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83 トラウマ

 数分後。控え室に二人のマネージャーや実行委員の面々が次々と戻ってきた。ほとんどの者が期待と不安が入り混じったような表情をしている。『秀英祭ツアー兼サバイバルゲーム』に対してのものだろうか。

「改めて紹介しますね」

 先ほどのギャル系女子学生が言った。彼女は大庭みなみという名前だそうだ。サバイバルゲームの言いだしっぺでもあるという彼女だけは、やたらと楽しそうに見える。彼女の隣に三人の男たちが並んでいた。その中の一人は例の丸坊主の男子生徒である。「まずは綾川チロリさんとタッグを組む藤岡さんです」

 ガイドではなくタッグらしい。丸坊主の男子生徒が前に出る。綾香は小さく「よろしくお願いします」と会釈をした。続いて内藤ちえ美とタッグを組む橘川という痩せた男子生徒が紹介され、最後に亜佐美とタッグを組む、今度は肥満気味な皆岡という男子生徒が紹介された。三人とも小奇麗なスーツを見にまとい、腕に腕章を付けている。「アイドルさんたちはパートナーを自由に使っていただいてかまいません」

 みなみが続ける。「相手の攻撃の盾にするもよし、当初の予定どおり、秀英祭を案内してもらうもよし」

 サバイバルゲームなのにそれどころやなかろうもん、と綾香は心の中でツッコミを入れた。

「しつもーん」

 亜佐美が挙手をしながら言った。「一番濡れた人が罰ゲームだそうですけど、どうやってそれを判断するんですか? なんとなくですか?」

「なんとなくです」

 みなみのその言葉にずっこけるアイドルたち。「というのは冗談で、数人の審査員が撃たれた回数をカウントすることになってます。つまり、服がどれだけびしょ濡れになろうと、勝敗はあくまで濡れた回数で決まります。ですから皆さん、服が濡れて動きにくくなったらビキニ姿になっていただいてもかまいません。ただし、風邪を引いても知りませんよー」

「こんなゲームやらされる時点で、風邪引くの確定やんか!」

 我慢できず、綾香はついに声に出してツッコんでしまった。みなみは少し困惑した表情を浮かべ、自身の後方に立つ二人のSDPマネージャーに顔を向けた。

「だそうですけど、やっぱり風邪引いてしまいますよね」

「大丈夫です」

 南が答えた。ちえ美ボイスである。「うちのタレントは丈夫にできてますので、ちょっとやそっとじゃ風邪なんて引きません。特にあの帽子を被ったやかましいヤツ(チロリ)は不死身です。水鉄砲なんて生ぬるい、ホースで放水してやってください」

 ギャーギャーとブーイングをする綾香には全く目もくれず、みなみは「ホースは反則です」と冷静に言った。



「お客さんにゲームが優位に運ぶよう協力してもらうのはオーケーですが、パートナー以外の秀英祭ツアー実行委員に協力してもらうのは反則です」

 みなみのルール説明は続く。「まあ、私を含めて三人しかいないので大丈夫でしょう。そもそも協力しませんし……。あと、移動範囲はキャンパス内ならどこでもオーケー。ただし、建物の中には入っちゃダメです。反則です。反則にはいずれもペナルティとして二十ポイントのダメージを加算します。それから、反則ではありませんが、お客さんを間違って撃ってしまわないようにご注意ください。ゲーム開始前に学内放送にて、お客さんにも注意をうながしておきます。まあ、ほとんどのお客さんは濡れても文句は言わないでしょう。水モノの絶叫アトラクションのようなものですよ」 

 勝手なことを言う。

「秀英祭の展示物とかが濡れちゃったりしたらどうしましょう」 

 不安な面持ちでちえ美が言った。「学生さんたちが一所懸命作られた物もあるんじゃないですか?」

 みなみは目をつむり、ゆっくと首を振った。

「秀英祭成功を願う気持ちは皆一緒です」

 それから一歩前に出て両腕を広げる。「秀英祭の成功は皆さんにかかっているのです。皆さんの手によって展示物がオジャンになってしまうのなら、それは秀大生全員にとっての本望でもあります」

 場の空気が凍りついたのを察してか、彼女は一度「コホン」と咳払いをした。「ま、まあさっきも言いましたとおり、サバイバルゲームのことは放送できちんと通知するわけで、展示物が大事ならそれぞれでちゃんと守れよってことで」


 

 予定が変わったということもあり、少しの間だけ、実行委員とテレビクルーの打ち合わせの時間が設けられた。再び控え室に置き去りにされる三人。時刻はまもなく三時。同時刻に予定されていたイベント開始時刻は、十分から二十分程度遅れる見とおしである。

 亜佐美はトイレに立っており、綾香とちえ美二人が並んでソファに座っていた。

「そういえばさ、チロリちゃん」

 ふとちえ美が言った。「私のパートナーになった人って、チロリちゃんの知り合いじゃないよね?」

「え?」

 綾香は一瞬だけ目を丸め、すぐに首を振った。「ううん、知らんよ。なんで?」

「いやさ、あの人、橘川って言ったっけ? ずーっとチロリちゃんばっか見てたから。ひょっとしたら知り合いかなんかかなって」

「私の隠れファンなんやないと?」

 ふざけた調子で綾香は言った。「照れとらんで私のパートナーになればよかったとに」

「隠れファンか。そうかもしんないね」

 フフフとちえ美は口もとに手を当て微笑んだ。



 しばらくして学内放送が流れ始める。トイレから戻ってきた亜佐美を含む三人は、「おっ」と互いに顔を見合わせた。

《お知らせです》

 みなみの声である。《本日三時より予定されていたアイドルお三方の秀英祭ツアーは、『秀英祭ツアー兼サバイバルゲーム』と、形を変えることになりました》

 そして、先ほども聞いたルール説明が始まる。お客さんたちはこの放送を聞いてどんな反応をするのかな、などと考えながら、綾香はじっとみなみの声に耳を傾けていた。《濡れたくない人は濡れないように注意してください。濡らしたくないものがある人は必死でそれを守ってください》

「投げやりやね」

 綾香は苦笑した。

《尚、たった今罰ゲームが決定いたしました》

 ほんの少し顔を強張らせるアイドルたち。《罰ゲームはずばり! ビキニ姿で一発ギャグです。トークショーの時に披露していただきます》

「うわ、絶対無理だ」

 頭を抱えるちえ美。「私、普段からあんまりグラビア撮影とかないから、ビキニってだけでも恥ずかしいのに……。チロリちゃん、お願いだから負けて」

「私だって無理やもん!」

 綾香の脳裏にデビューイベントの時のトラウマが蘇ってきた。おまけにビキニ姿でとは。あの時以上に、派手に外してしまうのが目に見えている。

「私もやだな」

 眉をひそめて亜佐美が言う。「ビキニは全然オーケーだけど、一発ギャグってのはねえ。チロリちゃんじゃないんだから」

「むっ!」

 例の如く睨みあいを始める綾香と亜佐美。しかしすぐにちえ美が割って入る。

「そのケンカの続きは後でね」

 はあと深く溜息を吐くちえ美。「こうなったらしかたないよ。正々堂々ゲームで勝負しよう」

《お隣の大学へ足を運び『秀大で面白いイベントが始まったよー』などと叫んで回ろうとお考えの方。こちらは別にそれを阻んだりはしません》

 『さくら』を呼びかけるみなみ。《それでは皆さま、楽しいイベントにしましょうね。三時二十分のスタートまで今しばらくお待ちください》


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