぐバレろうもん」

「簡単なことです」

 ふんと鼻で笑う藤岡。「皆さんに協力してもらえばいいんです」

「あ……」

 支援者たちの協力を得たおかげで、例の偽綾香作戦を成功させることができたということを綾香は思い出した(おまけに発案者も支援者の偽綾香である)。「なるほど、ここにいる人たちにかくまってもらうんやね。あんたなかなか頭良いね。頼りになるー」

「さっきは俺なんかと組みたくないって言ってませんでしたっけ?」

 そう言いながら藤岡は右手の人差し指を使い、ハットをくるくると回した。「う……」とばつの悪そうな顔をする綾香。

「あ、あれはちょっと頭に血が上っただけ」

 「あはは」と愛想笑いを浮かべ、綾香は言った。「いつどこで狙われとるか分からんっていう緊張感のたまものやね」

 綾香に流し目を送り、皮肉的にふうと息を吐く藤岡であったが。

「まあ、俺もちょっと言いすぎました」

 左手の人差し指で眼鏡のフレームを持ち上げる。「ちえ美さんとタッグが組めず、おまけに全く興味のなかったチロリさんみたいなのと組むことになって、少しイライラしていたんでしょう。反省します」

「全然反省してない!」



「まあ、とにかく皆さんに協力を仰いでみましょうよ。あ、その前に……」

 藤岡はあたりをひととおり見回した後、再び綾香に顔を向けた。首を傾げる綾香。「ここは亜佐美チームのスタート地点でしたよね。亜佐美チームの動向について知っている人もいるでしょう。ちょっと聞いてみましょうか」

「なるほど」

 綾香はコクンと頷いた。「じゃあ、私が聞いてみる」

 そう言って彼女は、近くのテーブルでカレーを食べる、なぜか上半身裸の色の黒い若い男性に話しかけた。「あのー、滝田亜佐美ちゃんがどっちに行ったか知りませんか?」

「滝田亜佐美?」

 うっとうしそうに眉を曲げる青年。しかしながら、北西の方角を指差し、答える。「ああ、あっちに行ったよ。内藤ちえ美を狙うんだとさ」

「ありがとうございます」

 お辞儀をし、綾香は藤岡のもとへ戻った。「あっちってよ。やっぱり背後からちえ美を狙う作戦やったみたい」

「うーん」

 難しい顔つきで腕を組む藤岡。「その割には動きが静かですよね。さっきちえ美チームと相対した時も全く姿を見せなかったわけだし。念のために他の人にも聞いてみましょうか」

 今度は藤岡が露天食堂の売り子らしき女子学生に話を聞いてみるも、やはり答えは同じであった。

「私がちえ美を攻撃したことを知って、どっかに隠れとく作戦に切り替えたっちゃない?」

 綾香が言う。藤岡はやや納得がいかそうな表情のまま「それもありますか」と二度頷いてみせた。と、その時、周りの見物客の一人が「チロリさん!」と大声を上げた。

「ちえ美さんたちがこっちに来てるらしいです」

「ええ!」

 綾香は藤岡と顔を見合わせた。「ど、どうするん?」

「ここでかくまってもらうのはあきらめましょう」

 藤岡は言った。「亜佐美たちが向かった室内競技場のほうに行って、そこからミスコン会場を目指して……。ん?」

 突然話すのを止め、綾香の後方を凝視する彼。「チロリさん、伏せて!」

「え?」 

 綾香は伏せずに、後ろを振り返った。その瞬間、顔面にピシャッと水撃を食らい、反射的に顔を背ける。「わあっ! も、もう来た!?」

「違います!」 

 サッと綾香の前に出る藤岡。同時に、彼の肩付近に水が弾けた。身を盾にして追撃から守ってくれたらしい。綾香は彼の脇からそおっと顔を覗かせた。

「あっ!」

 水鉄砲をこちらに向け、かまえていたのは、ちえ美ではなく、大きなダボダボのシャツと、綾香と同じ赤いジャージを履いた滝田亜佐美であった。



 今まで静かだった食事中の客たちが一斉に沸き上がった。「亜佐美ー! やっちまえー!」と物騒な言葉が飛んだと思ったら、それを発したのは先ほど綾香が亜佐美の動向を尋ねた上半身裸の男性であった。

「ようやく、あんたのアホ面に会えたわ」

 銃口を真っ直ぐチロリに向けたまま、亜佐美が唇を曲げる。「気づかなかった? 私、ずっとそこのテーブルでカレー食べてたんだけど」

 近くのテーブルを指差す。

「ふん、卑怯者」

 綾香も肩にかけたスポーツバッグの中から水鉄砲を取り出した。「さてはあんた、お客さんを味方につけてずっとここにかくまってもらっとったっちゃろ」

「俺たちだって同じことをしようとしてたわけですから」

 藤岡が言う。綾香は「あんたは黙っとき」と藤岡の股間目がけて水鉄砲を発射した。「あふっ」と身をよじらせる藤岡。それを機とばかりに、亜佐美がまた攻撃をしかけ、今度は綾香の太ももに命中した。

「あーん、ちえ美と並んじゃったやんかー」

「あんたが余計なことをするからです!」

 また亜佐美の攻撃。今度は藤岡がしっかりとガードする。「ほら、チロリさんも早く攻撃してくださいよ」

「おっと、そうやった」

 しかし、綾香が慌てて銃口を向けたその先に、亜佐美の姿はなくなってしまっている。「あ、あれ?」

「あっちあっち!」

 藤岡がそう言って指差した方向へ綾香が顔を向けようとした時、またも顔面に一撃を食らってしまう。これで三度目の被弾。ついに罰ゲームレースのトップに踊り出てしまった綾香。

「く、くそー!」

 綾香は俊敏な動きで藤岡の背後から飛び出し、再度亜佐美に狙いを定めようとした。しかし、亜佐美も止まってはくれない。「ちょろちょろと動き回るなー!」

 綾香は半分ヤケになり、むやみやたらに連射した。ことごとくかわされるも、一発だけ亜佐美の胸元に命中した。

「冷た……! やったわね」

 攻守交代。今度は綾香が亜佐美の攻撃から逃げ回る番である。持ち前の逃げ足の速さで、放水を間一髪でかわし続ける。しばらくして、亜佐美が「ああ!」と叫び、頭を抱えた。「み、水がなくなった!」

 よっしゃ! チャンス。

 綾香がまた亜佐美に攻撃をしかけようとした時であった。

「ギャ!」

 お尻に水が当たる感触。彼女は「な、なんで!?」とすぐさま背後に顔を向けた。そこに……。

 そこに、上半身だけビキニ一枚のちえ美の姿があった。彼女は鬼のような形相で綾香を睨みつけていた。手にはしっかりと水鉄砲を装備している。

 わ、忘れてた……。


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